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僕には獣化スキルがある。けれど、城から出ることもままならないから、実戦なんて経験できなかった。この世界の魔物は基本的に迷宮にしか存在しないのだ。
わがままを言って、迷宮に連れていってもらったことは何度かある。冒険者に案内を頼み、騎士が何人も護衛について来て……うん、無理。その状況で猫の姿になるなんてできるわけがない。
なんか僕がいると魔物が弱体化する、おとなしくなる、そんな感じがあるらしい。たぶん威圧スキルの影響。それを「まさか。あり得ないよ!」と誤魔化すだけでも大変だった。そんなわけで僕には獣化して戦闘した経験はないのだ。少なくとも、今はまだ。
これまで手を抜いてきたことのツケとでも言うのか、自分の能力が正確に把握できていない。何ができて何ができないのか、どの程度の敵なら倒せるのか、どんな魔物なら威圧が効くのか、わからない。
そんな状態のまま他国に嫁ぎ、どうにか周囲を誤魔化しながら勇者を探し出し、説得して迷宮に放り込む。それが駄目なら自分が迷宮に……ため息が増えるのも仕方がない。面倒にもほどがあるだろう。
僕が嫁ぎ先から勝手にいなくなれば、トラステア王国がタルマール王国を非難するのは当然のこと。関係の悪化は避けられないだろう。下手をすればそれを理由に戦争だ。じゃあどうやって勇者を探す? 僕は自由に外に出られないんだぞ?
いっそ僕の夫になるテオドール殿下に何もかも話すか? 信じてもらえなくても『頭がおかしい王子』ということになって離縁に持ち込めるかもしれないな?
そんな風に思い悩みながら馬車に揺られてトラステア王国へ。着いてすぐにわかった。全部杞憂だったって。
だって勇者いるもん。そこにいるもん。正確には僕の夫の後ろに控えている侍従。こいつ勇者だろ、間違いなく!
エデルダーナが説明を端折るわけである。すぐに会えることがわかっていたのだ。あんまりにも言葉が足りないのはどうかと思うけど。
トラステア王国王弟テオドール殿下は、燃え立つような赤髪に若草色の目をしていた。僕より頭半分くらい背が高い。王子というより騎士みたいな雰囲気だ。そして不機嫌そうだった。どうやら歓迎されていない。僕は一応望まれてここに来たはずなのに。
「お初にお目にかかります。ルシアン・アゼル・エメリー・タルマールです」
どう考えてもこちらの方が立場は下。けれど過剰に謙るなと言われている。
「テオドールだ。俺のフルネームは覚えなくていい」
そんなのもう覚えているに決まってるじゃないか。婚約者だぞ。ちなみに、テオドール・オーガスト・サミュエル・トラステアである。年は21歳。
テオドールが値踏みするように僕を見て、フンと鼻で嗤った。
「見目麗しいと聞いていたが、結局は男だな」
え?
まるで僕が男であることが気に食わないみたいな物言いだ。同性愛者だと聞いたけど?
「お気に召しませんでしたか?」
ドレスでも着た方が良かったのかと思って聞くと、テオドールは投げやりに呟いた。
「……別にどうでもいい」
それは、どういう意味だ?
「ここはお前のための屋敷だ。好きに使え。使用人以外は適当に入れ替えて構わない」
「ありがとうございます……?」
「大きな買い物をする時は執事に事前の相談を。それ以外は自由に過ごせ。小遣いはくれてやる。年に何度か俺の用事に同行してもらう。その時はこちらで衣装を整えるから、お前は何もしなくていい」
「待ってください」
勝手に喋り続けるテオドールを遮った。
「テオドール殿下はここにお住まいではないのですか?」
まるで僕をひとりで放置しようとしているように聞こえるんだけど?
「俺の住処はここじゃない」
「ではどちらに」
「お前が気にすることじゃない」
「僕はあなたの伴侶になるはずです!」
愛人の家でもあるのか。そうだとしても、居場所くらいは教えておいて欲しい。
猛禽のような鋭い目でじろりと睨まれた。
「俺はお前に触れる気はない。だからお前も余計な詮索はするな」
ああ……なるほどね。あくまでも形だけ、お飾りの伴侶が欲しかったわけか。もしかしたら同性愛者というのもフェイクかもしれない。まあ、それならそれでいいけどね。
「自由に過ごしていいというのは本当ですか?」
「そうだな。ただ、あまり目に付く所で浮気をするのはやめてくれるか。外聞が悪い」
それ以外は許容すると考えてもいいのだろうか。
「では、僕が冒険者として活動しても……」
「お前が? やめておけ。死なれても困る」
「……冗談ですよ」
本当は本気だったけど。
「では……そうですね。そちらの侍従と話をさせてください。できれば人払いをお願いしたいのですが」
「早速浮気か」
「違います。自由にさせてくれるのでしょう?」
「こいつに何の用がある。初対面だろう」
「初対面でも話はできます」
テオドールはわざとらしいため息をついた。
「場所を変えるぞ。エリオット、お前もついて来い」
勇者様の名前はエリオットというらしい。
比較的小さな応接間のような部屋に連れていかれた。
「座れ。流石に二人きりにさせてやるわけにはいかないが」
侍女がひとり、お茶の用意をしてすぐに退出していった。テオドールは同席するつもりのようだ。仕方ないか。信用されていないだろうし。
改めて、立ったままでいる侍従を見た。まだ若い。僕と同時に転生しているなら年も同じくらいか。それでも庶民なら自立していておかしくない年齢。実際こいつも働いている……どうしてここで働いている?
見ているとふつふつと怒りが湧いてきた。
僕はお茶には手を出さず、黙って立ち上がるとエリオットの服の胸倉を掴んだ。無作法だとか国益がどうとか、そういった一切が頭から抜け落ちていた。
「おい」
テオドールの声を無視して勇者を睨む。おどおどと怯えている様子に見えるのが、また苛つく。
僕が転生させられたのも、王子なんていう窮屈な立場になったのも、ここしばらくの心労も、全部エデルダーナのせいだし、こいつのせいだ。
穏やかに話そうとするのは無理だった。思いの外、低い声が出た。
「なあ。お前、ここで一体何してるの?」
わがままを言って、迷宮に連れていってもらったことは何度かある。冒険者に案内を頼み、騎士が何人も護衛について来て……うん、無理。その状況で猫の姿になるなんてできるわけがない。
なんか僕がいると魔物が弱体化する、おとなしくなる、そんな感じがあるらしい。たぶん威圧スキルの影響。それを「まさか。あり得ないよ!」と誤魔化すだけでも大変だった。そんなわけで僕には獣化して戦闘した経験はないのだ。少なくとも、今はまだ。
これまで手を抜いてきたことのツケとでも言うのか、自分の能力が正確に把握できていない。何ができて何ができないのか、どの程度の敵なら倒せるのか、どんな魔物なら威圧が効くのか、わからない。
そんな状態のまま他国に嫁ぎ、どうにか周囲を誤魔化しながら勇者を探し出し、説得して迷宮に放り込む。それが駄目なら自分が迷宮に……ため息が増えるのも仕方がない。面倒にもほどがあるだろう。
僕が嫁ぎ先から勝手にいなくなれば、トラステア王国がタルマール王国を非難するのは当然のこと。関係の悪化は避けられないだろう。下手をすればそれを理由に戦争だ。じゃあどうやって勇者を探す? 僕は自由に外に出られないんだぞ?
いっそ僕の夫になるテオドール殿下に何もかも話すか? 信じてもらえなくても『頭がおかしい王子』ということになって離縁に持ち込めるかもしれないな?
そんな風に思い悩みながら馬車に揺られてトラステア王国へ。着いてすぐにわかった。全部杞憂だったって。
だって勇者いるもん。そこにいるもん。正確には僕の夫の後ろに控えている侍従。こいつ勇者だろ、間違いなく!
エデルダーナが説明を端折るわけである。すぐに会えることがわかっていたのだ。あんまりにも言葉が足りないのはどうかと思うけど。
トラステア王国王弟テオドール殿下は、燃え立つような赤髪に若草色の目をしていた。僕より頭半分くらい背が高い。王子というより騎士みたいな雰囲気だ。そして不機嫌そうだった。どうやら歓迎されていない。僕は一応望まれてここに来たはずなのに。
「お初にお目にかかります。ルシアン・アゼル・エメリー・タルマールです」
どう考えてもこちらの方が立場は下。けれど過剰に謙るなと言われている。
「テオドールだ。俺のフルネームは覚えなくていい」
そんなのもう覚えているに決まってるじゃないか。婚約者だぞ。ちなみに、テオドール・オーガスト・サミュエル・トラステアである。年は21歳。
テオドールが値踏みするように僕を見て、フンと鼻で嗤った。
「見目麗しいと聞いていたが、結局は男だな」
え?
まるで僕が男であることが気に食わないみたいな物言いだ。同性愛者だと聞いたけど?
「お気に召しませんでしたか?」
ドレスでも着た方が良かったのかと思って聞くと、テオドールは投げやりに呟いた。
「……別にどうでもいい」
それは、どういう意味だ?
「ここはお前のための屋敷だ。好きに使え。使用人以外は適当に入れ替えて構わない」
「ありがとうございます……?」
「大きな買い物をする時は執事に事前の相談を。それ以外は自由に過ごせ。小遣いはくれてやる。年に何度か俺の用事に同行してもらう。その時はこちらで衣装を整えるから、お前は何もしなくていい」
「待ってください」
勝手に喋り続けるテオドールを遮った。
「テオドール殿下はここにお住まいではないのですか?」
まるで僕をひとりで放置しようとしているように聞こえるんだけど?
「俺の住処はここじゃない」
「ではどちらに」
「お前が気にすることじゃない」
「僕はあなたの伴侶になるはずです!」
愛人の家でもあるのか。そうだとしても、居場所くらいは教えておいて欲しい。
猛禽のような鋭い目でじろりと睨まれた。
「俺はお前に触れる気はない。だからお前も余計な詮索はするな」
ああ……なるほどね。あくまでも形だけ、お飾りの伴侶が欲しかったわけか。もしかしたら同性愛者というのもフェイクかもしれない。まあ、それならそれでいいけどね。
「自由に過ごしていいというのは本当ですか?」
「そうだな。ただ、あまり目に付く所で浮気をするのはやめてくれるか。外聞が悪い」
それ以外は許容すると考えてもいいのだろうか。
「では、僕が冒険者として活動しても……」
「お前が? やめておけ。死なれても困る」
「……冗談ですよ」
本当は本気だったけど。
「では……そうですね。そちらの侍従と話をさせてください。できれば人払いをお願いしたいのですが」
「早速浮気か」
「違います。自由にさせてくれるのでしょう?」
「こいつに何の用がある。初対面だろう」
「初対面でも話はできます」
テオドールはわざとらしいため息をついた。
「場所を変えるぞ。エリオット、お前もついて来い」
勇者様の名前はエリオットというらしい。
比較的小さな応接間のような部屋に連れていかれた。
「座れ。流石に二人きりにさせてやるわけにはいかないが」
侍女がひとり、お茶の用意をしてすぐに退出していった。テオドールは同席するつもりのようだ。仕方ないか。信用されていないだろうし。
改めて、立ったままでいる侍従を見た。まだ若い。僕と同時に転生しているなら年も同じくらいか。それでも庶民なら自立していておかしくない年齢。実際こいつも働いている……どうしてここで働いている?
見ているとふつふつと怒りが湧いてきた。
僕はお茶には手を出さず、黙って立ち上がるとエリオットの服の胸倉を掴んだ。無作法だとか国益がどうとか、そういった一切が頭から抜け落ちていた。
「おい」
テオドールの声を無視して勇者を睨む。おどおどと怯えている様子に見えるのが、また苛つく。
僕が転生させられたのも、王子なんていう窮屈な立場になったのも、ここしばらくの心労も、全部エデルダーナのせいだし、こいつのせいだ。
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