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#03 暁の空の下
しおりを挟む──仄青く白い風景。
右回りの秒針に何度も追い越されながら長針が、さらに遅れて短針が回る。其の分だけ朝が近付く。カーテンを開け放したままの部屋の色が変わって行く。少しずつ夜が終わる。鬱陶しいだけの昼の喧騒と面倒な日常と、君の声が近くなる。
少しぼやけた様な灯りの中を漂う煙ばかりを眺めて居た。一人きりの部屋。煙草を吸うだけなら、此の灯りで充分だった。何か書きたく成っても、不足では無いだろう。原稿用紙と古い辞書を引き寄せて、ペンを握るだけで良い。何時からか、必要な物が減って行った。もう直ぐ夜が明ける。灯りも必要無く成る。何故か妙に虚しい気分になって仕舞った。
真っ青、と思えた。夜と朝の隙間。嫌いではない。少しカーテンが揺れて、涼しい風が滑り込んで来る。薬缶を水で満たしてコンロの上に置く。火を点けるのも、他の支度を始めるのもまだ早い。何をしていようかな。何も思いつかない。貴方が起き出すのはずっと先だし、そもそもまだ朝と言える時間でもない。
窓辺に置いたソファに座って考えてみる。今日最初にかける挨拶の言葉。朝食のメニュー。その後の事。まだ白い壁紙が青白く見える部屋で、このまま考えていよう。
小高い山の小屋に泊った。澄んだ空気は肌寒く感じられた。僕は只見ている。遠く、稜線から昇る朝陽を。
珍しく早く起きたらしい娘が開け放した窓の向こう、広がる町並みを見ていた。広がる、と言っても安アパートの二階だ。そうそう遠くまでは見えない。
「きれー。」
娘がそう言ったので、横に並んで眺めてみる。何の事はない。見慣れた風景に朝焼けが当たっているだけだ。頭を撫でてやると、素直に甘えてくれた。
「そうか?」
「うん。」
僅かに朝陽が娘の前髪に当たっていた。成程、確かに綺麗かも知れない。
吐き出す息が白く濁らない。季節が違うのだろう。そんな事さえ考えないと分からない。そんな事を考えている暇は、私には無い。歯を食いしばる。走れ、走れ、走れ。私にはそれしかないんだ。
音が無い。仄かに青白い色が街を覆って居る。太陽が昇る迄の僅かな静寂。空気は涼しく、心地良い。目を閉じるのが惜しい。見慣れた筈の部屋が、窓の外が夜明けの色に染まる、此の時間だけが好きだ。其れも少しずつ終わる。光が赤を帯び始める。太陽が近付く。嗚呼、厭だな。また面倒な日常が始まる。
其の朝はよく晴れて居た。仄青い時間は終わり、人々が、街が動き始めた。もう暫くは静かな時間が続くだろうが、直ぐに昼の喧騒に埋もれて行く。
「おはようございます。」
明瞭な君の高い声が其れを連れて来たような気がした。仕方無く応える。胸の底に積もり積もった鬱々とした何かが、ほんの僅かに風に舞った気がした。
(了・暁の空の下)
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