冬王と鞠姫

チゲン

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第一話 冬王と鞠姫

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 冬王の首筋に、太刀の刃が当てられた。
「く……」
「動くな、小童こわっぱ
 背後にいたのは、鋭い眼光をたずさえた青年だった。
 完璧に後ろを取られていた。一切の気配を感じさせなかった。
「……誰だ、おまえ」
「黙れ」
 遠くから無数の松明と、バタバタと複数の足音が聞こえてきた。
 幕府の番兵だ。あっという間に囲まれてしまった。
「しまった……」
 異形との戦いに気を取られ、油断していた。
 番兵たちが槍を突きつけてくる。
「その御方を返してもらおう」
 青年は太刀を腰に収めると、鞠の体を冬王から奪うように抱え上げた。
「おい!」
 抵抗しようとしたが、周囲の番兵たちに槍で威嚇いかくされる。これでは下手に身動きが取れない。
「おまえ、そいつをどうするつもりだ!」
「黙れと言ったはずだ」
 青年が冬王を睨みつける。その底冷えするほどの視線に、思わず息を呑む。
「こいつ……」
 冬王は生まれて初めて、生身の人間に気圧けおされた。
 全身が総毛立っている。
「捕らえろ」
 青年が命じると、番兵たちが一斉に冬王を取り押さえた。
「ぐっ……放せ!」
 必死で抵抗するが、さすがに多勢に無勢である。
「俺が何したってんだよ!」
「ん……」
 そのとき青年の腕のなかで、鞠が意識を取り戻した。
「あれ……たかしげどの……?」
 寝ぼけまなこで青年の顔を眺めている。事態をまだ把握できていないようだ。
「ご気分はいかがにございましょう」
 慇懃いんぎんに、しかしどこか冷たい怒りを湛えつつ、青年が鞠に目礼した。
「非常事態とはいえ、御身に触れることをお許し下さい」
「いいえ、そんな……」
 呆然としていた鞠だが、しだいに意識が覚醒かくせいしてきた。
「えっ!?」
 自分の状態を認識した途端、顔を真っ赤にして狼狽うろたえた。
「お…降ろしてください、高重殿!」
御意ぎょい
 意外にもすんなり、青年が鞠を降ろす。
 ほっと息を吐いた鞠だったが、冬王が番兵たちに組み伏せられていることに気付くと、声にならない悲鳴をあげた。
「冬王!」
 だが駆け寄ろうとした鞠の腕を、高重と呼ばれた青年が掴んだ。
「近付いてはなりません」
「冬王を放して下さい!」
「それはいかねます」
 今度の願いは、青年も聞いてくれないようだった。
「冬王は私を助けてくれたのです!」
「連れていけ」
 青年の命を受け、番兵たちが冬王を無理矢理連行していく。
「放せ!」
 冬王が叫ぶ。
「くそ……放せよっ!」
 だがその声は、夜の鎌倉にむなしく響くのみであった。
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