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この世界には、迷宮を通じて恩恵をくださる神々が存在すると言われている。魔物についても、試練であると同時に神の恵みと考えられている。魔物から素材として入手できる魔石があまりにも有用なのだ。
迷宮には『神器』がある。そして『霊薬』と呼ばれる薬が見つかることもある。こちらも人には作り出せないものだ。瀕死の人間を完治させてしまうような薬、体の欠損を再生させる薬、どんな病も癒やす薬……
テオドールは「自分が迷宮に行く」と言い出した。そうすれば主人から離れられないエリオットが迷宮に行けるからと。
表向きの理由は魔力回路障害を治せる霊薬を自ら探すため。実際には迷宮の核を壊すために。
王子というよりは騎士、そう感じた僕の第一印象は間違いじゃなくて、テオドールはかなり強いらしい。
「でも……薬湯の材料は? 迷宮に篭って大丈夫なの?」
「ええ、大丈夫ですよ」
エリオットがちょっと申し訳なさそうにしながら言った。
「私には実は、収納魔法がありまして」
流石は勇者様。およそ三年分は賄えるだけの素材をすでに溜め込んでいるそうだ。
「そもそも食料の補給も必要ですし……収納と鑑定は異世界ものの定番ですからね」
あー、こいつ確かに転生者だわ。
「今の仕事が片付けば俺は暇になる。婚礼の儀の後なら、迷宮に潜る許可も出るだろう。新婚早々ひとりにしてしまうが、君はここに……」
「え? 僕も一緒に行くのではなく?」
「君まで危険なことをする必要はない」
「ちょっと待って」
こんな知り合いもいないような国で? 訳ありの結婚をした直後に? その旦那すら長期不在って……!
僕たちがどうにかしなきゃいけない『神代の迷宮』は、ここからかなり距離があるんだぞ?
「一緒に行かせてよ」
「しかし」
「ここに残されても困るって」
エリオット以外の使用人はあまり親しくしてくれない。男の『奥様』をどう扱うべきか、戸惑っているのかもしれない。僕の方から歩み寄ろうとしても限度がある。雑談の相手すらろくにいないのが現状だ。
「君は実戦に慣れていないだろう?」
「そんなの、危険だからって遠ざけられていたらいつまでも慣れることなんかできないよ」
「それはそうだが……」
「僕がちゃんと戦力になることは女神エデルダーナが保証してくれてる」
何せ『勇者の代わりに』と言われたくらいだ。
「頼むよ。役に立つからさ、たぶん……」
経験が少なすぎて、絶対と言えないのが辛い。
結論が出ないまま、テオドールは「時間だ」と呟き、仕事に行ってしまった。
***
「テオドール殿下は本当にあなた様のことがお気に召したのですねぇ……」
慌ただしく屋敷を出ていくテオドールを、僕と一緒に見送って、まだ若い執事が言った。
確かにそう見えるだろう。テオドールは毎朝こうして時間ギリギリまで僕と一緒にいるし、夜は僕と同じ部屋で寝る。
ただし、している話は迷宮攻略のことばかりだし、添い寝の時の僕は猫の姿だ。
「本当に仲睦まじくていらっしゃる」
この執事が思っているような関係ではないと思うけどね。
「それだけに、残念でなりません……」
執事の暗い表情が気になって、つい尋ねてしまった。
「残念って……どういうこと?」
「あ、いえ。なんでもありません。どうか、聞かなかったことに」
「そう言われても。気になるよ」
執事は少し周囲を気にする様子を見せた後、小声で言った。
「殿下には、もうあまり時間が残っていないのですよ」
「……え?」
「やはり、魔力回路障害がありますからね……」
頭をガツンと殴られた気分だった。魔力回路障害の持ち主は短命。わかっていたことだ。
「でも、エリオットの薬が」
いや。あれはあくまで延命のためで。
「進行を遅らせることはできても、根本的な解決にはならないようですよ」
そう、だよな……。
その日は自分が何をして過ごしたのかも覚えていなかった。ただ、寝ずにテオドールの帰りを待ち、寝室に入ってきた所を不意をついて、テオドールの夜着の胸元を掴んだ。引き寄せて睨む。
「……やはり、胸倉を掴んで立ったままというのがタルマール流なのか?」
「今は冗談を聞きたい気分じゃない」
「どうした。何が気に入らない?」
「あなたが……長く生きられない、というのは本当か」
「誰から聞いた」
「誰でもいいだろ。本当なのか?」
テオドールは若草色の目でじっと僕を見て。
「惜しんでくれるのか。嬉しいね」
にこりともせずに、そう言った。
「ルシアン様……」
エリオットの同情を孕んだ気遣わしげな声が気に障る。
「なんで黙っていた!?」
「俺には魔力回路障害がある。言わなくてもわかるだろう?」
「あの薬湯で延命できるんじゃないのか?」
「どうしても限界があるんだ」
「あと、どれくらい……」
生きられるのか、と聞こうとして、喉が詰まった。
「落ち着け。何も明日死ぬというわけじゃない」
テオドールが僕の手に触れた。優しく引き剥がされる。
「医者が言うには、長くても七年か八年」
「そんな」
「奇跡でも起きなければ、30歳が限界だろうと」
「奇跡……」
そんなの、本当に神の霊薬を探し出すしかないじゃないか。
「少しは仲良くなれたと思ったのに」
「そうだな」
「あなたは僕の伴侶なんだろ」
「ああ、そうだ」
「僕を……二十代で未亡人にする気か」
「俺の都合に巻き込んで、すまなかったとは思っている」
ぐっと奥歯を噛んで俯いた。滲んでしまった涙を見られたくなかった。
ソファに誘導されて座らされ、肩を抱かれた。人の姿でこんなにべたべたするのは初めてだ。
わかっている。一番辛いのはテオドールだ。それに王族の結婚なんてものは本人の自由にはならない。せっかく悪くない相手だと思えるようになったのに、というのは、僕の勝手な想いで。テオドール自身にはどうしようもないことばかりなのだ。
「……女神エデルダーナに、ねだってみようと思っているんです」
決意の篭ったエリオットの声に顔を上げた。
「ねだるって……」
「私たちはこれからこの国を救うんですから。もし、霊薬が見つからなくても、頑張った勇者にご褒美のひとつくらいあるべきでしょう」
「それは……確かに……」
迷宮を攻略した報酬として、女神にテオドールの魔力回路障害を治してもらう……そんな解決方法はあるのかもしれない。
迷宮には『神器』がある。そして『霊薬』と呼ばれる薬が見つかることもある。こちらも人には作り出せないものだ。瀕死の人間を完治させてしまうような薬、体の欠損を再生させる薬、どんな病も癒やす薬……
テオドールは「自分が迷宮に行く」と言い出した。そうすれば主人から離れられないエリオットが迷宮に行けるからと。
表向きの理由は魔力回路障害を治せる霊薬を自ら探すため。実際には迷宮の核を壊すために。
王子というよりは騎士、そう感じた僕の第一印象は間違いじゃなくて、テオドールはかなり強いらしい。
「でも……薬湯の材料は? 迷宮に篭って大丈夫なの?」
「ええ、大丈夫ですよ」
エリオットがちょっと申し訳なさそうにしながら言った。
「私には実は、収納魔法がありまして」
流石は勇者様。およそ三年分は賄えるだけの素材をすでに溜め込んでいるそうだ。
「そもそも食料の補給も必要ですし……収納と鑑定は異世界ものの定番ですからね」
あー、こいつ確かに転生者だわ。
「今の仕事が片付けば俺は暇になる。婚礼の儀の後なら、迷宮に潜る許可も出るだろう。新婚早々ひとりにしてしまうが、君はここに……」
「え? 僕も一緒に行くのではなく?」
「君まで危険なことをする必要はない」
「ちょっと待って」
こんな知り合いもいないような国で? 訳ありの結婚をした直後に? その旦那すら長期不在って……!
僕たちがどうにかしなきゃいけない『神代の迷宮』は、ここからかなり距離があるんだぞ?
「一緒に行かせてよ」
「しかし」
「ここに残されても困るって」
エリオット以外の使用人はあまり親しくしてくれない。男の『奥様』をどう扱うべきか、戸惑っているのかもしれない。僕の方から歩み寄ろうとしても限度がある。雑談の相手すらろくにいないのが現状だ。
「君は実戦に慣れていないだろう?」
「そんなの、危険だからって遠ざけられていたらいつまでも慣れることなんかできないよ」
「それはそうだが……」
「僕がちゃんと戦力になることは女神エデルダーナが保証してくれてる」
何せ『勇者の代わりに』と言われたくらいだ。
「頼むよ。役に立つからさ、たぶん……」
経験が少なすぎて、絶対と言えないのが辛い。
結論が出ないまま、テオドールは「時間だ」と呟き、仕事に行ってしまった。
***
「テオドール殿下は本当にあなた様のことがお気に召したのですねぇ……」
慌ただしく屋敷を出ていくテオドールを、僕と一緒に見送って、まだ若い執事が言った。
確かにそう見えるだろう。テオドールは毎朝こうして時間ギリギリまで僕と一緒にいるし、夜は僕と同じ部屋で寝る。
ただし、している話は迷宮攻略のことばかりだし、添い寝の時の僕は猫の姿だ。
「本当に仲睦まじくていらっしゃる」
この執事が思っているような関係ではないと思うけどね。
「それだけに、残念でなりません……」
執事の暗い表情が気になって、つい尋ねてしまった。
「残念って……どういうこと?」
「あ、いえ。なんでもありません。どうか、聞かなかったことに」
「そう言われても。気になるよ」
執事は少し周囲を気にする様子を見せた後、小声で言った。
「殿下には、もうあまり時間が残っていないのですよ」
「……え?」
「やはり、魔力回路障害がありますからね……」
頭をガツンと殴られた気分だった。魔力回路障害の持ち主は短命。わかっていたことだ。
「でも、エリオットの薬が」
いや。あれはあくまで延命のためで。
「進行を遅らせることはできても、根本的な解決にはならないようですよ」
そう、だよな……。
その日は自分が何をして過ごしたのかも覚えていなかった。ただ、寝ずにテオドールの帰りを待ち、寝室に入ってきた所を不意をついて、テオドールの夜着の胸元を掴んだ。引き寄せて睨む。
「……やはり、胸倉を掴んで立ったままというのがタルマール流なのか?」
「今は冗談を聞きたい気分じゃない」
「どうした。何が気に入らない?」
「あなたが……長く生きられない、というのは本当か」
「誰から聞いた」
「誰でもいいだろ。本当なのか?」
テオドールは若草色の目でじっと僕を見て。
「惜しんでくれるのか。嬉しいね」
にこりともせずに、そう言った。
「ルシアン様……」
エリオットの同情を孕んだ気遣わしげな声が気に障る。
「なんで黙っていた!?」
「俺には魔力回路障害がある。言わなくてもわかるだろう?」
「あの薬湯で延命できるんじゃないのか?」
「どうしても限界があるんだ」
「あと、どれくらい……」
生きられるのか、と聞こうとして、喉が詰まった。
「落ち着け。何も明日死ぬというわけじゃない」
テオドールが僕の手に触れた。優しく引き剥がされる。
「医者が言うには、長くても七年か八年」
「そんな」
「奇跡でも起きなければ、30歳が限界だろうと」
「奇跡……」
そんなの、本当に神の霊薬を探し出すしかないじゃないか。
「少しは仲良くなれたと思ったのに」
「そうだな」
「あなたは僕の伴侶なんだろ」
「ああ、そうだ」
「僕を……二十代で未亡人にする気か」
「俺の都合に巻き込んで、すまなかったとは思っている」
ぐっと奥歯を噛んで俯いた。滲んでしまった涙を見られたくなかった。
ソファに誘導されて座らされ、肩を抱かれた。人の姿でこんなにべたべたするのは初めてだ。
わかっている。一番辛いのはテオドールだ。それに王族の結婚なんてものは本人の自由にはならない。せっかく悪くない相手だと思えるようになったのに、というのは、僕の勝手な想いで。テオドール自身にはどうしようもないことばかりなのだ。
「……女神エデルダーナに、ねだってみようと思っているんです」
決意の篭ったエリオットの声に顔を上げた。
「ねだるって……」
「私たちはこれからこの国を救うんですから。もし、霊薬が見つからなくても、頑張った勇者にご褒美のひとつくらいあるべきでしょう」
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