【本編完結】黒猫王子の政略結婚~ある迷宮の終わりと始まり~

夕月ねむ

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 この世界には迷宮が存在する。魔物がはびこる危険な場所らしいんだけど、その魔物を討伐できれば、人間にとって有用な素材を入手できる。

 更に迷宮では、希に『神器』や『霊薬』と呼ばれる人の手では作り出せないアイテムが見つかることがある。迷宮は人の暮らしに欠かせないものとなっているのだ。

 女神エデルダーナが勇者を用意することになった理由、将来起こり得る危機。それは、ある迷宮が大規模なスタンピードを起こす……大量の魔物が溢れ出すというもので、勇者の使命はその迷宮の攻略らしい。

 迷宮の核を破壊することで魔物の出現は抑えられる。しかし迷宮には混沌の神が結界を張っているため、エデルダーナが直接干渉することはできないという。

 スタンピードを起こすかもしれない迷宮。それは『神代の迷宮』と呼ばれ、入り口はトラステア王国内にある。僕の縁談の相手がいるのもトラステア王国。偶然なのかな、これ。



 ***



 毎日の礼拝は僕の義務のひとつ。熱心に祈ったからといって何も起きたことがなかったその時間に、その場の誰のものでもない声が聞こえた。

『久しぶりですね、聴こえていますか』
『……エデルダーナ?』
 驚いて悲鳴を上げなかった自分を褒めたい。

『あなたに少し頼みがあるのです。倉橋さん』
『さらっと前世の名前で呼ばないでくれる?』
『では、ルシアンと』
 うん。その方がいい。僕はもう、今の僕なのだから。

『それで、何の用?』
『勇者が動いてくれないのです』
『動かない?』
 何それ、どういうこと。倒れてるとか?

『いえ、健やかに暮らしているのですが、私が命じても迷宮に向かおうとしないのです』
 なるほど、使命を放棄しているのか。

『それを僕にどうしろと』
『今のあなたはカーハディールの愛し子。十分な力を持っています。勇者の代わりに迷宮に――』
『断る』
『倉橋さん……』
 だからその名で呼ぶなと。

『引き受けた方があなたのためです。スタンピードが起こればトラステア王国は滅亡することになる。被害は国ひとつでは済まないでしょう。その前に迷宮の核を壊せば防げるのですよ』

『巻き込まれただけの一般人にそこまでやらせるの、どうかと思う』
『今のあなたはもう一般人ではないでしょう』
 それはそうかもしれないけどさぁ。

『僕に言わずに、勇者の近くにいる神官にでも命じたらいいのに』
『あいにく、私の声を聴くことができる者は限られているのですよ』
『じゃあ、別の勇者を用意したら?』
『無理ですね。時間が足りません』

『時間って、具体的には』
『十年以内に攻略できれば間に合うかと』
『十年……』
 長いような、短いような。もたもたしていたらあっという間か。

 そっとため息をついた。国が滅びると言われて無視できるほど、たくさんの人が犠牲になるのを知っていて放置できるほど、僕は図太くない。しかもこれから僕が深く関わることになる国が一番に被害を受けるのだ。

『……勇者がどこにいるか教えて』
『引き受ける気になりましたか』
『嫌だ。だけど、勇者の尻を蹴飛ばして迷宮に叩き込むくらいは、してみてもいい』

『十分です。では、あなたが勇者を見た時、すぐにわかるようにしておきましょう』
 なるほど、それはありがたい。人違いとか洒落にならないし。

『ではお願いしますね、ルシアン』
『え。待って。何か勇者の特徴はないの? 髪の色とかさ。名前も教えて欲しいんだけど……エデルダーナ? おーい?』
 駄目だ……返事がない。

 おいおい嘘だろ。何の情報もなく目視だけで探せと? 勇者が僕の視界に入らなかったら見つからないってことか。こんなんだから勇者を地球に落としたりするんだよ……。

 結局、礼拝の時間が終わるまでにエデルダーナの返事はなかった。
「今日は随分と丁寧に祈っていらっしゃいましたね。やはりご婚約のことで?」
 近くで控えていた神官にそんなことを聞かれて、僕は曖昧に苦笑した。



 ***



 どうにかもう一度女神と話せないかと考えている間にも、縁談は進んでいった。もちろん僕がトラステア王国に行くことになるんだけど、ありがたいことに先方からは「全て用意するので身ひとつで来ればいい」というような申し出があったらしい。大国の余裕を感じるねぇ……。

 とはいえ、本当に何も持たないわけにはいかない。服や宝飾品、細々とした身の回りの品……新生活だけでなく、トラステア王国までの道中で必要になりそうなものも用意されていく。

 ため息が増えた僕は「マリッジブルーか」というようなことをあちこちで言われた。そういう憂鬱が全くないとは言わないけど、勇者をどうやって探そうかと頭が痛いのだ。

 こちらの使用人が同行するのは途中まで。乳母が嘆いたけれど彼女は連れて行けない。まだ幼い子供がいるのだ。

 しかも縁談の相手が男。僕が連れているのが侍女でも侍従でも、もし不貞を疑われたら面倒なことになる。

 結局、到着後の使用人についてはトラステア側に任せ、僕はひとりで異国に移住することになった。心細いのは確かだけど仕方がない。

 道中の護衛が選ばれ、馬車や馬が用意される。淡々と準備が進められていった。僕もトラステア王国に関する知識を詰め込んだり、ダンスの女性パートを復習したり、男同士の閨の作法について説明を受けたりした。

 ダンスはね、兄様たちの相手役として練習したことがあったんだよね。特にサディアス兄様のリハビリの一環として。だから復習ということになるわけ。

 タルマール王国からトラステア王国までは、途中で小国をひとつ横切ることになる。ルートの選定も宿の手配も、電話なんてないんだから大変だと思う。僕はと言えば、ああしろこうしろと言われて、その通りに動くだけだ。

「最近、真面目に勉強しているようだな」
 夕食の席で父上にそう言われて、内心焦った。以前のようには上手くサボれていないと感じていたから。

「それは……僕なりに頑張っているのですよ。トラステアとの縁談で、粗相があってはいけないでしょうから」

「その勤勉さをもう少し早く見せてくれれば」
 それはどういう意味かなぁ、父上?
 見せていたらなんだって言うんだ。玉座をくれるとでも? 嫌だよ。受け取りたくない。

 どう誤魔化すべきかと困っていたら、サディアス兄様に庇われた。
「ルシアンもいつまでも子供ではないということでしょう」
「そうですよ。僕ももう成人していますし」
「……そうか」

「ルシアン」
 夕食後、サディアス兄様が小声で言った。
「その化けの皮、どうせなら最後まできちんと被っておくといい」
 ひぃ。やっぱり何か気付かれてるー!







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