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#05 月も焼ける頃
しおりを挟む──こんな星の夜は。
月が出ていた。僕はカーテンを開け放ったガラス戸の前に胡坐をかいてそれを見ていた。庭から見上げたらもっと綺麗に見えるのかなぁ、とか適当に思ったが、庭を飾る気は微塵も無かった。手元にはアルミ缶がある。中身は発泡酒だ。麦酒が呑みたいとは思わなかった。それで十分だった。グラスに注ごうとも思わなかった。缶のまま呑んでも美味いと思えた。どれだけ趣向を凝らしても、どれだけの資金や手間を費やしても、多分無駄なのだろう。高給でもあっても思う程素晴らしくはないし、安価であっても思う程みすぼらしくもない。なら、気の向くまま、心の言う通りにしてしまって構わないだろう。そんな風に三日前だったか、もっと前だったかの僕は言っていた。
「あら、またそんな呑み方をしていたのですか。」
振りかえると優しそうな微笑みを湛える少女が立っていた。昔からの馴染みだが、どちらかと言えば姉や母と仲が良かった人だったと思う。隣の家に住んでいて、専門学校を卒業してすぐに都会へ出て行ったのだが、半月程前にふらりと戻って来た。そのまま僕を訪ねて来たのが良いが僕の姉は他所へ嫁ぎ、母も亡い。僕は仲が良いとは思っていなかったから、それ程長い会話を交わした訳ではなかったと思う。それでも、彼女は今夜もまた呼び鈴も鳴らさずに上がり込んで来た。もう何かを言う気もない。「昔からそうしてきましたから。」と返されると分かっているからだ。
「良い場所で呑めば、気分だけでも変わるものですよ。」
僕は頭を掻いて、缶の中身を呑み干した。気分が変わろうが、味が変わろうが大した事ではない。僕の味覚はそれ程優秀な物ではないのだ。
「折角手入れのされている庭があるのですから。」
そう言って少女は闇の中の庭に目を凝らした。そこにあるのは、只片付いているだけの庭だ。父がそうしていたから、真似をしただけの事だ。庭師の趣向も素人の遊びもない。形式だけが受け継がれた中身の無い庭があるだけだ。
僕の不機嫌を感じ取ったのか、少女は暫く黙っていた。僕は黙ったまま次の缶の蓋を開けた。
数分か数十分か、少女はぽつりと、本当にぽつりと言葉を零した。
「月が綺麗ですね。」
意味と意図は分かったが、直ぐに応える気にはならなかった。僕は今機嫌が悪いのだ。そう気付いて、少し混乱した。僕は何がしたいのだろう。
「僕は、」
少女は黙ったまま、僕が次に吐きだす言葉を待っているようだった。僕は、微かに濁ったような思考のまま言葉を吐いた。
「今は未だ死にたくはない。」
落胆と懐古は共存し得るらしい。少女は困ったような顔のまま笑った。
「貴方らしいですね。では、少し待ってみる事にします。」
その言葉の意図は正確に掴めなかった、と思う。酒が回り始めたのか、僕の思考は泥沼の中へ沈みかけていた。けれど、時間と共に輝きを増す月は燃えるようで、綺麗だったし、微笑んでそれを見上げる少女の横顔もまた、綺麗だったと思う。
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