架空の夢

笹森賢二

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#05 日々

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    ──切なる願い。


 少しずつ季節が進んで行く。太陽が冬の怠惰を思い出したのか、窓を開ければ夜の虫の声が聞こえるように成った。君は古い木の柱に背を預け、その声を聴きながらグラスを傾けている。体を捻ったのは、月でも探して居るからだろう。私は手元の小さなデスクランプの中に置いた原稿用紙に文字を並べて居た。部屋の灯りを点ければもっと見易くなるのだろうが、そうすると君が「月が見難くなる。」とか「虫が寄って来る。」だとの文句を並べる。
「ねぇ、君も呑もうよ。量を間違えなければ其の方が捗るんだろう?」
 私は苦笑した。
「こんな季節の狭間だとね、」
 君は微笑し私の言葉を遮る。
「何を呑むべきか悩んでしまうのかい? 君らしいよ。」
 秋桜なら麦酒か、金木犀なら焼酎か洋酒の水割り。楓が赤く色付けば熱燗だろうか。
「そんな所だろうね、変わり者の君にしては真っ当な意見だ。そして、秋桜と金木犀の季節になった訳だ。」
 君は少し変わった笑い方をした。何か引っかかる。嗚呼、不満があるのか。
「くくっ、気付いたね? なら、何処か連れて行って呉れるのかな?」
「ああ、何処が良い?」
 並べる文字もそろそろ終わりへ近付いた。君は、驚愕に似た表情をした後で、今日一番柔らかい表情をして呉れた。
                                          (終・季節の隙間)



 中秋の名月は雲の向こうだった。芒も団子も用意したが、天気はどうにもならない。そう思っていたら君は蝋燭と厚紙を持って来た。訳の分からない僕を横目に火を灯す。
「ね?」
 少し間を置いて、理解できた。成程。兎が遊ぶなら、夜空の月の上でなくても良いだろう。
                                       (終・テーブルの上の兎)



 学校の図書館。利用時間は放課後。午後三時半から五時十分まで。その後に片付けて遅くても五時半までには施錠を済ませる。受験勉強かただの趣味か、それなりに人は居るけれど四時半辺りから人は殆ど居なくなる。それからの時間が好きだ。
「随分楽しそうだな。」
 鍵に付いている紐を指に巻き付けたり解いたりする私を貴方は笑う。
「ええ。時よ止まれって、思えますから。」
 貴方は不思議そうな顔をしていました。
「唯一貴方と二人きりになれる時間です。」
                                           (終・時よ止まれ)



 楓の葉が色付いた。大分季節が進んだらしい。風の音も温度も随分と変わった。
「おや、寂しいのかね?」
 誰かが言う。何時もよりも距離が近い。
「私には嬉しい事だよ、こうしても君が暑いと言わないからね。」
                                              (終・紅葉)



 別れ道で足が止まる。用の無い神社へ続く道には銀杏の並木がある。金色の葉が敷き詰められている。風に背を押されるように僕はふらつく足を金色の葉の上に乗せた。
                                              (終・銀杏)



 世間に倣って浴槽に柚子を放った。何が変わる訳でもないが、嫌いな匂いではない。我が細君も気に入って呉れたらしい。先に入らせて、次は私が。齧った跡のある柚子は、見ない振りをしよう。
                                             (終・柚子湯)


 
 リンゴの皮むきが得意になっていた。しょっちゅう風邪をひく妹の為にむいているうちに上手くなっていた。
「これからは、お兄ちゃんが下手になるようにするね。」
「良いよ、別に。悪いこっちゃない。」
 妹はリンゴを頬張りながら微笑した。
                                             (終・リンゴ)


 妙な癖だと皆笑う。料理にレモンが添えられているとかけもせずにそのまましゃぶる。一度から揚げにはレモンが必須と言う友人に怒られた事があった。君は何も言わずに俺が皿に戻したレモンを口にして、
「ふむ、少し甘く感じるかも知れない。」
 そう言った。
                                             (終・レモン)


 庭に茱萸の木がある。なんでも俺が産まれた年に植えたそうだ。季節になると実を付けるそれは、もう二十年以上も庭の一角を占領している。
「ふぅん。なんだかお前さんを食べている気分だよ。」
 そう言った君の表情と唇は、妙に妖艶に見えた。
                                              (終・茱萸)


 現実だろう。恐らくそうだろうと思えた。苔の生えた墓石、風に流れる線香の煙。添えた造花のカーネーション。二人の影が見える。産まれる事のなかった子を抱く母。まぁ、どちらでも良いか。やる事はやった。私はため息だけを残してその場を去った。
                                         (終・カーネーション)


 噛めば弾けるような食感と果汁。甘さも香りも程良い。矢張り梨が一番好きかと思ったが、姉は林檎を一つと蜜柑を二つ持って居た。今朝炬燵を出したのだから次は決まっているだろう。姉は今日一番の笑顔を浮かべ、必要のなくなったチラシで皮を放るゴミ箱を折り始めた。
                                              (終・蜜柑)
 
 
「ねぇ、昼下がりって、具体的に何時ぐらいなのかしら?」
 茶色に染めたばかりの髪から甘い匂いがする。
「午後だけど、夕方よりは少し前。」
「えっと?」
 並んで座ったソファ。顔が近い。薄化粧でも美人だと判る。
「二時から三時まで、とか、それより少し後とか、言う人に依って其々だし、明確に定義する必要も無いでしょ?」
「それもそうねぇ。」
 蕩けたような眼。上気した顔。正面から覆い被さるように抱き付いて来たこの人は。
「姉さん、暑くない?」
「エアコンきいてるから平気だよ?」
 我が姉。智香は俺の首に腕を回して頬ずりをして来た。両親は名前を付け間違ったんじゃないか? そう思いながらも頭を撫でてしまう。
「んふっ、幸せー。」
 その幸せと引き換えに俺は楽しみにして居た新刊の小説が読めない。仕方なく背中も撫でてやる。何かが当たるが、知る必要は無い。
「んふふー、両方してくれるんだー?」
 こうしないと催促される。面倒と思えない自分が厭だ。
「優しい手―。うれしー。」
 其れなら其れは良いのだが、何処ぞの誰かが俺の首筋の臭いを嗅いで居る。
「おい。」
「んー? 良い匂いだよ?」
 論点は其処では無い。
「そもそも汗の匂いしかしないだろ。」
「ううん。良い匂い。知らないの? 好きな異性の汗や体臭って良い匂いに感じるのよ?」
 姉弟でも異性として成立するのだろうか。いや、此の人に此の議論は意味が無い。
「ちなみに。」
 大きな胸に顔を埋められた。
「私のは?」
「姉さん。」
 多分掛け時計が有る方向を指差した。
「お茶の時間。淹れるから離してくれ。」
 姉は唇を尖らせながらも降りて呉れた。
「あ、でも、お茶が終わっても昼下がりよね?」
 誰に何を吹き込まれたのか、知りたくないも無いし、俺の苦悩は未だ未だ続くようだ。
                                            (終・昼下がり)
 
 


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