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#15 時を越えて
しおりを挟む──何気ない空の下。
修学旅行と言う事もあって周りは必要以上にはしゃいでいる。中学の時もやったろうと思いながら俺は石畳の上を歩く。見上げれば青空。何処へ行っても同じだろうが、まぁ、見慣れない街並みは珍しいのだろう。一々口を出す事でも無い。寺、で合ってるのか? それさえ俺には判らないのだから。左には庭園が、右には木の格子が並んでいる。
「あれ? キーちゃん?」
真横から声が聞こえた。見ると見知らぬ制服の少女が駆け寄って来た。格子の隙間から見るその顔は、髪型こそ違っていたが見知ったものだった。
「凛子か? こんなトコで何やってんだ?」
小中と殆ど同じクラスでよく遊んだ仲だったが、それぞれ違う高校へ進学してから疎遠になっていた。俺は地元だったが、凛子は両親の都合もあって他県へ引っ越し、その土地でそれなりの高校へ進んだ。
「修学旅行以外で制服でこんな遠くまで来る?」
相変わらずリスの様な雰囲気の顔と背格好をしている。
「そりゃそうか。」
「キーちゃんは? 旅行?」
「うちの高校は私服なんだよ。」
格子越しに俺の周りを見た凛子は、腰を少し屈めるようにして、俺を見上げ笑った。背が低いくせにそんな仕草をするから、見下ろさないといけない。首が疲れる。
「でも一人じゃん。」
「自由行動中にはぐれただけだ。」
本来は班毎に行動するように言われているのだが、集合場所と時間を決めて単独行動していた。
「キーちゃんの事だから、ワザとでしょ?」
「そう言う凛子は?」
訊きながら顔を上げると、遠くに数人同じ制服の女生徒が居た。何を勘違いしているのか、何やらにやにやしながら話をしている。
「でも、偶然だねぇ?」
「修学旅行なんて行き先も時期もどこも似たようなもんだろ。」
軽く左右に体を振る姿は、小型犬か。
「あ、そだ、いい加減スマホ買った?」
高校一年間は必要無いと言われていたが、母親が興味を持った所為で持たされるようになった。何でも家族で持った方が割引されるらしい。妹は喜んでいたが、俺は持て余している。確かに友人達からの連絡を受けるのは便利だが、俺から使う事は殆ど無い。
「ああ、一応。」
「ちょっと貸して。」
肩に下げて居たバッグから取り出したスマホを手慣れた手つきで操作しだした。
「うわ、殆ど初期設定じゃん。あっちにベンチあるからちょっと来て。」
「友達は良いのか?」
「ちょっとだけだから大丈夫だよ。」
俺は元来た道を戻る事になるのだが、良いか。特に目的地がある訳ではなかったし、スマホは凛子に取られたままだ。
「なんか、懐かしいね。」
格子越しに凛子が言う。一年少し会っていないだけだが、そんなものだろうか。
「まー、キーちゃんはそんなの気にしないだろうけど。」
俺は何だと思われているのだろう。確かに全てに興味が薄いと言われる事はあるが、表情だって感情だって人並みに持っているつもりだ。
「私は、寂しかったよ。」
犬のそれに近いのだろうな。軽く振り向いてみると、先程の女生徒達が距離を置いて付いて来ている。まるで保護者だ。実際そうなんだろう。
「キーちゃんは?」
入学早々応援練習とかさせられ、その後は勉強と部活が忙しく、人の事まで考える暇などなかった。
「あれ?」
「何だよ。」
凛子の視線は鞄に向けられていた。
「それ、ちゃんと持っててくれたんだ。」
チャックの部分に小さな三日月形の飾りがある。中学の終わり頃に新しく買ったバッグに凛子が無理矢理結び付けた物だ。邪魔にならず外すのも面倒だし、引っ張り易いからそのままになっていただけだ。と、言う事にしている。
「ふぅん?」
凛子のバッグにも同じものが付いている。頭を掻いた。もう格子が途切れる。どんな顔をすれば良いのだろう。何を話せば良いのだろう。軽く途方に暮れた俺はやたら青い空を見上げた。
(了・時を越えて)
ベンチの足元はアスファルトで、それなりに綺麗に掃除されたが、道沿いに並ぶ低木はまだ手入れがされていなかった。すっかり暖かくなったからか、緑の低木はかなり奔放に伸びて居た。俺にとっては好都合だ。煙草の箱とライター、携帯灰皿を取り出す。禁煙の看板は無いが灰皿は無い。余り目につくと余計な面倒が寄って来るかも知れない。
「お兄さん今日もここ?」
丁度こんな風に。私服姿だが、知っている顔だ。近所に住んでいる女子高生だ。そいつは隣に座るなり、俺の手から一式を奪い取った。一応咎めるような視線を向けるが、俺だって人の事は言えない。昔は自動販売機で簡単に煙草が買えた。
「お兄さんさー、大体この時間に居るよね。無職?」
「まぁ、そんなトコだな。」
一応仕事らしい事はしているが、人に言えるような物ではない。
「ま、良いけど。明日も来んの?」
「お前、学校は?」
そいつは長い髪を揺らしながら少女らしく笑った。
「カレンダー見てないの? 連休中だよ。」
そうだったか? 納期ばかり気にしているから曜日は殆ど忘れてしまっている。
「ま、来るなら明日も一本ちょーだいね。」
そいつは携帯灰皿に吸い殻を入れて俺に突き返して来た。
「ちなみに拒否権はないから。よろしくね、共犯者さん。」
風に乗るように去って行く後ろ姿を眺めながら、俺は漸く煙草に火を点けた。
(了・共犯者)
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