【本編完結】黒猫王子の政略結婚~ある迷宮の終わりと始まり~

夕月ねむ

文字の大きさ
3 / 27

1-3

しおりを挟む
 僕には獣化スキルがある。けれど、城から出ることもままならないから、実戦なんて経験できなかった。この世界の魔物は基本的に迷宮にしか存在しないのだ。

 わがままを言って、迷宮に連れていってもらったことは何度かある。冒険者に案内を頼み、騎士が何人も護衛について来て……うん、無理。その状況で猫の姿になるなんてできるわけがない。

 なんか僕がいると魔物が弱体化する、おとなしくなる、そんな感じがあるらしい。たぶん威圧スキルの影響。それを「まさか。あり得ないよ!」と誤魔化すだけでも大変だった。そんなわけで僕には獣化して戦闘した経験はないのだ。少なくとも、今はまだ。

 これまで手を抜いてきたことのツケとでも言うのか、自分の能力が正確に把握できていない。何ができて何ができないのか、どの程度の敵なら倒せるのか、どんな魔物なら威圧が効くのか、わからない。

 そんな状態のまま他国に嫁ぎ、どうにか周囲を誤魔化しながら勇者を探し出し、説得して迷宮に放り込む。それが駄目なら自分が迷宮に……ため息が増えるのも仕方がない。面倒にもほどがあるだろう。

 僕が嫁ぎ先から勝手にいなくなれば、トラステア王国がタルマール王国を非難するのは当然のこと。関係の悪化は避けられないだろう。下手をすればそれを理由に戦争だ。じゃあどうやって勇者を探す? 僕は自由に外に出られないんだぞ?

 いっそ僕の夫になるテオドール殿下に何もかも話すか? 信じてもらえなくても『頭がおかしい王子』ということになって離縁に持ち込めるかもしれないな?

 そんな風に思い悩みながら馬車に揺られてトラステア王国へ。着いてすぐにわかった。全部杞憂だったって。

 だって勇者いるもん。そこにいるもん。正確には僕の夫の後ろに控えている侍従。こいつ勇者だろ、間違いなく!

 エデルダーナが説明を端折るわけである。すぐに会えることがわかっていたのだ。あんまりにも言葉が足りないのはどうかと思うけど。

 トラステア王国王弟テオドール殿下は、燃え立つような赤髪に若草色の目をしていた。僕より頭半分くらい背が高い。王子というより騎士みたいな雰囲気だ。そして不機嫌そうだった。どうやら歓迎されていない。僕は一応望まれてここに来たはずなのに。

「お初にお目にかかります。ルシアン・アゼル・エメリー・タルマールです」
 どう考えてもこちらの方が立場は下。けれど過剰に謙るなと言われている。

「テオドールだ。俺のフルネームは覚えなくていい」
 そんなのもう覚えているに決まってるじゃないか。婚約者だぞ。ちなみに、テオドール・オーガスト・サミュエル・トラステアである。年は21歳。

 テオドールが値踏みするように僕を見て、フンと鼻で嗤った。
「見目麗しいと聞いていたが、結局は男だな」
 え?
 まるで僕が男であることが気に食わないみたいな物言いだ。同性愛者だと聞いたけど?

「お気に召しませんでしたか?」
 ドレスでも着た方が良かったのかと思って聞くと、テオドールは投げやりに呟いた。
「……別にどうでもいい」
 それは、どういう意味だ?

「ここはお前のための屋敷だ。好きに使え。使用人以外は適当に入れ替えて構わない」
「ありがとうございます……?」

「大きな買い物をする時は執事に事前の相談を。それ以外は自由に過ごせ。小遣いはくれてやる。年に何度か俺の用事に同行してもらう。その時はこちらで衣装を整えるから、お前は何もしなくていい」

「待ってください」
 勝手に喋り続けるテオドールを遮った。

「テオドール殿下はここにお住まいではないのですか?」
 まるで僕をひとりで放置しようとしているように聞こえるんだけど?
「俺の住処はここじゃない」
「ではどちらに」

「お前が気にすることじゃない」
「僕はあなたの伴侶になるはずです!」
 愛人の家でもあるのか。そうだとしても、居場所くらいは教えておいて欲しい。

 猛禽のような鋭い目でじろりと睨まれた。
「俺はお前に触れる気はない。だからお前も余計な詮索はするな」

 ああ……なるほどね。あくまでも形だけ、お飾りの伴侶が欲しかったわけか。もしかしたら同性愛者というのもフェイクかもしれない。まあ、それならそれでいいけどね。

「自由に過ごしていいというのは本当ですか?」
「そうだな。ただ、あまり目に付く所で浮気をするのはやめてくれるか。外聞が悪い」
 それ以外は許容すると考えてもいいのだろうか。

「では、僕が冒険者として活動しても……」
「お前が? やめておけ。死なれても困る」
「……冗談ですよ」
 本当は本気だったけど。

「では……そうですね。そちらの侍従と話をさせてください。できれば人払いをお願いしたいのですが」
「早速浮気か」
「違います。自由にさせてくれるのでしょう?」
「こいつに何の用がある。初対面だろう」
「初対面でも話はできます」

 テオドールはわざとらしいため息をついた。
「場所を変えるぞ。エリオット、お前もついて来い」
 勇者様の名前はエリオットというらしい。

 比較的小さな応接間のような部屋に連れていかれた。
「座れ。流石に二人きりにさせてやるわけにはいかないが」

 侍女がひとり、お茶の用意をしてすぐに退出していった。テオドールは同席するつもりのようだ。仕方ないか。信用されていないだろうし。

 改めて、立ったままでいる侍従を見た。まだ若い。僕と同時に転生しているなら年も同じくらいか。それでも庶民なら自立していておかしくない年齢。実際こいつも働いている……どうしてここで働いている?

 見ているとふつふつと怒りが湧いてきた。
 僕はお茶には手を出さず、黙って立ち上がるとエリオットの服の胸倉を掴んだ。無作法だとか国益がどうとか、そういった一切が頭から抜け落ちていた。

「おい」
 テオドールの声を無視して勇者を睨む。おどおどと怯えている様子に見えるのが、また苛つく。

 僕が転生させられたのも、王子なんていう窮屈な立場になったのも、ここしばらくの心労も、全部エデルダーナのせいだし、こいつのせいだ。

 穏やかに話そうとするのは無理だった。思いの外、低い声が出た。
「なあ。お前、ここで一体何してるの?」






しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

記憶を失くしたはずの元夫が、どうか自分と結婚してくれと求婚してくるのですが。

鷲井戸リミカ
BL
メルヴィンは夫レスターと結婚し幸せの絶頂にいた。しかしレスターが勇者に選ばれ、魔王討伐の旅に出る。やがて勇者レスターが魔王を討ち取ったものの、メルヴィンは夫が自分と離婚し、聖女との再婚を望んでいると知らされる。 死を望まれたメルヴィンだったが、不思議な魔石の力により脱出に成功する。国境を越え、小さな町で暮らし始めたメルヴィン。ある日、ならず者に絡まれたメルヴィンを助けてくれたのは、元夫だった。なんと彼は記憶を失くしているらしい。 君を幸せにしたいと求婚され、メルヴィンの心は揺れる。しかし、メルヴィンは元夫がとある目的のために自分に近づいたのだと知り、慌てて逃げ出そうとするが……。 ハッピーエンドです。 この作品は他サイトにも投稿しております。

悪役のはずだった二人の十年間

海野璃音
BL
 第三王子の誕生会に呼ばれた主人公。そこで自分が悪役モブであることに気づく。そして、目の前に居る第三王子がラスボス系な悪役である事も。  破滅はいやだと謙虚に生きる主人公とそんな主人公に執着する第三王子の十年間。  ※ムーンライトノベルズにも投稿しています。

少女漫画の当て馬キャラと恋人になったけどキャラ変激しすぎませんか??

和泉臨音
BL
 昔から物事に違和感を感じることの多かった衛は周りから浮いた存在だった。国軍養成所で一人の少女に出会い、ここが架空の大正時代を舞台にしたバトルありの少女漫画の世界だと気付く。ならば自分は役に立つモブに徹しようと心に誓うも、なぜかヒロインに惚れるはずの当て馬イケメンキャラ、一条寺少尉に惚れられて絡め取られてしまうのだった。 ※ 腹黒イケメン少尉(漫画では当て馬)×前世記憶で戦闘力が無自覚チートな平凡孤児(漫画では完全モブ) ※ 戦闘シーンや受が不当な扱いを受けるシーンがあります。苦手な方はご注意ください。 ※ 五章で完結。以降は番外編です。

[離婚宣告]平凡オメガは結婚式当日にアルファから離婚されたのに反撃できません

月歌(ツキウタ)
BL
結婚式の当日に平凡オメガはアルファから離婚を切り出された。お色直しの衣装係がアルファの運命の番だったから、離婚してくれって酷くない? ☆表紙絵 AIピカソとAIイラストメーカーで作成しました。

政略結婚のはずが恋して拗れて離縁を申し出る話

BL
聞いたことのない侯爵家から釣書が届いた。僕のことを求めてくれるなら政略結婚でもいいかな。そう考えた伯爵家四男のフィリベルトは『お受けします』と父へ答える。 ところがなかなか侯爵閣下とお会いすることができない。婚姻式の準備は着々と進み、数カ月後ようやく対面してみれば金髪碧眼の美丈夫。徐々に二人の距離は近づいて…いたはずなのに。『え、僕ってばやっぱり政略結婚の代用品!?』政略結婚でもいいと思っていたがいつの間にか恋してしまいやっぱり無理だから離縁しよ!とするフィリベルトの話。

【8話完結】ざまぁされて廃嫡されたバカ王子とは俺のことです。

キノア9g
BL
廃嫡され全てを失った元王子。地道に生きたいのにハイスペ幼馴染が逃がしてくれません。 あらすじ 「第二王子カイル、お前を廃嫡する」 傲慢な振る舞いを理由に、王位継承権も婚約者も失い、国外追放されたカイル。 絶望の最中、彼に蘇ったのは「ブラック企業で使い潰された前世の記憶」だった。  「もう二度と、他人任せにはしない」 前世の反省を活かし、隣国の冒険者ギルドで雑用係(清掃員)として地道にやり直そうとするカイル。しかし、そんな彼を追いかけてきたのは、隣国の貴族であり幼馴染のレオナードだった。  「君がどんな立場になろうと、僕にとっては君は君だ」 落ちぶれたカイルに変わらぬ愛を注ぎ、元婚約者の悪意ある噂からも守り抜くレオナード。 すべてを失った元バカ王子が、社畜根性と幼馴染の溺愛によって幸せを掴むまでの、再起と愛の物語。 全8話。

令嬢に転生したと思ったけどちょっと違った

しそみょうが
BL
前世男子大学生だったが今世では公爵令嬢に転生したアシュリー8歳は、王城の廊下で4歳年下の第2王子イーライに一目惚れされて婚約者になる。なんやかんやで両想いだった2人だが、イーライの留学中にアシュリーに成長期が訪れ立派な青年に成長してしまう。アシュリーが転生したのは女性ではなくカントボーイだったのだ。泣く泣く婚約者を辞するアシュリーは名前を変えて王城の近衛騎士となる。婚約者にフラれて隣国でグレたと噂の殿下が5年ぶりに帰国してーー? という、婚約者大好き年下王子☓元令嬢のカントボーイ騎士のお話です。前半3話目までは子ども時代で、成長した後半にR18がちょこっとあります♡  短編コメディです

白金の花嫁は将軍の希望の花

葉咲透織
BL
義妹の身代わりでボルカノ王国に嫁ぐことになったレイナール。女好きのボルカノ王は、男である彼を受け入れず、そのまま若き将軍・ジョシュアに下げ渡す。彼の屋敷で過ごすうちに、ジョシュアに惹かれていくレイナールには、ある秘密があった。 ※個人ブログにも投稿済みです。

処理中です...