黒猫王子の政略結婚~ある迷宮の終わりと始まり~

夕月ねむ

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 タルマール王国には王子が三人いる。幼い頃の事故で足に後遺症がある第一王子、兄の代わりに立太子した第二王子、良いのは見目だけ、と言われている第三王子。
 第一王子、第三王子が王妃の子で、第二王子は愛妾の子だ。

 その中の『顔だけ』第三王子が僕である。
 肩にかかる長さの黒髪はサラサラツヤツヤ、目は鮮やかな緑色、眉は整えなくても勝手にそれなりの形になるし、なめらかな白い肌は日向に出ても何故か焼けない。ニキビはできたことがないし、十代後半になってもまだ髭は生えてきていない。名をルシアン・アゼル・エメリー・タルマールという。

 いやあ、頑張った頑張った。今の評価を得るために、僕は全力を尽くしてきた。

 第一王子のサディアス兄様は歩けないわけじゃないけど長時間立っていることや走ることに支障がある。父王はサディアス兄様を後継者から外すと決め、他の王子に周囲の期待が移った。

 父王の決定でラザラス兄様が立太子したものの、王妃の子ではないから後ろ盾に少しばかり不安がある。
 ここで僕が目立ったりしたら、後継者争いになりかねない。生まれつき顔が良いのは仕方がないから、それ以外の能力はできる限り隠した。

 僕には野心なんかない。国王になんてなりたくない。国を荒らすことも望んでいない。
 贅沢はできても窮屈で激務で責任重大、それが僕が見てきた国王陛下である。その贅沢だって本人の望みかどうか。

 僕は贅沢なんてできなくていいから自由が欲しい。正直言って王族を辞めたい。王族を辞めて冒険者になりたい。

 第三王子のひと言は重い。下手をすると騎士や侍従の首が飛ぶ。物理的に飛ぶ。今の自分の立場が怖い。最初から『そういうものだ』と思っていれば違うのだろう。けれど、僕はうまく受け入れられなかった。

 だから害にはならないけど役にも立たない、そんな人物になろうと努力した。全部前世の記憶のせい……いや、女神のせいだ。

 どのくらい昔のことかは知らないが、創造の女神エデルダーナは将来必要になる救世主に相応しい『勇者の魂』を用意していたそうだ。そしてそれをうっかり地球に落とし、そのまましばらく忘れていたらしい。

 いや、忘れるなよ。すぐに拾え。

 ふと思い出して、日本人として呑気に暮らしていた勇者を『ちょっと強引に回収した』結果、エデルダーナは無関係な人間をひとり巻き込んでしまった。その巻き込まれた一般人が前世の僕である。酷い。

 どういう仕組みか知らないけど、僕の体は消し飛んだという。お詫びに転生させてくれたわけだけど、もっと気楽な転生先はなかったのか……。

 おまけに、だ。うっかりがすぎるポンコツ女神エデルダーナは、僕に加護すら与えず転生させようとした。今後勇者が必要になるような世界に。見かねた別の神様が止めに入って、僕に力をくれた。それが獣神カーハディール様だった。

 僕はカーハディール様に『獣化』『念話』『威圧』という三つのスキルを授かった。

 獣化は獣の姿に変化できるスキル。僕は黒猫になれる。最初に与えられたのが本当に巨大な猫の姿だったので「大き過ぎる」と言ったら、大きさは変えられるようになった。

 残りの二つのうち、威圧は相手に強い恐怖を与えて怯えさせるスキル。念話は声を出さずに意思の疎通ができるスキルだ。猫の姿の時は人間の言葉を発音できなくなるから。

 僕は獣化して戦うことができるし、多少なら魔法も使える。これで十分生きていけるだろうというわけ。

 獣化の能力があれば簡単に城を抜け出せる。そう考えたこともあった。普通の猫のふりをすればいいんだから。

 でも実際には常に誰かが近くにいるのだ。侍従や侍女、騎士たちはどこにでもいるし、王族として多忙な母の代わりに僕を構いたがる乳母もいて、第三王子の不在を誤魔化すのが難しい。

 いっそ追放してくれないかと思うけど、わざと何かをやらかすとしても、処刑されずに追放で済ませるのが困難だ。多方面に迷惑がかかるし。

 僕は今19歳、のらりくらりと先延ばしにしてきた縁談も、流石にもう躱すことができない。両親や宰相は「顔だけは良いのだから条件の良い相手と縁付いてくれ」という思いを隠さなくなった。国内よりも国外に婿入り先を探している。

 そろそろ腹を括るしかないだろう。僕は王子として、今まで安全な暮らしも十分な教育も享受してきた。情熱的な恋はできなくても、好感が持てる相手なら……歩み寄って協力しあえば、幸せにはなれるかもしれない。

 いや。どんな相手であっても、この身ひとつで国益になるなら拒むまい。そんな決意をした矢先、とんでもない話が舞い込んできた。



 ***



「トラステア王国からルシアン殿下に婚約の打診がございました。お相手はテオドール殿下とおっしゃって……」
「待って。聞き間違い? 相手、男なの?」
 宰相の発言に、思わず間抜けな声が出たのは仕方がないと思う。

「間違いではございません。王弟殿下です」
「トラステア王国の、王弟? 王妹じゃなく?」
「はい」
「え、何。どういうこと? 僕、婿入りじゃなくて嫁入りするの?」
 なんで男からの縁談が来てるの。ここ『男同士でも子供が』とかいう世界じゃなかったと思うんだけど。

「テオドール殿下は少々特殊な立場の方らしく、同性の伴侶を、ということのようです」
 もしかして子供を残すことを望まれていないのか。それならそういう魔法があるけど……。

「避妊紋は使えないのかな」
「それが……どうやら、女性よりも男性を好む方のようで」
 うーん、そうか。まあ、好みは人それぞれだからなぁ。でも男かぁ……。

 宰相の隣にはサディアス兄様が真剣な表情で座っていた。
「トラステアは大国だ。今まであまり国交がなかっただけに、良い関係を築きたい」
 そうなんだよね。もしも断ったことがきっかけで難癖をつけられたら、国力では勝てない。

「……受けてくれるか、ルシィ?」
 たまにしか呼ばない愛称をこういう時に使うんだから、サディアス兄様は狡いと思う。まあ、僕の答えは決めてあるんだけどさ。

「お受けしますよ」
 嫌がると思ったのか、宰相が目を丸くし、サディアス兄様も息を呑んだ。

「ルシアン殿下? 今、何と?」
「……本気か?」
 そんなに驚かないで欲しいんだけど。
「ええ。お受けします」
「いいのか? 相手は男だぞ?」

「構いません。僕は嫁ぐことくらいでしかこの国の役に立てないと思うので」
 そうはっきりと言い切る。気のせいか、サディアス兄様が少し……ほんの少しだけ、痛ましげな顔をした。







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