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#04 夢
しおりを挟む猫の夢
──遥かな。
私は猫だ。名前はアリア。何の変哲も無い日本猫だ。主人、猫が飼い主を主人と呼ぶのは変だと他の猫は言っていたけれど、まぁ、良い。主人の名は真司。ピアノとか言う煩いだけの何かを動かすのが趣味らしい。私の名前もそれから出る音に付けられたものが由来らしいが、正直どうでも良い。
けれど。
白と黒の、鍵盤、だったかな、その上で跳ねる指先も、涼しげな真司の顔も綺麗だと思えた。
「アリア、おいで。」
呼ばれた。作業が終わったらしい。応じて駆け寄って、膝に飛び乗る。頭を撫でてくれる。甘えた声が出る。それだけで良い。
「これは、夢、ね。」
「何がだ?」
「いいえ。何でもないわ。いつもので良い?」
「ああ、頼む。」
「貴方が良いなら良いのだけれど、代わり映えが無いのよね。」
「味噌汁の具は毎回違うだろ?」
「それだけでしょう?」
「ドレッシングも。」
「論点はそこじゃないの。」
「変わらないもの、ってのも悪くないんだよ。」
「貴方が書くおたまじゃくしみたいに?」
いつの間にかソファに移されていた体を伸ばす。欠伸をする。顔を洗う。少し乱れてた毛並みを舌で整える。暗くなり始めていたけれど真司はまだあの白と黒の前。音を鳴らしながら何本も線の引かれた紙におたまじゃくしを書いている。楽譜、だったかな。完成すれば、誰かが弾けば、永く残るらしい。彼がそうしたいならそうすれば良い。お腹が空いたけれど、黙って見ていよう。この姿は、猫の私が見ても美しい。
「また作曲? もう晩ご飯出来るわよ。」
「イメージを逃したくないんだ。」
「ふぅん、そう。じゃあ直ぐ食べられるようにしておくから、早くそのイメージを捕まえてよね。」
「悪いね。」
「いつもの事でしょ?」
「だね。」
「でも、まぁ、よくもそんなおたまじゃくしでイメージできるわね。」
「紙の上だけじゃ無理だけどね。」
人間の女が来た。私は部屋の隅に行く。手を伸ばされた。思いっ切り威嚇してやる。素直に嫌いだ。スーツっぽい、スカートの短い服。フシダラだ。真司には似合わない。けれど、人間の男なんて。何か煩く怒鳴り合っていた。勝手にすれば良い。私は今、とんでもなく機嫌が悪い。
「怒ってるのか?」
「いいえ。」
「嫌いになったか?」
「いいえ。」
「なぁ、」
「いいえ。」
「アリアの為の曲なんだ。」
「だったら、私だけが聴けば良いでしょう?」
怒鳴り合っていた理由は、曲調が普段の真司のものではなかったから、らしい。それよりも。目が覚めた私は慌てていた。身体が重い。毛並みを整えようとして見た腕に毛が無い。シーツが掛けられている体は、人の物に見える。視線をあちこちに巡らせているとピアノの前に座る真司と目が合った。彼は何か少し困ったような顔をして演奏を始めた。
「君を見て、君の為に作った曲なんだ。」
私の為の曲?
「そう、なら、これは夢ね。」
不安定に揺れ動く音が否定する。永遠に続くような、永遠に残るような、そうなって欲しい音だけが部屋に響いた。
犬の恋
──ずっと。
私は犬です。ご主人様に仕える犬です。そのつもりです。偶に白いふわふわで遊んだり、お客様にも吠えてしまって怒られていますが、忠犬です。そのはずです。名前はカノンです。ご主人様がおっしゃるにはよく吠えるから、だそうです。余り嬉しくありません。私はそれが理由で一度捨てられました。ご主人様に拾って頂いて、名前も頂きました。それは嬉しいです。
でも、それもこれもどうでも良い事です。ご主人様がいらっしゃいました。尻尾が勝手にぱたぱたと動きます。息も荒くなります。ご主人様が、好きなんです。
「カノン、おいで。」
呼べば直ぐにすっ飛んで来る。頭を撫でる前から尻尾が忙しなく揺れている。喜んでくれているのだろうか。カノンとは数年前に道端で出逢った。足に怪我をしていた。幸いな事に獣医をしている友人が居た。少し遅い時間だったが治療と注意事項を教えてくれた。我が家は古い一軒家だ。家族はない。一部屋はその犬の部屋にする事にした。近所に犬や猫と暮らしている知人が多かったから情報に苦労する事は無かった。
「一つ貸しだからな。今度奢れ。」
治療をした友人は料金を取らなかった。代わりに、「最期まで。」と言った。躊躇った。果たして俺に。
その時だったか。犬が三度鳴いた。それで名前が決まった。俺は下唇を噛んだ。方法は一つではない。決断するべき瞬間がそこにあった。
ご主人様は難しい顔をしています。原稿を書いているのだそうです。この時間は、静かにします。遊んで欲しくても、構って欲しくても、散歩に行きたくても、お腹が空いても。
二人分の音が鳴りました。
二人で顔を見合わせて。
二人で笑いました。
ご飯にしましょう。
カノンは何でもよく食べる。犬用のご飯も、俺が適当に作ったご飯も尻尾を振りながら食べてくれる。食べ終わると飛びついて来る。首の回りを撫でてやると、顔を舐められる。まぁ、幸せなんだろう。
「で、だ。」
「で、ですね。」
「なんだそれは。」
「なんでしょうね?」
体の形はぴったりでした。ご主人様の首筋が近いです。良い匂いがします。
「カノン?」
名前を呼ばれました。返事をすると、ご主人様は少し不思議そうな顔をした後で、原稿用紙をくしゃくしゃに丸めてゴミ箱に入れる時と同じ顔をしました。
「いや、まぁ、良いか。」
ベッドの中で抱き寄せてられてしまいました。本当にぴったり、体がくっ付きました。頭を撫でて貰えました。きっと私は、この世ので一番幸せな犬です。
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