【本編完結】黒猫王子の政略結婚~ある迷宮の終わりと始まり~

夕月ねむ

文字の大きさ
6 / 27

2-1

しおりを挟む
 この世界には、迷宮を通じて恩恵をくださる神々が存在すると言われている。魔物についても、試練であると同時に神の恵みと考えられている。魔物から素材として入手できる魔石があまりにも有用なのだ。

 迷宮には『神器』がある。そして『霊薬』と呼ばれる薬が見つかることもある。こちらも人には作り出せないものだ。瀕死の人間を完治させてしまうような薬、体の欠損を再生させる薬、どんな病も癒やす薬……

 テオドールは「自分が迷宮に行く」と言い出した。そうすれば主人から離れられないエリオットが迷宮に行けるからと。

 表向きの理由は魔力回路障害を治せる霊薬を自ら探すため。実際には迷宮の核を壊すために。
 王子というよりは騎士、そう感じた僕の第一印象は間違いじゃなくて、テオドールはかなり強いらしい。

「でも……薬湯の材料は? 迷宮に篭って大丈夫なの?」
「ええ、大丈夫ですよ」
 エリオットがちょっと申し訳なさそうにしながら言った。
「私には実は、収納魔法がありまして」

 流石は勇者様。およそ三年分は賄えるだけの素材をすでに溜め込んでいるそうだ。
「そもそも食料の補給も必要ですし……収納と鑑定は異世界ものの定番ですからね」
 あー、こいつ確かに転生者だわ。

「今の仕事が片付けば俺は暇になる。婚礼の儀の後なら、迷宮に潜る許可も出るだろう。新婚早々ひとりにしてしまうが、君はここに……」
「え? 僕も一緒に行くのではなく?」
「君まで危険なことをする必要はない」

「ちょっと待って」
 こんな知り合いもいないような国で? 訳ありの結婚をした直後に? その旦那すら長期不在って……!
 僕たちがどうにかしなきゃいけない『神代の迷宮』は、ここからかなり距離があるんだぞ?

「一緒に行かせてよ」
「しかし」
「ここに残されても困るって」

 エリオット以外の使用人はあまり親しくしてくれない。男の『奥様』をどう扱うべきか、戸惑っているのかもしれない。僕の方から歩み寄ろうとしても限度がある。雑談の相手すらろくにいないのが現状だ。

「君は実戦に慣れていないだろう?」
「そんなの、危険だからって遠ざけられていたらいつまでも慣れることなんかできないよ」
「それはそうだが……」

「僕がちゃんと戦力になることは女神エデルダーナが保証してくれてる」
 何せ『勇者の代わりに』と言われたくらいだ。
「頼むよ。役に立つからさ、たぶん……」

 経験が少なすぎて、絶対と言えないのが辛い。
 結論が出ないまま、テオドールは「時間だ」と呟き、仕事に行ってしまった。



 ***



「テオドール殿下は本当にあなた様のことがお気に召したのですねぇ……」
 慌ただしく屋敷を出ていくテオドールを、僕と一緒に見送って、まだ若い執事が言った。

 確かにそう見えるだろう。テオドールは毎朝こうして時間ギリギリまで僕と一緒にいるし、夜は僕と同じ部屋で寝る。

 ただし、している話は迷宮攻略のことばかりだし、添い寝の時の僕は猫の姿だ。
「本当に仲睦まじくていらっしゃる」
 この執事が思っているような関係ではないと思うけどね。

「それだけに、残念でなりません……」
 執事の暗い表情が気になって、つい尋ねてしまった。
「残念って……どういうこと?」

「あ、いえ。なんでもありません。どうか、聞かなかったことに」
「そう言われても。気になるよ」

 執事は少し周囲を気にする様子を見せた後、小声で言った。
「殿下には、もうあまり時間が残っていないのですよ」
「……え?」

「やはり、魔力回路障害がありますからね……」
 頭をガツンと殴られた気分だった。魔力回路障害の持ち主は短命。わかっていたことだ。

「でも、エリオットの薬が」
 いや。あれはあくまで延命のためで。
「進行を遅らせることはできても、根本的な解決にはならないようですよ」
 そう、だよな……。

 その日は自分が何をして過ごしたのかも覚えていなかった。ただ、寝ずにテオドールの帰りを待ち、寝室に入ってきた所を不意をついて、テオドールの夜着の胸元を掴んだ。引き寄せて睨む。

「……やはり、胸倉を掴んで立ったままというのがタルマール流なのか?」
「今は冗談を聞きたい気分じゃない」
「どうした。何が気に入らない?」

「あなたが……長く生きられない、というのは本当か」
「誰から聞いた」
「誰でもいいだろ。本当なのか?」

 テオドールは若草色の目でじっと僕を見て。
「惜しんでくれるのか。嬉しいね」
 にこりともせずに、そう言った。

「ルシアン様……」
 エリオットの同情を孕んだ気遣わしげな声が気に障る。

「なんで黙っていた!?」
「俺には魔力回路障害がある。言わなくてもわかるだろう?」

「あの薬湯で延命できるんじゃないのか?」
「どうしても限界があるんだ」
「あと、どれくらい……」
 生きられるのか、と聞こうとして、喉が詰まった。

「落ち着け。何も明日死ぬというわけじゃない」
 テオドールが僕の手に触れた。優しく引き剥がされる。

「医者が言うには、長くても七年か八年」
「そんな」
「奇跡でも起きなければ、30歳が限界だろうと」
「奇跡……」
 そんなの、本当に神の霊薬を探し出すしかないじゃないか。

「少しは仲良くなれたと思ったのに」
「そうだな」
「あなたは僕の伴侶なんだろ」
「ああ、そうだ」

「僕を……二十代で未亡人にする気か」
「俺の都合に巻き込んで、すまなかったとは思っている」
 ぐっと奥歯を噛んで俯いた。滲んでしまった涙を見られたくなかった。

 ソファに誘導されて座らされ、肩を抱かれた。人の姿でこんなにべたべたするのは初めてだ。

 わかっている。一番辛いのはテオドールだ。それに王族の結婚なんてものは本人の自由にはならない。せっかく悪くない相手だと思えるようになったのに、というのは、僕の勝手な想いで。テオドール自身にはどうしようもないことばかりなのだ。

「……女神エデルダーナに、ねだってみようと思っているんです」
 決意の篭ったエリオットの声に顔を上げた。
「ねだるって……」

「私たちはこれからこの国を救うんですから。もし、霊薬が見つからなくても、頑張った勇者にご褒美のひとつくらいあるべきでしょう」
「それは……確かに……」

 迷宮を攻略した報酬として、女神にテオドールの魔力回路障害を治してもらう……そんな解決方法はあるのかもしれない。






しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

記憶を失くしたはずの元夫が、どうか自分と結婚してくれと求婚してくるのですが。

鷲井戸リミカ
BL
メルヴィンは夫レスターと結婚し幸せの絶頂にいた。しかしレスターが勇者に選ばれ、魔王討伐の旅に出る。やがて勇者レスターが魔王を討ち取ったものの、メルヴィンは夫が自分と離婚し、聖女との再婚を望んでいると知らされる。 死を望まれたメルヴィンだったが、不思議な魔石の力により脱出に成功する。国境を越え、小さな町で暮らし始めたメルヴィン。ある日、ならず者に絡まれたメルヴィンを助けてくれたのは、元夫だった。なんと彼は記憶を失くしているらしい。 君を幸せにしたいと求婚され、メルヴィンの心は揺れる。しかし、メルヴィンは元夫がとある目的のために自分に近づいたのだと知り、慌てて逃げ出そうとするが……。 ハッピーエンドです。 この作品は他サイトにも投稿しております。

悪役のはずだった二人の十年間

海野璃音
BL
 第三王子の誕生会に呼ばれた主人公。そこで自分が悪役モブであることに気づく。そして、目の前に居る第三王子がラスボス系な悪役である事も。  破滅はいやだと謙虚に生きる主人公とそんな主人公に執着する第三王子の十年間。  ※ムーンライトノベルズにも投稿しています。

少女漫画の当て馬キャラと恋人になったけどキャラ変激しすぎませんか??

和泉臨音
BL
 昔から物事に違和感を感じることの多かった衛は周りから浮いた存在だった。国軍養成所で一人の少女に出会い、ここが架空の大正時代を舞台にしたバトルありの少女漫画の世界だと気付く。ならば自分は役に立つモブに徹しようと心に誓うも、なぜかヒロインに惚れるはずの当て馬イケメンキャラ、一条寺少尉に惚れられて絡め取られてしまうのだった。 ※ 腹黒イケメン少尉(漫画では当て馬)×前世記憶で戦闘力が無自覚チートな平凡孤児(漫画では完全モブ) ※ 戦闘シーンや受が不当な扱いを受けるシーンがあります。苦手な方はご注意ください。 ※ 五章で完結。以降は番外編です。

政略結婚のはずが恋して拗れて離縁を申し出る話

BL
聞いたことのない侯爵家から釣書が届いた。僕のことを求めてくれるなら政略結婚でもいいかな。そう考えた伯爵家四男のフィリベルトは『お受けします』と父へ答える。 ところがなかなか侯爵閣下とお会いすることができない。婚姻式の準備は着々と進み、数カ月後ようやく対面してみれば金髪碧眼の美丈夫。徐々に二人の距離は近づいて…いたはずなのに。『え、僕ってばやっぱり政略結婚の代用品!?』政略結婚でもいいと思っていたがいつの間にか恋してしまいやっぱり無理だから離縁しよ!とするフィリベルトの話。

[離婚宣告]平凡オメガは結婚式当日にアルファから離婚されたのに反撃できません

月歌(ツキウタ)
BL
結婚式の当日に平凡オメガはアルファから離婚を切り出された。お色直しの衣装係がアルファの運命の番だったから、離婚してくれって酷くない? ☆表紙絵 AIピカソとAIイラストメーカーで作成しました。

【8話完結】ざまぁされて廃嫡されたバカ王子とは俺のことです。

キノア9g
BL
廃嫡され全てを失った元王子。地道に生きたいのにハイスペ幼馴染が逃がしてくれません。 あらすじ 「第二王子カイル、お前を廃嫡する」 傲慢な振る舞いを理由に、王位継承権も婚約者も失い、国外追放されたカイル。 絶望の最中、彼に蘇ったのは「ブラック企業で使い潰された前世の記憶」だった。  「もう二度と、他人任せにはしない」 前世の反省を活かし、隣国の冒険者ギルドで雑用係(清掃員)として地道にやり直そうとするカイル。しかし、そんな彼を追いかけてきたのは、隣国の貴族であり幼馴染のレオナードだった。  「君がどんな立場になろうと、僕にとっては君は君だ」 落ちぶれたカイルに変わらぬ愛を注ぎ、元婚約者の悪意ある噂からも守り抜くレオナード。 すべてを失った元バカ王子が、社畜根性と幼馴染の溺愛によって幸せを掴むまでの、再起と愛の物語。 全8話。

白金の花嫁は将軍の希望の花

葉咲透織
BL
義妹の身代わりでボルカノ王国に嫁ぐことになったレイナール。女好きのボルカノ王は、男である彼を受け入れず、そのまま若き将軍・ジョシュアに下げ渡す。彼の屋敷で過ごすうちに、ジョシュアに惹かれていくレイナールには、ある秘密があった。 ※個人ブログにも投稿済みです。

令嬢に転生したと思ったけどちょっと違った

しそみょうが
BL
前世男子大学生だったが今世では公爵令嬢に転生したアシュリー8歳は、王城の廊下で4歳年下の第2王子イーライに一目惚れされて婚約者になる。なんやかんやで両想いだった2人だが、イーライの留学中にアシュリーに成長期が訪れ立派な青年に成長してしまう。アシュリーが転生したのは女性ではなくカントボーイだったのだ。泣く泣く婚約者を辞するアシュリーは名前を変えて王城の近衛騎士となる。婚約者にフラれて隣国でグレたと噂の殿下が5年ぶりに帰国してーー? という、婚約者大好き年下王子☓元令嬢のカントボーイ騎士のお話です。前半3話目までは子ども時代で、成長した後半にR18がちょこっとあります♡  短編コメディです

処理中です...