【本編完結】黒猫王子の政略結婚~ある迷宮の終わりと始まり~

夕月ねむ

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 目の前の青年はよく日に焼けていて、侍従にしては逞しく見えた。でも、勇者と呼ぶには線が細い。髪は明るい金髪で、目は……茶色かな。

 どこかの貴族の子弟だろうか。騎士ならともかく、なんで侍従なんかしているんだ。
「私はテオドール様の従者です……」
 発せられた声は細く弱々しかった。

「そんなの見ればわかるよ。僕は他にするべきことがあるんじゃないかって言ってるの」
 勇者の体がびくりと震えた。
「何か、ご存知なのですか」

「お前がこのままここに居たら、この国はそう遠くない未来に滅ぶ。そうだよね?」
 勇者が目を見開く。

「おい」
 テオドールがもう一度、不機嫌そうに声を上げた。
「相手の胸倉を掴んで立ったまま話すのがタルマールの流儀か?」

 ……そうだった。僕がやらかしたら、祖国に迷惑がかかるんだっけ。
「失礼。取り乱しました。申し訳ありません」
 僕はエリオットから手を離し、視線は外さないまま、改めてソファに腰を下ろした。

「不穏な言葉が聞こえたようだが?」
 まあ、説明するしかないよなぁ。今後もテオドールの立ち会いなしに僕がエリオットと話す機会はないだろう。

「信じてもらえるかはわかりません。それでも、聞いてくれますか」
「むしろこのままにするつもりはないが」
 そうだろうね。僕、国が滅ぶとか言っちゃったからね。

 深く息を吐いて、僕は話し始めた。
「実は、創造の女神の神託を受けたんです」
 嘘はついていない。礼拝の時のあれは『神託』と呼んでもいいはずだ。

「へえ? 女神はなんて?」
 テオドールはどこか茶化すように相槌を打った。やっぱり、信じられないよな。

「エデルダーナ様は勇者が使命を果たそうとしないことを嘆いておられました」
 エリオットの顔色が悪くなってきた。どうやら自分が勇者だという自覚や使命から逃げていることへの罪悪感がないわけではなさそうだ。

「この先十年以内に『神代の迷宮』の核が破壊できなければ、大量の魔物が溢れ出し、甚大な被害が出るそうです。それを回避するために女神様は勇者を遣わしてくださった……はずなのですが」

「エリオットがその勇者だと?」
「ええ、そうです」
「タルマールの王子は随分夢見がちだな」
「僕の妄想の話なら良かったんですけどね」

「それが本当なら、どうして神官ではなくお前が神託を受けた?」
 少なくとも、テオドールは話を聞こうとしてくれている。それなら……信じてもらいたい。

「僕には獣神カーハディール様にいただいた加護があります。それを今まで隠してきました」
「何故?」
「兄の立場を脅かすことはしたくなくて」

「ああ。今の王太子は王妃の子ではないらしいな。それでか」
「はい」

「エリオット」
 テオドールが体を捻って侍従を呼んだ。
「お前も座れ」
「いえ、私は」
「座れ」
「…………失礼いたします」
 勇者はぎこちない動きで席についた。

「それで? 獣神の加護があったから女神の神託を受けたと?」
「ええ、まあ」

 僕はエリオットを見据えて言った。
「もしもこのまま勇者が動かないようであれば、僕に代役を頼みたいと。女神様はそのようにおっしゃっていました」
 勇者は体を硬くし、目を伏せている。

 テオドールがプッと吹き出した。
「勇者の代役? お前が? 戦えるようには見えないが?」
 流石に失礼だとは思う。だけど無理もない。僕は華奢だし、武器も持ち慣れていないし、魔力だってそんなに多くない。

「もちろん今の僕では無理ですよ」
「エリオットも騎士ではなくて侍従だ。同じ戯言ならもう少し考えて話してみたらどうだ」
「戯言では……」

 ああ……なんだか面倒になってきた。ここはもう、百聞は一見に如かずってやつじゃないか?
 僕はぐっと背筋を伸ばした。
「テオドール殿下」
「なんだ、改まって」

「僕にカーハディール様の加護があると証明できたら、僕の話を信じてくれますか」
「……いいだろう。神官でも呼ぶか?」
「必要ありません」

 僕は立ち上がると家具から少し離れて屈み込んだ。別に立ったままでもいいんだけど、なんとなく。身に着けているものと自分自身を分解し、服や宝飾品は亜空間に放り込む。

「おい、ルシアン!?」
 テオドールの焦った声が聞こえた。初めて名前を呼ばれたな、と思いながら体を再構築。大きな黒猫の姿を思い描く。しなやかな四肢に長く伸びた尾とよく動く三角の耳。マズルは短く頭部は丸く、目は鮮やかな緑色。

 気付けば、テオドールがぽかんと僕を見上げていた。
『失礼。久々の獣化で加減を間違えたようです』

 流石に大きくなりすぎた。天井が高くて良かったよ。適当に体を縮める。そうだな、人間の時よりひと回り小さいくらいでいいだろう。感覚を馴染ませたくて、一度体を震わせた。

 あれ? この姿でソファに乗ってもいいのだろうか。どうしよう。まあ、床でいいか。猫だからね。

『これが僕のもうひとつの姿です』
 テオドールがぼんやりと呟いた。
「神獣……」
 いや、そこまでのものではないけども。
『これで話を信じてくれますね?』
「あ、ああ……わかった……」
 少し驚かせすぎたようだ。大丈夫かな?

『で? 勇者がどうしてこんな所に?』
「それは、その……申し訳ありません」
 エリオットが俯いて謝罪を口にした。

『エデルダーナの話を聞いていないわけじゃないんだよね?』
「はい。何度か神託を受けていました……」
 やっぱり、聞いた上で無視していたのか。

 テオドールがため息をついた。
「何故俺に言わなかったんだ、エリオット」
「言えば『迷宮に行け』とおっしゃるでしょう」
「当たり前だ」
「お側を離れるわけには参りません」

 この王弟殿下に何か事情があるのも確かなのだろう。エリオットにとっては国全体よりもひとりの王族が大事だったというわけか。でも。
『とにかくさ、このままじゃ困るんだよ。勇者の使命が僕に押し付けられそうだからさ』

 僕はテオドールの伴侶になる。勝手に居なくなるわけにはいかないし、たとえテオドールが迷宮に行く許可をくれても長期間の不在は難しいだろう。エリオットが侍従を辞めて勇者としてちゃんと働いてくれればそれが一番……

「私には無理です」
 何言ってるの、この勇者様。
「私がいなければテオ様は」
 主人を愛称で呼ぶとは、よほど重用されているらしい。

「そうだな……エリオットがいなければ、俺は今頃息をしていない」
 待って。どういうこと?





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