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#10 狭間の季節の子守唄
しおりを挟む──晩夏の。
少しずつ夕暮れが早くなって来ている、気がする。気がするだけか。盆は過ぎたが秋の彼岸まではまだ日がある。季節が移ろう、とまでは言えないか。何とも中途半端だね。けれど、少しは涼しくなっただろう。暑さにせっつかれなくなった分退屈だろう。話でもしようか? 要らない? まぁ、そう言うなよ。こんな時節にこそ、良く似合う影が通っては過ぎる。
ほら。
赤と黒の影絵
──そこに。
さてさて。祭りはすっかり終わってしまったね。今年はもう花火を手にする事もないだろう。そんな季節が良い。喧騒が通り過ぎた、何だかまっさらな頃。昼はまだ太陽が煩いかな。けれど、陽が暮れかけると丁度良い。僕が君を見付けた時、君は背筋が寒いと言ったね? そう、丁度こんな感じの温度だね。僕にはそんな気もないのに、君は勝手に怖がってくれた。
……言葉使いが違う? 君が嫌がったんだよ、分かりにくいってね。
まぁ、良いさ。
建物の中の方が良いかな? 長い長い廊下か。外ならブロック塀でもあれば良い。時間は夕暮れ。真っ赤だ。全部真っ赤に染まっている。何を想像した? 学校の廊下? それとも懐かしい住宅地の一角? どこでも良いよ。僕はどこにでも居るから。
でも、金色じゃダメだね。君は金色の夕暮れ、その少し前だったかな? その時間を綺麗だと言った。それじゃあダメだ。僕には似合わない。でも、その後の、闇に沈みかけた赤なら、僕にだって似合う。
さぁ、振り返って。
そのコンクリートの壁、ブロック塀、君の家の、綺麗な壁にも、折角だから黒板でも良いよ。
あの日君が見た僕はそこに居る。
イチョウ舞う
──片隅に。
夕暮れ。たそがれ。もう夜か? まだ昼が残っているか。差し込むような光に黄色の葉をかざした。赤、金色、どっちだろう。君らは何て言うだろう。産まれる事のなかった姉と、早くにこの世を去った妹と、何気ない様な事故に散った友人。
俺にはもう言葉が残っていない。誰にだって理解できるような時間の名前も、そこに差し込む光の色も、理解できない。
狛犬が睨む。
嗚呼、そうだな、ここは神の社だ。君らはそこに居るんだろう。睨む狛犬の頭の上、舞い降りたイチョウの葉が跳ねた。けれどそれはひらりと舞い、何事もないように地に落ち、積み重なって行く。
嗚呼、君、君よ。居るのならば言葉をくれ。女々しく塞ぎ込む俺を叱ってくれ。
静かな町の片隅で、それはすっかり夜になるまで続いた。
カゴメカゴメ
──古い歌。
昔々のお話です。ねぇ、貴方? そうです。昔々のお話です。今幸せな貴方には関係の無いお話でしょうか?
あら、何を怖がっているのですか?
ご安心下さい。貴方が大切にしてらっしゃる奥様も、お子様も、傷付けるつもりはありませんよ。ええ。当然でしょう。奥様にも、お子様にも、恨みは一つもございません。
けれど。
覚えてらっしゃいますか?
私と貴方。出会いは、そう難しいものではありませんでした。同じ校舎に通う二人。趣味は二人とも釣りでしたね。よく渓流へ出かけました。私は好きなだけで得手ではありませんでしたから、釣るのは殆ど貴方でしたね。私は貴方が釣った魚を捌いて調理をして、貴方が美味しいと言ってくれるのは、この上ない幸せでした。
あら、本当ですよ? そんなに疑わなくても良いじゃないですか。今でも私は貴方を愛していますよ?
けれど。けれど、けれど。
嗚呼、どうして? 貴方はどうしてお捨てになられたのですか? 今の奥様のとのお子様は、大事に育てておられるじゃないですか。いいえ、私を捨てるのは構いません。けれど、どうして? どうして、あんな呪詛のような言葉を吐きながら私のお腹にいた子を殺したのですか?
はい?
私が自ら死んだ理由ですか?
こうやって、貴方を殺す為ですよ。
ふふっ、愛しい貴方。これからはずっと一緒ですね。あの子も待っています。さぁ、行きましょう。
貴方の為に
──永遠に。
私は死にました。事故、でしたね。恨みはありますが、貴方が散々に泣いてくれたのでチャラにしましょう。私は高校の頃から貴方を見ていましたが、付き合いという付き合いは大学で同じサークルに入った頃からでしたね。ワンダーフォーゲルでしたか。意味は渡り鳥でしたね。貴方によく似合っていましたし、人通りの少ない郊外でギターを奏でる貴方は、何だか物語の登場人物のようで、私はよく見惚れてヴィオラの音を外していましたが、貴方はずっと笑っていてくれました。
そういえばギターとヴィオラの変な組み合わせの二人、なんて笑われましたね。仕方ないじゃないですか。私も貴方もそれしか弾けないんですから。
話が逸れましたか。
それから少しずつ人が集まって、山登りの真似ごとをしましたね。幸せな時間でした。持ち寄った道具で夜を過ごしたり、うまくいけば皆好きな楽器を奏でたり、唄ったりしました。あの秋に、夜空の向こうまで届くくらいに響き合った瞬間は今でも覚えています。
おや、眠ってしまいましたか。
では、続きは明日にしましょう。お休みなさい。
私は嘘を吐きました。チャラにしましょう、と言いましたね。あれは嘘でした。安心して下さい。必要以上に苦しめるような事はしていません。三人とも眠るように、死んでいきました。本当に、眠るように。理由、ですか? 許せなかったんです。貴方との日々を奪った事も、貴方を悲しませた事も。え? 全員? いいえ? 当の本人は生きていますよ? そうじゃないと、一人生きる苦しみも、例え幸せになった後でさえ残る傷も付けられないじゃないですか。なぜ、話したか、ですか。それは先日私が嘘を吐いたからです。貴方にだけは、隠しておきたくなかったからです。
もう、お休みになられるんですか?
ええ、お休みなさい。また明日。
復讐は良くなかった、ですか。そうですか、では、貴方にとって私の死はその程度の事だったんですね。違う? じゃあ、どうして? 貴方だけが苦しむんですか? 私だけが消えて行くのですか? どうして? 私を殺した男は償ったフリをして幸せになって行くのに? 人殺しと呼ばれるのなんて、数年でしょう? 人は何もない他人にはそれ程興味を持ちませんから。なぜそんな顔をするんですか。また、嘘を吐いた、ですか。ええ、そうかも知れませんね。私だって好きで殺したりしません。貴方だって、望んでいない事ぐらい分かっています。でも、こうやって二人に傷を付ければ、永遠に繋がっていられるでしょう?
お休みになられますか。
ええ、お休みなさい。また明日。
それが、貴方の応えなんですね。分かりました。でも、それならせめて、私が、苦しませずに。……。そうですか、分かりました。三人も殺した私と、自分を殺すだけの貴方が同じ地獄へ行けるのかは分かりませんが。
はい。
……はい。
私も、愛していますよ。
『毎夜彼女が夢枕に立つ。美しい顔と声は同じなのに、醜い言葉ばかりを並べる。引っ越しても、お祓いをしても、眠らずに居ても、決まった時間に彼女を見る。幽霊なのか、幻覚なのか、精神科医に貰った薬も効果が無い。もう疲れた。終わりにする。先立つ不孝をお許し下さい。 令和元年……。』
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