アイロニー・セレナーデ

笹森賢二

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#02 貴方の影

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   ──何時も後ろに。


 疑問に思い始めたのは高校に入った頃だった。両親が仕事でほとんど家に居ない。不自由は無かった。学校の行事や地域の催しには顔を出しているらしく評判は悪くない。家の事は俺と妹でこなしていた。小学校の高学年ぐらいまでは伯母が一緒に暮らしていたし、その間に役割もやり方も覚えた。疑問は、歪にも思える両親の関係だった。帰って来る時間も、休みもバラバラ。家庭、と言う物を作る気があるのか無いのか判らない。
 その所為か。
「お兄ちゃん、明日はお弁当にする? 食堂で食べる?」
 妹はいつも隣と言うか後ろに居る。朝食の片付けをしていると、洗濯機を回しに行っていた妹が後ろに居る。
「夕方に弁当作っておくか。」
 部屋に戻って勉強をしているといつの間にか菓子と飲み物を盆に乗せた妹が居る。部屋も別々に持っているのに、気が付くと後ろに居る。
「どうかした?」
 友達と遊ぶ為に買ったハズの小さなテーブルは、何時の間にか妹の勉強机になっていた。学年が違っても使う道具はそう変わらない。部屋で勉強する位なら共有しても不便は感じなかった。
「いや? 今日の晩飯は?」
「そうだねぇ、炒飯と卵白スープ。レタスとトマトのサラダに、あ、大根とハムもそろそろ食べないと危ないかも。」
 昼はザルソバにハムと大根おろしが浮いたつけ汁かな。そう思いながらレモネードを飲む。これも危なかった残り物で作ったのだろう。
「んじゃ午後から買い物だな。どうせ、」
 言いかけて止めた。別に恨んでいる訳でもないし、この生活にもすっかり慣れた。
「だね。偶には海老でも買っちゃう?」
「安ければな。でも海老って殻剥くと小さく見えるよな。」
 適当に買い物を済ませて家に帰る。台所のテーブルには決まった位置に金が置いてある。余れば戻すから、多く使えば増えるし、余って居れば減っている。顔の見えない両親、か。まるで妖怪だな。少しだけ笑った。
「お兄ちゃん?」
「いや?」
 声がやけに近い。椅子を回し振り返ると妹の顔が間近にあった。形だけ整えた眉に、眠そうな目。鼻筋は通っている。唇は誰に似たのか少し厚い。
「私はちゃんと顔あるからね?」
 思考を読まれた、らしい。妹は少し笑って続ける。
「影みたいにひっついてるから、なくても良いんだけどね。」
 額を小突いた。
「馬鹿言ってないでさっさと終わらせて、次は昼の支度だ。」
 小麦粉の袋を開ける。玉葱と、ベーコン、玉子はある。混ぜて焼けば一食にはなるだろう。
「はぁい。」
 一瞬、妙な表情をした気がするが、気にする事でもないだろう。影、か。当人が良いならそれで良いんだろう。
(了・貴方の影)



「こんな風の日かなぁ?」
 妹が隣でぽつりと言った。休日、散歩がてらコンビニへ菓子を買いに行くらしい。俺は引きずられるまま、隣を歩かされている。
「とぉっ!」
 突然妹が手を伸ばしながら跳んだ。手袋の先に付いた小さな雪は一瞬で消えてしまった。
「初雪、かな?」
 さて?
(了・初雪の日)



「君よ、相変わらず飲み物だけなのだねぇ?」
「ん? ああ、昼は食べたし、夜も喰うぞ。」
「脳は常に糖分を必要とする。まともに成りたいならもっと糖分を摂った方が良いよ。」
「なら良いがな。」
「ふぅん。君は此の整然と並んだドーナッツに魅力を感じない、と?」
「ああ。お前が喰え。そして太れ。丸い方が可愛いぞ。」
「はぁ、随分とずるい言い訳だね。ほら、オールドファッションくらい食べなよ。」
「はいはい。旨いのは分かるんだがな。」
「何が不満かね?」
「全て?」
「くくっ、君らしいね。」
(了・甘味と偏屈)



 夜が明ける。冬が抜け切らない初春の朝の景色を見ていた。寒いと言えば寒い。けれど、慣れればそうでも無い。季節なんぞいい加減だ。気が付けば夏が、秋が部屋の中に入り込んでいる。
「それも見飽きるわね。」
 振り返らず外を眺めたままにする。隣に寄り添った熱は新しい熱を湛えたカップを差し出す。受け取って、飲み込む苦味は、何時もと変わらない。
「ねぇ、そろそろ引っ越さない? もう始発が来るわよ。」
 此の部屋の隣にはディーゼル汽車が走る線路がある。通る度に地震が起きる。まぁ、もうすでに時報の代わりに成っているが。
「良いんじゃないか? 寝坊しないで済む。」
「あの子は例外ですけどね。」
 視線を送れば布団の中で身を捩る少女が居る。
「……涎は拭いた方が良いか?」
「放って置きなさい。時間の無駄よ。」
 そう言って煙草を銜える、年齢で言えば俺より上だが、違和感はある。
「何よ?」
「いや?」
 カップをベランダの柵に置いて俺も煙草を銜える。火は直ぐ近くに有った。微笑みの意味は、知らなくて良いだろう。
(了・初春の夜明け)



「兄様兄様。」
 紫が何時もの様に突っ込んで来る。出来るだけ柔らかい場所で受け止める。
「兄様兄様。」
 言葉の調子が少しだけ違う。用件は何時もと同じだろうが。
「今夜はシチューなのですが、牛にします? 豚か鶏の方が良いですか? それとも、」
「僕は紫を食う気は無い。偶には鶏で良いんじゃないか? ブロッコリーも余ってただろ。」
「むぅ。釣れないですねぇ、ええ。コンソメと塩胡椒で味付けして、あ、でもスープが勿体無いですね。」
 明日の朝に野菜スープにすれば良いだろう。言う間に紫は玉葱と備蓄用のコーンを台所に広げて居た。
「白菜も使うか?」
「あ、良いですね。ぅーん、醤油ベースで行きますか。」
 他の選択肢はゴマ油か中華出汁だろうな。まぁ、どれも旨いから如何でも良いが。手際良く具材が切断されて行く。
「うふ。」
 微笑みの意味は、知らない方が良いだろう。
(了・午後)
  
 


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