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#09 窓辺の花
しおりを挟む──君と二人。
閑静な住宅街。風はすっかり夏を帯びていたが短い季節に広がる緑はどこか儚げで、今にも次の季節に染められてしまいそうに思えた。少し笑った。不要な感傷か。適当な木陰で携帯灰皿を開いて、煙草に火を点す。これから会いに行く女性の部屋では吸えない。当人は気にしないと言っていたが、似合わない。あの部屋に似合うのは花か、紅茶か、せめてコーヒーの匂いだろう。優しげな目の、線の細い女性。笑う時になぜか眉が困ったような形になる。気にしているらしいから口には出せないが。吸い終わった煙草を携帯灰皿に預けて歩く。高級と言う程ではないがそれなりに大きなマンションだ。廊下を歩いていると住人の性格が何となく見えて来る。何気なく目に入るすりガラス越しの装飾。玄関周りの掃除の具合。彼女の部屋は、上品な窓と常に掃除が行き届いた廊下の前にある。呼び鈴を鳴らすと直ぐに扉が開いた。
「いらっしゃいませ。」
今日は白いワンピースに白いストールを巻いていた。首の後ろ辺りで結んだ黒髪は見事な程整っていた。若く美しい女性。それでも、なぜか今にも消えてしまいそうな儚さを感じてしまう。
「ちゃんと相手確認してからドア開けてるか? 物騒とは言わんが、危ないぞ。」
「ええ。貴方はいつも約束の十分前にいらっしゃるので、ドアの前で待って居ました。」
喜ぶべきか悲しむべきか。まぁ、喜んでおくとしよう。
「ほら、頼まれ物。」
「有難う御座います。どうぞ、お上がり下さい。」
何の事は無い。安物の粉コーヒーだ。
「早速で申し訳ないのですが、淹れて頂けますか?」
俺が得手で彼女が不得手と言う訳ではない。いつの間にかそうなっていた。難しい事でも無い。少量のお湯で溶かして、氷と水を放って混ぜるだけだ。彼女が言うには配分が上手らしいのだが、意味の無い言葉だろう。
「良い香りです。」
「安物のアイスコーヒーに香りも何もあるか。」
「そうですか?」
とぼけているのだろう。彼女は何も知らない深窓の令嬢ではない。パッケージを見れば大方の値段は分かっている筈だ。
「では、貴方の腕が良いのですね。」
そう言って彼女は笑った。眉は相変わらず困ったような形に見える。
「ところで、今日は白い服なんだな。」
よく動く彼女には、汚れが目立ってしまうような気がした。今日のコーヒーの飛沫さえ染みになりそうな程白い服だ。
「似合いませんか?」
「いや、似合っちゃいるが、お前、余計なトコの掃除とか家事とかするから汚れが気になりそうだ。」
「そうですか、似合いますか。それなら、それで良いです。」
視線が合った。彼女は何か言葉を飲み込んだようだった。眉が元の形に戻って、儚げな少女の顔つきになった。俺は思わず視線を逸らした。その先に窓辺に生けられた紫陽花があった。小さな花瓶の上部を覆うように見事な青色が広がっている。
「紫陽花に変えたのか、綺麗だな。」
一瞬、彼女の眉が動いた。
「お好きですか?」
言葉が妙に冷たい。確か先週も来て、その時は名前の知らない白い花だった筈だ。そして、俺は同じような事を言った。その前も同じような事を言って、彼女はその色の服を着て迎えてくれた。
「妬いてるのか?」
「さて? 何の事でしょう?」
眉も口調も戻っている。彼女から言う事はないのだろう。
「まぁ、青も似合うだろうよ。」
「そうですか。」
グラスの中で氷が動いた。その向こうの微笑を見る限り、間違った事は言わずに済んだようだ。少し笑う。何れ。
「何でしょう?」
「いや?」
目の前に咲くこの花が一番綺麗なんだろうが、言わずにおこう。俺には似合わない。
「長い付き合いなんですから、言ってしまった方が楽ですよ。」
「今日は止しとく。それと、その言葉はそのまま返す。」
「そうですか。」
視線を合わせる。また彼女は困ったように笑った。今は、未だそれで良い。
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