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#13 シュガー・スイート・ナイトメア
しおりを挟む──貴方と。
私は犬です。犬でした。ですから、これはいけない事です。
私は犬です。道の隅で震える犬でした。今、なぜか温かい腕に抱かれています。よく分からないまま温かい毛布に包まって眠っています。誰かが何かを言っています。でも、どうでも良いと思っていました。寒くない。カリカリの食べ物と、温かいミルクがあります。十分です。例え明日殺されても、飢えてカラカラになって死ぬよりマシです。
ヒスイ、と呼ばれました。宝石の名前だそうです。よく分かりませんでした。写真を見せて頂いて、緑色の綺麗な石だと知りました。勿体ないです。毛を整えて頂きました。身体も洗って貰えました。ノミさんとかダ二さんとか、色々居たみたいです。何だか申し訳ないです。そうして頂く事にも、確かにかゆかったですけど、ノミさんもダニさんもずっと一緒に居たので、なんだかちょっと申し訳なく思ってしまいました。
真新しい首輪。さっき買ったばかりだそうです。見上げる私に、その人は不思議な目を向けていました。しきりに首輪と首の隙間を気にしておられました。逆にそれがちょっと苦しかったです。折角丁度良いサイズなのに、指を入れられては苦しいです。毛はすっかり生えそろいました。今度はちゃんととりみんぐ、と言っていました。なんでしょう。知らないです。
首輪が馴染みました。リードを付けて貰って、お散歩もします。外は、色々なものがあって、楽しいです。近所に大きな犬さんが居て、散歩の途中に寄って頂ける時はお話をします。ちゅーるというものが美味しいそうです。ご飯ってお米に鰹節かカリカリなアレだけじゃないんですね。勉強になります。
その人がちゅーるを買って来てくれました。美味しいです。なんでも犬の味覚に合わせて美味しいように作ってあるそうです。間食、とも言っていました。この後にもご飯が食べれます。嬉しいです。尻尾が勝手に動いて、その人は笑っていました。
だから、これはいけない事なんです。
「ご主人様? どうぞ? 人間の方は、その、するんですよね?」
事もあろうかご主人様を押し倒して、私は荒い息をしていました。はっきり分からなくても、本能が知っています。する事は二つだけ。気分と気持ちを良くして頂いて、後は子孫を残すだけ。
「翡翠? 本当に翡翠か?」
「ええ。そうです。貴方に助けて頂いた、犬のヒスイです。」
とても月が綺麗な夜でした。今夜限りでしょうか。私は人の形をしていました。
「そっか。そりゃ良いんだが。」
割とあっさり受け入れて頂けました。僥倖って奴です。元から可愛かったとか、人になってもとか言って頂けました。充分です。
「でしたら、ね? どうぞ。」
「いや、ちょっと待てよ。」
ちょっとも長くも、待て、は辛いのですが、ご主人様が言うのならば仕方がありません。
「お塩の加減はいかがでしょう?」
「ん。良いんじゃないか?」
日常です。私は耳が頭から垂れていて、尻尾もあるので中々外には出れませんが、幸せです。染めてもないのに茶色の髪が羨ましいとも言われました。
「もう少し、何か足しますか?」
「ああ、少し辛いのも入れるか?」
辛い物は苦手です。苦手ですが、言われた通りにしたいです。でも、ご主人様は言いたい事ははっきり伝えるように言われました。
「コショウでしたら、良いです。」
「未だ根に持ってるのか?」
笑いながら言いますが、私にとっては大事件でした。赤い何かを放ったスープは酷い味でした。匂いもきつくて、しばらくお粥ばかりの生活になってしまいました。
「私は鼻も耳も鋭いんです。」
「はいはい。んじゃ、ちょっとだけ胡椒振るか。」
ガリガリと音がして、真っ黒な粉が落ちて行きます。いつ見ても不思議です。仕組みも、なんでこんな物が美味しくて良い香りがするのかも。
「さ、食べようか。」
あれから、ずっと二人で暮らしています。夜も、その、少しだけ。私なんか捨てて人間さんの、と言ったら凄い剣幕で怒られました。嬉しかったです。邪魔にされても、捨てられても、仕方がないと思っていましたから。
私は犬です。ですから、これはきっと夢です。貴方と見る、永遠に醒めない、甘い悪夢です。
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