【本編完結】黒猫王子の政略結婚~ある迷宮の終わりと始まり~

夕月ねむ

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 こちらからどうやってエデルダーナに話しかけるか。その方法がないのが問題だった。でも、相手は神様なのだから祈り続ければいつかは返事があるかもしれない。

 この国の神殿にでも、行かせてもらおうか……屋敷の庭にも出してもらえないのに?

「ルシアン様には感謝しています」
 珍しくテオが早く帰ってきたある日、薬湯の用意をしながら、エリオットが穏やかに言った。
「私にはテオ様を連れて迷宮に行くという発想がありませんでしたから」

「エリオット、あのさ……」
 ここに来てくれて良かった、と微笑むエリオットに、僕はひとつの提案をした。

「テオドールのことを『テオ』って呼ぶなら、良かったら僕のことは『ルシィ』って呼んでくれない?」
「こら」
 隣に座っていたテオドールに、ガシッと頭を掴まれた。

「痛いよ、何?」
「そういうことは夫の俺に先に許せ」
 それもそうかもしれない。

 まだ夫ではないけど、テオドールが使わない愛称で僕を呼ぶ侍従というのは……うん。あまりよろしくない。

「じゃあ、テオって呼んでいい?」
「もちろんだ、ルシィ」
 満足そうに笑ったテオが僕の頭を撫でた。

「……今は猫じゃない」
「それくらいわかってる」
 テオは、そのまま僕の耳に触れてきた。驚いて見上げたら『愛しい』みたいな顔をしていた。

 心臓が騒ぎ出し、頬に熱が集まる。そんな自分の反応に戸惑った。元々どんな相手でも受け入れると決めてここに来ている。そして、今の僕はテオに対し、割と好感を持っている。でも、だからって。恋をしたつもりはなかったんだけど。

「君は赤くなっても美しいな」
「揶揄うな」
「揶揄ってない」

 抱き寄せられて、テオの匂いが濃くなる。どんな匂いとは形容しがたいんだけど、最近の僕は毎晩この匂いに包まれて眠っているわけで……落ち着くし、正直言って、好きな匂いだ。

 テオの心音が眠っている時よりも速い。少しは緊張しているのだろうか。
「俺は長くは生きられない」
「それは……!」
 全部諦めたみたいな声が受け入れられなくて、テオの夜着を掴んだ。

「僕とエリオットがどうにかする。絶対」
「まだ、できると決まったわけじゃない」
「女神が駄目でも、霊薬を見つけるから」
「そう言ってくれるのは嬉しいが、とにかく俺の話を聞け」

 抱き寄せる腕に力が篭もる。
「すぐに居なくなるかもしれない俺だ。伴侶とは形だけの関係にしようと思っていた」
 過去形。今は違う、ということか。

「なのに。君を見ていると、せめて思い出に残りたいと思ってしまう」
 苦しいくらいにぎゅうっと抱きしめられて、それが全然嫌じゃなかった。テオの切実な様子が胸に痛い。

「……僕、女の子じゃなくてごめん」
「急にどうした」
「僕が女の子だったら、あなたが生きた証を子供として残せたのに」

 テオは僕の頭上でフフッと笑った。
「俺は子孫を残すことを許されていない」
「そういえばそれ、どうして……」
 あ。聞いちゃったらこの屋敷から出られないんだっけ?

「血筋だよ」
 僕の頭を撫でながら、テオが言う。
「俺の父親が誰なのか、はっきりしないんだ」
「……え」

 王弟殿下じゃないのか、この男は……。
「俺の母親は確かに先王の妃だ。王妃ではなく側妃だがな。でも、父親は先王ではないかもしれない。だから俺の子供をトラステア王族の血を引く者として扱うことはできないと。そんな面倒な存在を増やすなと」

「そう……なんだ」
「俺は一応王弟ということになっているが、本当は王族ではない男の子供かもしれないし、もしかしたら……王子かもしれない」

「それって」
「国王陛下は俺の兄上ではなく父上かもしれないのさ」
 年がかなり離れているのは知っているけど、まさか。そんなの、とんでもない醜聞だ。

「隠すはずだ……」
「我ながらよく処分されなかったものだと思う」
「それで同性愛者のフリを?」
 そもそも子孫を残せないと思わせるために?

「どうだろうな」
「いや、どうだろうって……」
「俺はあまり相手の性別を気にしたことがない」
 え?

「僕がここに来た時、なんだ男かって、がっかりしてなかった?」
「あれは……君を俺から遠ざけるためにしたことで、不興を買えればそれで良かったんだ」
 婚約者とは距離を作って、結婚を形だけのものにしようとした、ということか。

 テオの腕が少し緩んだ。気付けばエリオットの姿がない。侍従として空気を読んでのことだろうけど、なんだかいたたまれないな。

「俺は君と長く一緒に居られないかもしれない。俺が居なくなったら、まだ若い君はきっと次の伴侶を……」
「縁起でもないことを言うな」

「俺が助かる可能性はまだ低いだろう」
「僕がどうにかしてやる」
「ルシィは頼もしいな」
 こいつ……信じてないだろ。
「馬鹿にしてるの」
「してない」

「してるだろう。子供扱いはしないで欲しいんだけど?」
「してないって」
 でもなんか、顔が緩んでるぞ。

「ルシィ。俺が言いたいのは、そんな俺でも君との思い出が欲しいってことだ」
 そういえば、さっきも思い出って言ってたな。

「君の中に『俺』という存在を刻みつけたい。絶対に忘れることができないくらいに。次の伴侶なんて、受け入れられなくなればいい」

 そう言って、テオは僕の耳に歯を立てた。
「ひゃっ」
 思わず変な声が出て、羞恥に駆られる。押し退けようとしても力では敵わず、テオは僕の耳を舐め始めた。

「ひ、や、やめ……あッ、ちょっと、テオ」
 何これ、何コレ……!
 猫の姿で耳を触られるのとはまた違う何かがぞわぞわと僕の中を暴れ回る。

「こういう睦み合いは初めてか?」
「み、耳元で喋るの、やめて」
「なんだ、初心なんだな」
「ん、やぁ……」

 悪かったな、初めてで!
 僕の前世は恋愛とは縁遠かったし、今のこの体だって、綺麗なものなんだよ。

「意外だ。君は美しいと評判だったから。もっと遊び慣れているのかと」
「そんなの……下手に子供でもできたら、可哀想だろ……!」
 と言うか耳元で囁くのやめろ。

「避妊紋は刻んでいなかったのか?」
「タルマールでは、そんなものを使うのは娼館の従業員くらいだよ」
 テオが驚いた気配がした。
「そうなのか。国によって随分違うんだな」

 嫌かと聞かれて、嫌じゃないと思った。けど、嫌じゃないと告げるのが恥ずかしくて、睨むように見つめた。テオの、余裕たっぷりのにやけ顔が腹立たしい。

「嬉しいよ……こんなにまっさらな君を、俺のものにできるなんて」
 猛禽みたいに鋭い目に、今まで見たことがなかった、ギラギラとした熱を感じた。





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