架空の夢

笹森賢二

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#10 青く褪めた色

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   ──二人だけの部屋。


 カーテンを開けると月灯りが入って来た。仄かに青みがかった光と濃い影の境界線が部屋の中にできる。君は青い光の中、壁に背を当てて座っている。
「貴方も座りませんか?」
 君が居なければその境界線を越えようとしなかっただろうし、そもそもカーテンを開けようともしなかった。君に誘われるまま境界線を抜けて闇から出た。隣に座ると柑橘類の様な匂いがした。
「月の光はお嫌いですか?」
「いや?」
 肩が触れ合う。君は遠慮がちに体を預けて来た。
「良いよ、全部で。お前軽いから。」
 君は力を抜いて俺に寄りかかかった。本当に軽い。僅かな熱が伝わって来る。
「はぁ、時間よ止まれ、です。」
 止まった時間の中でも熱は感じられるのだろうか。
「貴方は偶に意地悪です。」
 俺を見上げる目は笑っていた。応えようとした瞬間に、月が雲に隠れた。ため息を吐く。君の姿も熱も消えている。立ちあがって空を見上げた。よくは見えないが、雲はかなり大きいようだ。
「さっき、本当に時間が止まっていれば。」
 呟いて、少し笑った。馬鹿馬鹿しい。流れる時間の中で次の月灯りを待とう。
(了・“月の部屋”)


「おや、珍しいね。」
 夜空を見上げていると同居人が珍しく起きていた。普段はとっくに寝ている時間だ。
「お前こそ珍しいな。」
「君がなにやらしているのでね、起きてしまったよ。」
 両手に一本ずつ日本酒の小瓶を持っていた。明日は休みだし、丁度今夜は満月だ。
「月見酒か。悪くないな。」
「だろ?」
 受け取って蓋を開ける、その合間を狙って唇を重ねた。
(了・“月見酒”)


「月が出ていると明るいのねぇ。」
「満月だしね。」
 安アパートのベランダから眺める外の風景。線路があって、広い畑がある。遮蔽物がないから満月が近付くとよく見える。昼間は何でもない風景でもこんな夜には違ったものに思える。
「綺麗ね。」
「そうだね、ところで。」
 掴まれたままの腕を解こうとした。解けない。随分と酔っている筈なのに力が強い。
「えー? 良いでしょー?」
「いや、ベッド使って良いから早く寝なよ、姉さん明日も仕事でしょ?」
 物凄く嫌そうな顔をされた。
「いーや。後、俊君、今日はあのバカの代わりだから。」
 ため息を吐いた。今に始まった事ではない。恋人と喧嘩をする度にこうなる。何人か代わったらしいけれど、こっちは変わらない。
「何よぉ、俊君嫌なのぉ?」
「はいはい。嫌じゃないよ。でも、今夜はもう一本だけ飲んだら寝よう。」
「ふふっ、大好きだよ俊君。」
 抱き付かれても嬉しくない。酒臭いし動けない。大泣きされるよりはマシだし、見下ろす月灯りの中の世界も、中々に幻想的で綺麗だった。
(了・“月と姉と酒と”)


 目が覚めた。午前二時。眠気が殆ど無い。珍しい事ではなかった。娘が来てからは早く眠るようにしていたから、前の生活とのギャップで睡眠時間が安定しない。まだ少し、不安と緊張があるのかも知れない。娘の方はすっかり慣れたらしく畳まで転がって行って腹を出したまま眠っている。せめてタオルケットをかけてやる。ついでにカーテンの隙間から外を見た。
 街灯の光がある。未だ起きているらしい奴の部屋にはカーテン越しの光がある。後は満月の青に照らされた物と照らされず闇に沈む風景が広がっているだけだ。綺麗だと思うべきなんだろう。幻想的だと思うべきだろう。けれど今は余裕が無い。一日、一日、この小さな娘と暮らすだけで手一杯だ。
「とーちゃん?」
 娘が体を起こした。
「流石に畳の上じゃ寝づらいか? ほら、布団に戻るぞ。」
「ふぁーい。」
 寝ぼけている娘を一枚しかない布団に寝かせてやる。俺も一緒に横になると、胸の辺りを掴まれて腕は枕の代わりにされた。もう動けない。まぁ、良いか。眠れるなら寝れば良いし、そうでないなら、少しずつ変わって行く色と、娘の寝顔でも見ていよう。
(了・月夜の二人)


 読み終えた一枚の原稿用紙を机に置き、そいつはベッドの端に座った。
「ふぅん、確かにドラマチックね。」
 馬鹿にしてるのだろう。どうせ一円にもならない物語だ。
「違うわよ。ああ、そうね、カーテン開けて、電気消してみて?」
 言われた通りにする。そうしないと後が怖い。窓からは月明かり、やがて通りがかった雲がそれを隠す。
「ね?」
「何が?」
 電気を点けてカーテンを閉める。
「察しが悪いわねぇ。私は消えないわ。」
 当たり前だろう。
「ほら、こっちに座る。」
 言われるまま座ると腕を抱かれた。ちょっとだけ重い。
「重いって言ったら殴るわよ。」
「お前は人間で、重さがちゃんとあるのは当たり前だろ。」
 腕を引っ張られる。顔が近付く。紅を落とした唇は、それでも瑞々しい赤い色をしていた。
「カーテン開けて、電気消して、ね?」
 ため息を吐きながら言われた通りにする。気紛れな雲はどこかへ行ったらしい。月灯りが部屋に満ちる。ベッドの端に座るその女性は、妙に妖艶に見えた。その微笑に、青く褪めた色に、俺は引き込まれて行く。
(了・“青く褪めた色”)
 
 


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