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#04 安価のドラマ
しおりを挟む──変わらない日常。
よく偏屈な二人だと言われていた。二人とも理由は理解できていたし、気にする理由もなかった。斜向かいの家に住む二人。中学まで学校もクラスも同じ。高校に入ってからは瑞穂が一彦の弁当を詰めた。二人で一緒に歩く時。車道側や転落防止の柵がある方を歩くのは一彦。そうやって並んで歩く事が多くても、付き合っている訳ではないらしい。
「一彦は私が見張らないと直ぐにサボるからな。」
河村瑞穂。口調は冷淡。切れ長のつり目。体は細い。口元は常に不機嫌そうに歪んでいる。
「瑞穂はすぐ転ぶだろ。」
小川一彦。人でも殺した様な眼をしている。当人が笑った心算でも、瑞穂以外には狂気じみたホラー映画の殺人鬼の笑いに見える。
そんな二人が並んで歩けば、知らない連中が「偏屈な二人」と遠ざけたくなるのも当然か。けれど、二人にとっては都合が良かった。面倒が勝手に去って行ってくれる。二人の内面を知る数少ない友人達は静観してくれている。それで良かった。全ての距離はこれで良い筈だった。
「あ、小川先輩、おはようございます!」
だから、この手の後輩。古宮理恵のような存在は不都合だった。面倒で理解するのも苦労する。流れるように長い黒髪で小柄な割に出る所は出ている。何より、花咲く、と言えるような笑顔と流行も面白さも知っている話。二人とは対極に居るべき人間だ。実際、二人ともそう思っていた。
「あ、ああ、おはよう。」
「河村先輩もおはようございます。」
向けられた笑顔に、瑞穂は心の中で舌打ちをした。
「おはよう。」
一応返事は返すが、心はこもっていない。彼女にとってはいつもの事、と言えばそれまでだが。
「あ、ところで、お二人はいつも一緒ですね、付き合ってるんですか?」
顔を見合わせて否定だけした。後に待つだろう面倒に二人でため息を吐いた。
「へぇ? じゃ、私こっちなんで。」
理恵は嵐のように去って行った。残った二人はまたため息を吐く。
「一彦、顔に出てるよ。」
「瑞穂もな。」
ため息の数ばかりが増える。
「ところで、もしも、が在ればあの子と付き合うのかい?」
「まさか。あんな石橋叩く気も無いよ。」
「そうかい。」
瑞穂は漸く口元を緩ませた。
鬼でも悪魔でも風邪はひくらしい。三十八度三分。三日も寝ていれば治るだろう。看病しに来てくれた瑞穂の顔を見ながら一彦はそう思った。そして不思議に思う。表情がいつもと違う。
「鬼でも悪魔でも風邪はひくんだよ。お前も気を付けろよ。妖精でも女神でも風邪ひくんだから。」
二人で声を合わせて笑った。
「似合わないにも程があるだろう?」
「いや? 意外と?」
また笑った。二人で似たような想像をしたらしい。同じでもなくても構わなかった。ただ今は笑えるだけで良かった。
一彦の風邪は二日で治った。代わりに瑞穂が風邪をひいた。
「悪いな、多分俺のが移ったんだろ。」
「気にしないでくれ、それに、あ、いや、済まないが昼食は、」
「ああ、学食で済ませるよ。」
そんな会話を朝にして、通学路を歩きながら思った。知らず知らずのうちに隣に居ない瑞穂を意識して歩いてる。癖とはそんなものかとまたため息を吐いた。
昼に学生食堂に入った。一彦にはかなり久しぶりの事だ。それなりに賑わっている。普通の食堂のように注文して食べる者、同じ建物内にあるベーカリーから買って食べる者。自動販売機で飲み物も買えるし、テーブルも充分な量があった。とりあえず注文する列に入り、定食を頼んだ。思うより早くトレイに並んだそれを手に適当な椅子に座る。不味くはないし、値段も安価だったが、瑞穂の弁当には劣るな。そう思いながら一彦が箸を進めていると明るい声が飛んで来た。
「先輩、隣、良いですか?」
その少女が古宮理恵だと理解するのに数秒を要した。そうして一彦は自分が興味のないものに対しては記憶さえ曖昧なのだと理解した。
「ああ、ふるみやか。」
「こみや、りえ、です!」
わざわざ口にもしていない名前まで出す辺り一彦の好みではない。無駄は一つでも少ない方が良い。
「河村先輩はお休みなんですか?」
「ああ。風邪ひいてな。」
一彦はさして興味も無いが、周囲は違うらしい。古宮理恵はそれなりに人気のある少女らしい。納得はするが、矢張り興味はなかった。だから、周囲の男どもの嫉妬の視線は迷惑でしかなった。
「あ、じゃあ、明日は私が代わりにお弁当、作りましょうか?」
ため息ばかりが増える。名前を間違えたのも理恵の気を引くためだと思われてそうだ。一彦の推測通り周囲の視線は敵意に満ちていた。
「良いよ。ここの食事も悪くない。」
そんな言葉でさえ、様々な色の視線とざわめきに代わっていった。
「最近の噂は直ぐに周るね。」
夕刻。瑞穂は熱の下がった体をそれでもまだベッドに起こしたままスマホを操作していた。数少ない友人が昼間の事を知らせてくれていた。
「なんで断ったんだい? あんな可愛い子のお弁当。」
一彦はすっかり慣れた椅子に座り、その手は器用にリンゴの皮をむいて切り分けていた。
「偏見だがな。まともな物が出ると思うか?」
「まぁ、市販のものか、別の人が作るか、」
「黒焦げの物体の詰め合わせなんざ喰いたくねぇよ。」
瑞穂は腹を抱えてケラケラと笑った。
「そうだね、気を付けたまえよ、意外なところから、そうだね、ひたひたのご飯の下から果物が出て来るかも知れないよ。」
「だから、喰わねえっての。」
綺麗に切り分けられたリンゴは爪楊枝を刺されてガラスの容器に収まった。皮と芯はビニール袋の中に。
「でも、くくっ、これは面白いね。」
「何がだ?」
「小川一彦は古宮理恵の弁当は食べないのに河村瑞穂の弁当は食べる。結構な噂になってるらしいよ。」
そう言いながら瑞穂はスマホの画面を一彦に見せた。友人のクラスにも話は巡っていて、嫉妬やら妙な噂になってしまっているらしい。
「面倒だな。」
「くくっ、それより、病人に自分で食べろってのかい?」
一彦は恐らく人生で一番の苦々しい表情を作った。爪楊枝を抓む。
「ん、手で良いよ。」
舌打ちをして、それでも爪楊枝を外し、リンゴを素手で抓んだ。やや頬を赤らめた瑞穂の口にリンゴを近付けながら、とんでもない安価なドラマに巻き込まれたな、と思った。
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