架空の夢

笹森賢二

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#08 瞬間

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   ──君の瞳に映る風景。


 一秒たりとも全く同じ時間、同じ風景は存在しない。それが彼女の口癖だ。全く否定する気も無いが、肯定する気も無い。今日は昨日の焼き増し、明日は今日の焼き増し。それが僕の口癖だ。些末な差は現像の加減の差だろう。
「そんなもんかねぇ?」
 彼女はカメラから目を離してそう言った。見事な茶色に染めた直毛が揺れる。それがまた気に食わない。僕は癖だらけの髪を掻き毟る。
「少なくとも、私にとってはこの陽の光の僅かな変化ですら貴重だ。」
 そう言えば青紅葉が好きだとも言っていたな。
「分かったよ。今日はこれで終わりにしよう。」
 ベランダの柵に背を当てて煙草を咥えた。初めから乗り気ではなかった。確か「夕暮れの風景」がテーマのコンテストの写真だったか? だったら他に撮る物がある筈だ。それこそ近所の子供が遊ぶ姿の方が絵になる。
「そうかい?」
 彼女は思案どころか人の話を聴いていない時にそんな返事をする。背を向けながら煙草に火を灯す。何故かシャッター音が聞こえた。
「完璧、だね。有難う。」
 僕はただ煙草を吸っているだけだ。
「いや? これで良い画になっていなければ、それは私の腕の問題だ。」
 あっと言う間にカメラや三脚を専用のケースに収めて後ろ姿になる。それは見事な速さだった。
「仕上げをしなくてはいけないのでね、お礼は後日に。じゃ。」
 返事をする間もなく彼女は鳥が飛ぶように去って行った。僕は煙草を吸う。ここらはそう物騒でもない。戸締りは煙草を吸い終わってからでも良いだろう。スマホが震えた。
『お礼、楽しみにしててねー。』
 煙を吐き出しながら打ち返してやる。
『歩きスマホは厳禁だ。』
 返信して空を見た。赤く焼けた空に紫が混ざり、その中を雲が泳いでいる。「これでも昨日の焼き増しかい?」そんな声が聴こえた気がした。
(了・“夕暮れの街”)


 ピラミッド状に並べたカードを一列捲る。二枚のカードの合計が特定の数字ならその二枚を捨てる。残ったカードは山札として隣に置き、一枚ずつ捲る。特定の数字になる組み合わせならその二枚を捨てる。組み合わせが無ければ山札から引いたカードだけを捨てる。ピラミッドの方は踏まれているカード、上に乗っていたカードが捨てられたら捲る。それを延々と繰り返してピラミッドが消えれば成功。古くは占いに使っていたそうだ。山札を使い切った時に残ったカードの枚数が少ない程良いとされていたらしい。
 今、山札の最後の一枚を捲った。合う組み合わせは無い。カードを放り投げるとショートカットの少女がケラケラと笑った。
「十枚も残すなんて凄い運だね、逆に凄いよ。」
 彼女は楽しげにカードを集め、切り、並べ直した。
「君はこう思って居る。どうせコイツなら全部とは言わない迄も大半は消えるだろう、ってね。」
 その通りだった。コーヒーでも淹れてやろうと台所へ向かう間にも次々カードが組み合わされ、消えて行く。
「イカサマじゃないか見張ってた方が良かったか?」
「其れも良いね。何なら隅々まで身体検査しても良いよ。」
 下らない事を言っている間にピラミッドは頂点にまで達して居た。最後に残ったのはハートの七。山札はかなり残っている。合うカードは、恐らく山の中に残っているだろう。
「ねぇ、君? 賭けをしないかい?」
 強い目が俺を見ていた。そう言えば目付きが悪いのを気にしていたな。他は整っているんだ。それ以上は高望みだろう。
「金ならねぇよ。」
「違うよ。」
 細い指が山札に触れた。
「次の一枚で終わりにする。そうしたら、君をくれ。」
 応える前にカードが捲られた。スートはスペード。数字の合計は、違っていた。
「ち、また負けか。」
 もしゲームとしてやったのなら彼女の圧勝だが、彼女は不満そうにカードを片付け始めた。
「此の手の賭けでは一度も君に勝って居ない。いい加減に、一度くらい譲って呉れても良いんじゃないかね?」
 何の事やら見当もつかない。そんな顔をしてやった。精一杯の強がりだった。
「君の悪運はよっぽどだね。」
 それもいつか尽きるだろう。思いはしたが言わなかった。今は未だこのままで良いだろう。
(了・“札”)


 季節には継ぎ目が無い。もし其れが存在して定義できたとしても其れは余り広大な期間になるだろう。
「君は相変わらず難しく考えたがるねぇ。」
 君は果実を甘い汁で満たした缶詰の蓋を開け、フォークを刺した。
「今やどんな季節でもこんなものだよ。」
 何度か汁を缶の中に落してやってから君は其れを口に放った。白桃だろう。
「そう考える事が悪い事とは思わないがね、形は違うんだろうが保存の為の加工は古来からあった。そんなものだよ。季節を明確に定義して食べ物を決めるなんて意味が無い。」
 話ながら嚥下も済ませたらしい。器用なものだ。
「君もどうだい? 甘くて美味しいよ。ああ、君は甘い物は好かない性質だったかな?」
 からかって居るのだろう。君は答えを知って居るし、応えも知って居る。差し出された果肉から汁が零れないうちに噛み付く。強い甘味が口腔を満たす。好いては居ないが、嫌いでも無いのだった。
「季節外れでも美味しいものは美味しい。それで良いと思うがねぇ?」
 私は古い人間だ。季節の物は其の季節に食べたい。
「ほぉ、成程。じゃあ、私は何時食べるのかな?」
 少女、だろう。実年齢を聞くと誰もが驚く。そんな顔が目の前に在った。
「今なら、甘いよ。」
 言い掛ける事も諦めた。意味が無い。仄かに上気した目の前の顔は、そう言って居る様だった。
(了・“缶詰”)
 
 



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