虚構の群青

笹森賢二

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#02 亡者

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   ──気だるい午後の中。


 狐の面は何処に仕舞い忘れたか。向日葵の写真は何処へ行ったのか。秋桜は素知らぬ顔で風に揺れる。金木犀が咲いた。香りが強い。陽は本当に少しずつ熱を失っていく。涼やかな風が通り過ぎる。煙草に火を灯した。煙はゆらゆらと漂った後で風に消えた。はてと半端に手を着けた庭を思い出す。明日で良いか。朽ちかけた門の蔦は少し手がかかりそうだ。呆けて居る、のだろう。この背に居る亡き姉の命日を知らない。母の命日ならもう直ぐだ。祖母の命日は過ぎて居たな。祖父は、叔父は、嗚呼、負うものが多過ぎる。あの夜、夢の中でじゃれついてきたのは姉だろう。母は部屋の隅、窓硝子に手を当てて外を見ている。祖母は新しくなったソファに座っている。祖父と叔父はもう見えないな。そんな事を考えて居たら煙管で脳天を叩かれた。痛い。転がった煙管を拾う。祖父は不機嫌そうに、叔父は軽快に笑った。
 庭の砂利を踏んだ。見上げれば真っ青な高い空が広がっている。僕は何処から来たのだろう。僕は何処へ行くのだろう。生者は何も教えて呉れない。亡者は何も言わない。そもそも、僕は何も分かっちゃ居ない。呼吸をする意味さえ知らない。もしも明日全てが終わるなら、其れで良かった。
「本当に?」
 産まれる事の無かった姉が足元で問う。長くなった髪は母が結わえたのだろう。まるで少女のような瞳は、其れでも鋭く僕の目の底を睨んで居る。
「さて?」
 はぐらかすと、狐の面で胸の辺りを叩かれた。殆ど成長しない姉の手では、其処までしか届かないのだった。
「お酒ばかり呑んで居るから、そんな風にしか思えないんじゃないのかしら?」
 言葉だけは僕よりも大人だ。
「そんなもんかねぇ?」
「ええ。」
 姉は狐の面を頭にかけて、秋桜の茎に触れた。丁度花と顔が同じような位置にある。似合うと思った。
「あ、また、写真。母さん、妬いてたわよ。私ばっかり撮るから。」
 母は撮られるのを嫌がる。
「貴方以外ならね?」
 目を細めてくすくすと笑う。今更如何しろと言うのだ。全ては終わってしまった話で、僕の物語ももう直ぐ終わる。
「そうかしら? 貴方、悪運だけは強いから。」
 溜め息を吐いた。風が巻いていた。穏やかな気候はもう一月も続かないだろう。
「戻ろう。そろそろ、冷える。」
「そうね。冬の支度も考えないといけないわ。」
 姉は狐の面を被った。母も同じものを。祖母は兎を、祖父は虎を、叔父は狗を。僕は、未だ要らないか。
「そうそう。貴方は未だ未だ生者よ。頑張りなさいな。如何しても駄目な時は、仲間に入れて上げる。」
 呑気なものだと思った。まぁ、良いさ。世間から弾き出されたようなあばら屋の暮らしになら、そんな物も似合うだろう。
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