架空の夢

笹森賢二

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#03 瑕だらけのセレナーデ

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   ──三人と一人と。


 選べと言われれば選ぶ。けれど、そいつはそれを気に入らないだろう。そう思った。
「そうねぇ、最高級とは言えないけれど、値段の割には悪くない材質だし、色の出し方も良いわね。」
 手触りや光に透かした色の感じ。単純なデザイン。判断基準は多く、西園寺涼子にはそれを判断する目と知識があるらしい。当たり前か。
「どれも安価で良い物だから悩むはねぇ、全部買いたいけれど、今日の予算には合わないわ。」
 困惑顔をしていた店員が何かに気付いて涼子に駆け寄った。涼子は苦笑いを浮かべながらやんわりと手を振った。西園寺涼子を直接見た事がなくても、知らない人間はこの街には居ない。外に並ぶ大きな建物は大概西園寺の息が掛かっている。
「厭になるわ。私は買い物をしたいだけなのよ?」
「まぁ、甘んじて受けとけ。損はしないだろ。」
「貴方のその軽さは、見習っておくわ。」
 西園寺の娘、涼子は割合と素直な娘なのだが。
「で?」
 彼女の手には赤と緑のリボンがあった。
「この二つかしらね、悪いけれど、他は少しだけ質が劣るわ。探せば見付かりそうだけれど。」
 安かろう悪かろうの物、安くても良い物、逆に高くても質の悪い物、涼子の目はそれを見抜ける。冷や汗をかいているらしい店員も頷いた。
「何よ、二人とも変な顔して。」
 高飛車で傲慢な令嬢。それができる身分でありながら涼子にはそれが無い。
「人を何だと思ってるのよ。」
「西園寺の一人娘。」
「西園寺様のご令嬢で御座います。」
「貴方達ねぇ。」
 怒りに震えながら涼子は緑色のリボンを選んだ。会計は俺持ちだ。予算が少ないのはその所為だ。
「直ぐに使いたいから包装は要らないわ。ほら、早く会計済ませて頂戴。」
 店員の許可を取りながら会計を済ませ、髪に触れる。花か果実か、甘過ぎず酸味も少ない匂いがした。
「今度は二本買うか?」
「ガキっぽい私ならツインテールでも似合うって言いたいのかしら?」
 俺達には慣れた軽口だったが、そうじゃない店員は凍っていた。
「こんなもんか?」
「ええ。良いわね。安価でも良い物ってあるのね。気に入ったわ。」
 手櫛で不器用な奴が即席で結った髪でも綺麗だと思えるのは、彼女の自身の魅力の所為だろう。数秒見惚れていた店員が慌てて礼を言いながら頭を下げた。
「素直な評価ですよ。」
 口元に手を当てて笑う涼子は、成程、そうしたい気持ちも分かる。頭を撫でてみる。緑のリボンで結んだポニーテールが揺れる。悪い買い物はなかったな。
「貴方も、偶には素直に言葉にしてみたら?」
 そのまま頭を引き寄せて耳元で言ってやる。真っ赤な顔が目の前にあった。
「言ったぞ。」
「馬鹿。」
 他の二人とは違うしなやかな指が頬に触れて来た。そのまま二人で笑った。
「私達に無い色。良いでしょ? さ。自慢しに行きましょう。」
 外に出るとまだ昼の色をしていた。良いか。手を引く。涼子は何も言わなかった。小さな手を引いて帰路についた。


 もうエアコンだけで良いだろう。灯油ストーブや厚着は押し入れに撤収した。また寒くなったら登場して貰おう。
「ねー、やっぱまだ寒くない?」
 鈴音は猫の様な仕草でソファの上でタオルケットに包まっている。流石にまだ朝は少し寒いし、家庭用のエアコンが部屋を暖めるには時間がかかる。
「ならまだ布団で寝てろ。朝飯はまだできないぞ。」
 鈴音はタオルケットを引きずって近寄って来た。
「そういうトコ、姉ちゃんとりょーちゃんに見せちゃダメだからね?」
 言っている意味が良く分からない。姉ちゃんとは言うのは葦原愛美と言う俺の同級生で、りょーちゃんは西園寺涼子だ。
「何でだよ。」
「そういうあったかいのはボクの。っつても兄ちゃんだからねぇ?」
 ため息を吐く間に台所を動かしながらケトルにも電気を通す。いつもの朝だ。そうしている間にエアコンが程良く室内を暖め始めた。外はまだ少しだけ暗いが、カーテンも開けてしまおう。青い朝が部屋中に広がる。
「きれいだね。」
 なら、良いだろう。ブラックコーヒーと甘いココアの支度をする。朝食もいつもの時間に仕上がりそうだ。それなら、他に何も要らないだろう。


「あらぁ? 子猫ちゃん達はぁ?」
「二人で買い物だとさ。」
「仲良しねぇ。」
「仲悪いより良いだろ。コーヒーにするか? ココアで良いか?」
「そうねぇ、顕ちゃんと同じブラックコーヒーで。」
「無理に合わせなくて良いんだぞ。」
「ふふっ、相手が貴方じゃなければねぇ?」
「俺を何だと思ってんだ。愛美も好きな物飲んで食え。」
「ねぇ? ぎゅってして?」
「……これで良いか? つーか準備できねぇ。」
「良いじゃなぁい、少しぐらい、アタシにも甘えさせてくれたってぇ。」
「おや、残念だな、もう帰って来たみたいだぞ。」
「むぅ、あ、髪、大丈夫かしら。」
「少し直すか。」
 室内は赤い夕暮れに染まって行く。さぁ、夜の支度をしよう。どうせ今夜も長く続く。
 
 

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