【本編完結】黒猫王子の政略結婚~ある迷宮の終わりと始まり~

夕月ねむ

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 結局詳しい話を聞けないまま、王弟殿下はエリオットを連れて城に行ってしまった。多忙な中、僕の顔を見るために仕事を中断して来ていたらしい。婚約者を出迎えるくらいの気遣いはできたわけだ。

 僕はひとりで夕食の時間を過ごした。テオドールの顔を次に見るのはいつになるか。流石に結婚式まで会わないってことはないだろうけど……。

 名ばかりの伴侶よりエリオットに会えないのが困るな、と思っていたら、風呂上がりの僕の目の前にテオドールがいた。なんで。この人、住処は別にあるんじゃなかったの。

 王弟殿下はわざわざエリオット以外の使用人を遠ざけた。何か言いたげなテオドールと、何を言ったらいいのかわからない僕と。しばらくの間、沈黙が流れた。

「テオ様。ちゃんとおっしゃらないと伝わりませんよ」
「あ、ああ……わかっている」
 エリオットにせっつかれても、テオドールは上手く言葉が出てこない様子だ。

「何か用件があるなら手短に頼みます。僕、もう眠くて」
 何日も馬車の旅をして着いたばかり。お湯に浸かって緊張も切れた。疲れが出てきて、起きているのも辛いのだ。

「……すまない。そうだよな……」
 やけに言い淀むな。何なんだ。
「用がないなら寝させてくれます?」
「少し。少しだけ待ってくれ」

「だから何なんですか」
「その……」
 テオドールは顔を赤らめ、ぼそりと言った。
「添い寝を、してくれないか……?」

「はあ!?」
 僕に触れる気はないって断言したのはどこの誰だよ。伴侶というのは形だけってことじゃなかったのか!?

「違います、違うんです!」
 エリオットが慌ててフォローに入った。
「テオ様は猫が大好きで。でもいつも猫には嫌われてしまって、ちゃんと撫でたこともほとんどなくて、なので、その」

 ああ……なるほど?
「黒猫姿の僕に添い寝して欲しいと」
「そういうことです……」
 僕は本当に疲れていた。考えるのも面倒になるくらい疲れていた。だから一刻も早く横になりたかった。

「…………まあ、猫の姿でなら」
 別に、テオドールが身を屈めて「駄目か?」と顔を覗き込んできたのがちょっと可愛かった……なんてことは思っていない。いないよ、いない。

 僕が普通サイズの猫にもなれると知って、テオドールは嬉しそうに目を輝かせた。
「な、撫でてもいいか?」

『背中なら。頭は耳に触れなければいいですよ。それ以外はあまり触れないでください。尻尾も駄目です』
 僕がベッドに寝そべると、テオドールがおずおずと背中に触れてきた。どうせならもっとしっかり撫でてくれた方がいいんだけど……。

『寝ないんですか』
 テオドールはベッドの縁に座ったままで、横になっていない。
「……この姿でも君は君なのだろう」

『添い寝じゃなかったんですか。何も今更遠慮しなくても』
「しかし……」
 ああもう。面倒だな。勝手にさせてもらおう。
『僕は寝ますよ。疲れてるので』
「ああ」

 目が覚めた時、テオドールの二の腕を枕にしていて少し焦った。そして自分が猫の姿のままだったことに安堵した。トラステア王国はタルマール王国よりも気温が低いらしい。少し高めの体温が心地良い。まだ起きるには早すぎる時間のようだったので二度寝して、微笑ましげな顔をしたエリオットに起こされた。

 その日、テオドールは屋敷の執事長である初老の男性に説教されていた。

 執事長いわく「婚約者様がお気に召したのはよろしいのですが、婚礼の儀までお待ちいただけなかったのですか」「婚約者様は長旅でお疲れなのです。せめて数日は気遣って差し上げるべきではないかと」「出会って初日に、というのはあまり褒められたことではございません」

 あ。これ、間違いなくテオドールと僕が『そういう意味で』寝たと思われてる。思わず遠い目で窓を見た。



 ***



 エリオットがカップに注いだ赤茶色の液体を、テオドールは顔を顰めて飲み干した。この液体はお茶というよりも薬、それも毒薬の類だ。

「そんなに不味いの」
 僕がここに来て数日。テオドールとは少し距離が縮まって、敬語は要らないと言われるようになった。

「ああ。味も酷いが気持ちが悪い。全身の魔力回路が掻き乱されるからな……」
 エリオットが苦笑する。
「それでもテオ様には必要なものです」

 テオドールが抱えている問題、それは『魔力回路障害』。生成される魔力が上手く循環せずに滞り、過剰な魔力が体を蝕む。魔力回路障害の持ち主はほとんどが短命だ。そして、子供に遺伝する可能性がある。

 エリオットが用意している薬湯には、魔力の生成を妨げる毒薬が入っている。それによりテオドールの体内に魔力が溜まりすぎることを防げるらしい。

 けれど、魔力はなければ生きていけない大切なもの。本来、魔力生成阻害薬はかなり危険な毒薬で、この薬湯の調合ができる者はエリオット以外にいないという。

 エリオットがテオドールの命を支えているのは間違いない。だから迷宮に行くのを渋っているのだ、この勇者様は。

「ところで、前から聞きたかったんだけど、どうしてこんなめちゃくちゃな結婚をすることになったわけ?」

「聞いていないのか。俺には同性の伴侶を迎えると決められたからだ。それに、タルマールとの友好のためだな」
 決められた、ね。やっぱり本当はテオドールが僕を望んだわけじゃない、と。

「僕はなんだか、王弟殿下の御子を残さないようにするためじゃないのかと……」
 テオドールが顔を顰めた。

「その話、詳しく知れば、君をここから出してやれなくなるぞ」
 え。そんなに重大? 障害が遺伝するかもしれないからかと思ったんだけど、違うのか。

「知りたいか?」 
「いや、いい。知りたくない」
 僕は自由を愛しているからね。軟禁されるなんてごめんだ。

「……そう。それでいい」
 テオドールが僕の頭を撫でた。
「ちょっと、この姿の時はやめて」
「すまない。つい」

 テオドールは忙しい。けれど、夜は必ず戻ってきて短時間でも僕と一緒に寝る。もちろん僕は猫の姿で。なんでも、ひとりで寝るより良く眠れるのだとか。

 夜中にやって来て「猫になってくれ」と起こされるのは眠くてたまらないが、寝ている僕の隣に黙って潜り込むつもりはないらしい。

 エリオットは相変わらずだし、僕も婚礼衣装の試着や礼儀作法の確認、この国のことを学んだり有力貴族の名前を覚えたりで忙しい。使命云々どころか屋敷から出ることもできない。

 エリオットを無理に迷宮に行かせれば、確実にテオドールの寿命を削ることになる。かと言って僕が行方をくらませるわけにもいかない。迷宮攻略は始まる前に行き詰まっていた。






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