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#06 トイカケ
しおりを挟むトイカケ
──休日。
トースト。コールスローにプチトマトとパセリ。玉子と玉葱のスープ、出汁は鶏ガラとコンソメ。ジャムと納豆。
「こんなもんか。」
「だな。喰って良いか?」
「ああ、どうぞ。」
「頂きます。」
二人声を揃えて手を付ける。俺は少し悩んでトーストに納豆を乗せた。目玉焼きを作って乗せても良かったが、量的に多過ぎるだろうと思い止めた。
「そっちも旨そうだな。実は試した事が無いのだよ。」
君はブルーベリーのジャムを塗っていた。
「ん? 食べてみるか?」
君は差し出したトーストにそのまま齧り付いた。
「ふむ。成程、白米以外にも合う物なんだな。後は少し大変だが。」
口元を拭いながらそう言って君はブルーベリーを塗ったトーストを差し出した。同じように齧り付いてやる。甘い香りと味が口に広がる。余り得手ではない。
「君は常に糖分不足だと思うがね。脳は常にブドウ糖を必要としているのだよ?」
「他で摂取するから大丈夫だ。」
サラダ、スープ、あっと言う間に腹に収まった。
「食後はコーヒーで良いか?」
「ああ。」
セミロングの黒髪。目つきは悪い。丸眼鏡。身長は高い。そんな人が丁寧に口元を拭っていた。中身は意外と繊細なのだった。
「何だい?」
「いいや? 何も。」
最近買ったばかりのコーヒーメーカーを使った。粉コーヒーより味も香りも良い。少しばかり時間が掛かるのが難点ではあるが。
「必ずしも、ではないが手間と結果は比例するものだよ。」
丁寧に灰汁を取るのもその所為だな。納得して出来上がったコーヒーを飲む。君は微笑していた。その姿は、美しいと思えた。
「蕎麦、蕎麦か。」
「さて、何を入れる?」
「そうだなぁ。」
君は僅かな時間思案してあっと言う間に仕上げた。ワラビ、なめこ、ネギ、ワカメに鶏肉。薄めのかけ蕎麦はするすると腹に収まる。昼はこれ位で良い。あっと言う間に食べ終えると君はまた丁寧に口を拭っていたが、目は眠そうになっていた。
「片付けは俺がやるから昼寝でもしてろ。」
「ああ、済まないね。」
朝早くから細々と仕事をしているのだから当然だろう。食器を下げ、洗う。二人なら洗ったそばから拭いて片付けられるが、一人だと手間だ。狭い台所なら尚更だった。まぁ、仕方ない。洗い物を済ませてリビングに戻ると君はソファに座ったまま眠っていた。タオルケットを引っ張って来てかけてやる。
「ん、君も。」
ガス栓は閉めたし、予定も無い。隣に座って目を閉じる。自然と身体が寄り添う。アラームは、要らないか。その内どちらかが目を覚ますだろう。
晩は豪勢だった。紫蘇を散らして焚いたご飯。レタスとパセリが添えられたハンバーグ。ポテトサラダと春雨のスープ。胡瓜と茄子の漬物も小鉢に乗っていた。
「やったな。」
「やり切った。私はもう満足だ。」
「未だ喰ってないだろ。」
二人で手を合わせてから箸を付ける。ハンバーグは豚肉だった。安価だが臭みが少なく、紫蘇のご飯に合う。ポテトサラダも丁寧に作られている。スープは薄味、漬け物も合間に挟むと丁度良い。
「毎日こんな暮らしなら良いんだけどな。」
「それでは豚になってしまうよ。」
そんな下らない話をしながらゆっくりと味わった。昼間何もしなかった所為かじっくりと味わえる。
「普段忙しいからな。偶の休みだ、のんびりし給え。そろそろ酒も出そうか。」
少々高いウイスキーの水割りが出た。時計を見ようとして、止めた。珍しく明日も休みだ。今夜は時間を気にせずにいよう。
「テレビでも点けようか?」
「いや? 酔う前に片付けを済ませて、二人でゆっくり呑もう。」
君は珍しく優しい目をして頷いてくれた。休日の夜は穏やかに更けて行った。
(了・“一日”)
風の温度が変わり始めた。移ろう季節は少しずつ周囲の色を変えて行く。行き交う人々の服装や表情。青く澄みきった空には紅い葉が似合う。
「そうですね。」
隣を歩く女性には、未だ似合う季節ではないか。春の緑も、夏の陽射しも、色付く秋よりも真っ白な真冬の雪が似合うような人だ。何時の間にか雨が雪に変わっていたように俺達は出逢った。
「はぁ、まぁ、そうでしたねぇ。」
口元を隠してくすくすと笑う。夏でも夜、川沿いの柳の下なら似合いそうだ。
「あら、言って下されば白い着物を逆袷にして立ちますよ。」
切れ長の少し垂れた瞳に泣き黒子。唇は薄い紅を引いているが、顔を見ただけは感情が読み取れない。長い黒髪は後ろで結んでいる。
「止めてくれ、お前がやると洒落にならん。」
「残念ですね、では、梁の下で我慢しましょう。」
それもそれだ。見た目は美人と言えなくないし、大人しい性格なのだが、俺を驚かせるのが趣味と言う妙な一面があった。夜中に背伸びをして梁の下に立っていたり、読書に耽る俺が気付くまで片の辺りに顔を寄せていたり。
「貴方の驚く顔は毎回違うので、甲斐があるのですよ。」
喜ぶべきなのだろうか。まぁ、悪い気はしないか。また隣で口元を隠してくすくすと笑っている。誰にでもそうしていれば俺なんかに引っかからずに済んだだろうに。
「嫌ですよ。私があんな悪戯をするのは貴方にだけです。貴方でないなら、嫌です。」
其れは、恐らく喜ぶべき事だろう。白く長い指が絡んで来る。微笑を隠す左の手が無くなる。俺を見上げる微笑は、恐らく釣り合いが取れていない。
「貴方。」
やや怒気を含んだような声だった。
「人の価値は外見やお金でしょうか?」
俺は冴えない顔の売れない小説家だ。立派なスーツの一つも持っていない。彼女は絶世の美女と言われても良い程で、良家の出で、それでも家事も仕事も何でもできる。そして、内面は外面を、外面は内面を映す。
「それでは、貴方はその例外ですね。」
言葉を正しく理解できても皮肉に感じてしまう。所詮俺はその程度だ。
「そう言う所は、可愛らしいですよ。」
ため息を吐く俺の目の前を紅い葉が舞った。それはまるで吸い込まれるように、彼女の右手に収まった。もしもこの光景の全てを切り取れるなら、コンパスの針でも良かった。熱を、空気を、感情を、この全てを切り取れるなら。不可能か。なら仕方がない。
「もう紅葉も終わりが近いようですね。」
スマホで紅い葉を眺める彼女を撮った。風景しか切り取れないが、仕方が無い。彼女は無言のまま仄かに頬を赤くして、俺を睨んだ。写真を撮られるのは好きではないと言っていたか。
「貴方。」
紅い葉を渡された。
「私だけ撮られるのは不公平です。」
ついでにスマホも渡された。機械に明るい奴ではないのだ。恐らく唯一の欠点だろう。身を寄せられた。嫌な予感しかしない。紅葉を持った冴えない男と、雪のように美しい女性が並んで撮った写真。思った通りホーム画面に設定させられた。
「次は雪兎でしょうか?」
口元を隠さずに、子供のような微笑を浮かべる。さて、どうしたものか。
(了・“其の微笑に”)
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