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獣神の聖域に向かうのは僕とトバイアスとラス。それにリジーという名の獣人の弓使いが一緒に来てくれる。それでも勇者様がいない分、戦力は落ちるだろう。まあ仕方がない。今のテオを連れて歩くわけにはいかないのだから。
「行ってくる。なるべく早く戻るから」
「ああ。気をつけて」
そっと抱き合ってテオから離れる。獣化してトバイアスのバックパックに飛び乗った。
「トバイアス。ルシィを頼む」
テオが堅い声で言った。
「……最善を尽くします」
こらこら、そこは『お任せください』くらい言おうよ。
「道案内と言っても、我々は聖域に入ったことがありません」
リジーが申し訳なさそうにしている。
「水源に何があるかはわからないのです」
『問題ない。行ってみたらわかることだよ』
トバイアスの荷物の上でしばらく揺られた。獣人の里が遠くなっていく。
『……魔物の気配だ』
「ええ、何かいますね」
リジーが弓を構えた。ラスはリジーに出番を譲るようだ。トバイアスはおそらく気付いていなかっただろう。仕方がない。普通の人間には無理な話だ。
進行方向左側で藪が揺れた。魔物が姿を見せる前にリジーが矢を放つ。短い断末魔が上がって、藪から飛び出そうとしていた魔物がどさりと倒れた。鼠……だろうか。それにしては大きいし、耳が小さくて、毛並みが悪い。どうにも可愛くないな。角があるようだ。まあ、魔獣だからな。
「鼠か。この辺じゃ珍しくもない」
ラスが言って、魔獣を手早く解体した。肉が食用になるそうだ。エリオットがいないので、調理担当はラスとリジー。僕も料理ができないわけじゃないけど、立場上、僕の手料理はやめておいた方が良いだろう。
泉に水を引いている、浅く細い流れを遡るようにたどる。その先にカーハディール様の聖域がある。
「この辺りから藪が深くなる。道を作りながら行くが、気を付けろよ、人間」
ラスはまだトバイアスとは仲良くできていないんだよなぁ。
ラスが鉈を使って藪を払う。その後ろを僕を運ぶトバイアスがついて行く。リジーが周囲を警戒しながら殿を歩く。ただ運ばれているのは申し訳ないけど、僕が自分で歩いてもかえって邪魔になりそうだ。
少し開けた場所に出た。
「獣道ですね。魔物が近くにいるかもしれません」
リジーが言い、ラスも緊張しているのが伝わってきた。この二人は獣人だからか、気配や音に敏感みたいだ。
癒やしの効果がある水だ。魔物にとっても有用なものなのだろう。しばらく歩くと怪我をした巨大な猪がいた。
「ラス」
リジーが短く呼んだと思ったら、白狼に獣化したラスが、猪に飛びかかった。
『猪だけじゃない、気を付けろ!』
血のにおいが一種類じゃなかった。この猪に怪我を負わせた何かがいるのだ。
リジーが弓を構える。藪が音を立て、ハイエナのような犬のような魔物が飛び出して来た。脇腹に矢が当たるが、倒しきれない。僕はトバイアスの肩を蹴って跳躍し、体を巨大化させてハイエナもどきに対峙した。
「ルシアン殿下!」
トバイアスの焦った声。けれどそれに反応している余裕はない。ハイエナもどきの体当たりを避け、背後を取って飛びかかる。首を狙ったが、振り落とされた。猪を仕留めたラスがハイエナもどきの背に噛み付く。
相手の動きが鈍くなった。今度こそ首に噛み付いた。僕とラスが張り付いているから、リジーは矢を射ることができないようだ。ハイエナもどきがもがき暴れる。僕はそれを押さえつけ、ラスが魔獣の腹に噛み付いて……ハイエナもどきが動かなくなった。
ああもう。口の中が気持ち悪い。リジーの魔法で水をもらって口をすすいだ。
「私のすることがありませんね……」
トバイアスが呟いた。僕を運んでくれているのだから、十分働いていると思うけど。
猪の魔獣は美味だという。でも解体に時間がかかるそうで、運ぶ手段もない。どうするのかと見ていたら、ラスが胸元から小さな笛を出した。それは吹いてもほとんど音がしなかったけれど、その音と共に魔力が揺らいだのがわかった。
「獣人の狩人が仲間を呼ぶ笛だ。誰かが気付けば回収してくれるだろう」
***
しばらく森の中を進むと、少しずつ周囲の様子が変わってきた。樹木が巨大化し、足元は低木が減って柔らかな草が増えた。リジーが言うには薬草が混ざっているらしい。けど今は採取している場合じゃない。
暗くなる前に野営の用意をした。リジーが張ってくれた結界の中、ラスが火をおこす。鼠の魔獣が串焼きにされ、トバイアスが乾燥野菜と香草を使ってスープを作ってくれた。料理なんてできたのか、侯爵令息。
「なんか僕だけ何にもしてなくてごめんねぇ」
「いえ。神獣様は休んでいてください」
「そうですよ、殿下。あなたを働かせるわけには」
だよね。僕が料理なんてしたら、ラスはともかくリジーの方は皿ごと拝みそう。
獣人たちは寝袋を持っていなかった。獣の姿で寝るから不要だというのだ。僕もそれを真似させてもらう。確かに人間の体で地面に寝るより快適だろう。おまけにトバイアスが毛布を敷いてくれたから、暖かくていい感じだ。
リジーの獣姿は見ていなかったな、と思ったけど、三角耳にふさふさとした尻尾の狐だった。白狼姿のラスも地面に寝そべる。トバイアスだけが何だか大変そうである。「人間は不便だな」とラスが呟いた。
雨が降り出すこともなく、しっかり睡眠をとって、朝食は簡単に済ませた。迷宮の中とはいえ空があり、屋外なので、明るくなると同時に目が覚めた。出発準備ができてもまだ早朝の雰囲気がある。
「今日中に聖域まで辿り着きたいですね」
リジーの言葉に頷いた。
「あまりテオやエリオットを待たせたくないからね」
あの勇者様が付いているのだ、大丈夫だとは思うけれど、テオは顔色が悪かったし、僕の前では無理をしていたんじゃないかと思う。今頃さらに悪化しているかもしれない。少しでも早く帰って、テオを助けたい。
そう思うけど、実際の僕がしていることと言えば騎士の荷物の上で丸くなることなんだから、格好つかないよなあ。
「行ってくる。なるべく早く戻るから」
「ああ。気をつけて」
そっと抱き合ってテオから離れる。獣化してトバイアスのバックパックに飛び乗った。
「トバイアス。ルシィを頼む」
テオが堅い声で言った。
「……最善を尽くします」
こらこら、そこは『お任せください』くらい言おうよ。
「道案内と言っても、我々は聖域に入ったことがありません」
リジーが申し訳なさそうにしている。
「水源に何があるかはわからないのです」
『問題ない。行ってみたらわかることだよ』
トバイアスの荷物の上でしばらく揺られた。獣人の里が遠くなっていく。
『……魔物の気配だ』
「ええ、何かいますね」
リジーが弓を構えた。ラスはリジーに出番を譲るようだ。トバイアスはおそらく気付いていなかっただろう。仕方がない。普通の人間には無理な話だ。
進行方向左側で藪が揺れた。魔物が姿を見せる前にリジーが矢を放つ。短い断末魔が上がって、藪から飛び出そうとしていた魔物がどさりと倒れた。鼠……だろうか。それにしては大きいし、耳が小さくて、毛並みが悪い。どうにも可愛くないな。角があるようだ。まあ、魔獣だからな。
「鼠か。この辺じゃ珍しくもない」
ラスが言って、魔獣を手早く解体した。肉が食用になるそうだ。エリオットがいないので、調理担当はラスとリジー。僕も料理ができないわけじゃないけど、立場上、僕の手料理はやめておいた方が良いだろう。
泉に水を引いている、浅く細い流れを遡るようにたどる。その先にカーハディール様の聖域がある。
「この辺りから藪が深くなる。道を作りながら行くが、気を付けろよ、人間」
ラスはまだトバイアスとは仲良くできていないんだよなぁ。
ラスが鉈を使って藪を払う。その後ろを僕を運ぶトバイアスがついて行く。リジーが周囲を警戒しながら殿を歩く。ただ運ばれているのは申し訳ないけど、僕が自分で歩いてもかえって邪魔になりそうだ。
少し開けた場所に出た。
「獣道ですね。魔物が近くにいるかもしれません」
リジーが言い、ラスも緊張しているのが伝わってきた。この二人は獣人だからか、気配や音に敏感みたいだ。
癒やしの効果がある水だ。魔物にとっても有用なものなのだろう。しばらく歩くと怪我をした巨大な猪がいた。
「ラス」
リジーが短く呼んだと思ったら、白狼に獣化したラスが、猪に飛びかかった。
『猪だけじゃない、気を付けろ!』
血のにおいが一種類じゃなかった。この猪に怪我を負わせた何かがいるのだ。
リジーが弓を構える。藪が音を立て、ハイエナのような犬のような魔物が飛び出して来た。脇腹に矢が当たるが、倒しきれない。僕はトバイアスの肩を蹴って跳躍し、体を巨大化させてハイエナもどきに対峙した。
「ルシアン殿下!」
トバイアスの焦った声。けれどそれに反応している余裕はない。ハイエナもどきの体当たりを避け、背後を取って飛びかかる。首を狙ったが、振り落とされた。猪を仕留めたラスがハイエナもどきの背に噛み付く。
相手の動きが鈍くなった。今度こそ首に噛み付いた。僕とラスが張り付いているから、リジーは矢を射ることができないようだ。ハイエナもどきがもがき暴れる。僕はそれを押さえつけ、ラスが魔獣の腹に噛み付いて……ハイエナもどきが動かなくなった。
ああもう。口の中が気持ち悪い。リジーの魔法で水をもらって口をすすいだ。
「私のすることがありませんね……」
トバイアスが呟いた。僕を運んでくれているのだから、十分働いていると思うけど。
猪の魔獣は美味だという。でも解体に時間がかかるそうで、運ぶ手段もない。どうするのかと見ていたら、ラスが胸元から小さな笛を出した。それは吹いてもほとんど音がしなかったけれど、その音と共に魔力が揺らいだのがわかった。
「獣人の狩人が仲間を呼ぶ笛だ。誰かが気付けば回収してくれるだろう」
***
しばらく森の中を進むと、少しずつ周囲の様子が変わってきた。樹木が巨大化し、足元は低木が減って柔らかな草が増えた。リジーが言うには薬草が混ざっているらしい。けど今は採取している場合じゃない。
暗くなる前に野営の用意をした。リジーが張ってくれた結界の中、ラスが火をおこす。鼠の魔獣が串焼きにされ、トバイアスが乾燥野菜と香草を使ってスープを作ってくれた。料理なんてできたのか、侯爵令息。
「なんか僕だけ何にもしてなくてごめんねぇ」
「いえ。神獣様は休んでいてください」
「そうですよ、殿下。あなたを働かせるわけには」
だよね。僕が料理なんてしたら、ラスはともかくリジーの方は皿ごと拝みそう。
獣人たちは寝袋を持っていなかった。獣の姿で寝るから不要だというのだ。僕もそれを真似させてもらう。確かに人間の体で地面に寝るより快適だろう。おまけにトバイアスが毛布を敷いてくれたから、暖かくていい感じだ。
リジーの獣姿は見ていなかったな、と思ったけど、三角耳にふさふさとした尻尾の狐だった。白狼姿のラスも地面に寝そべる。トバイアスだけが何だか大変そうである。「人間は不便だな」とラスが呟いた。
雨が降り出すこともなく、しっかり睡眠をとって、朝食は簡単に済ませた。迷宮の中とはいえ空があり、屋外なので、明るくなると同時に目が覚めた。出発準備ができてもまだ早朝の雰囲気がある。
「今日中に聖域まで辿り着きたいですね」
リジーの言葉に頷いた。
「あまりテオやエリオットを待たせたくないからね」
あの勇者様が付いているのだ、大丈夫だとは思うけれど、テオは顔色が悪かったし、僕の前では無理をしていたんじゃないかと思う。今頃さらに悪化しているかもしれない。少しでも早く帰って、テオを助けたい。
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