【本編完結】黒猫王子の政略結婚~ある迷宮の終わりと始まり~

夕月ねむ

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 愛しい伴侶が噛みつくように口付けてくる。僕はそれを素直に受け入れて舌を絡めた。
 僕もテオもこの行為の意味に気付いている――万病を癒す力を持つ僕の、体液を取り込むことの意味に。
「ルシィ……」
 口付けの合間に名を呼ばれる。その声はうっとりと甘い。

 神代の迷宮を機能停止させてから八年。僕は当時と変わらない姿を保っている。僕だけじゃない、テオもだ。
 熱いくらいに高い体温も、しっかりと鍛えられた体も変わらない。まるで時間が止まったみたいに……年を取っていないのだ。

 神の眷属と交わることがまさか相手の寿命を延ばすとは思わなかった。僕と口付けるたびに、テオは老化を止め、人を辞めていく。わかっていても、同じ時間を生きたいのだと言われて拒めるわけがなかった。いや。言われなくても結果は変わらなかっただろう。テオとキスしないなんて僕には耐えがたい。まして、それ以上のこともしているのだから。

 しっぽの付け根を撫でられ、猫耳に息を吹きかけられて、僕はびくびくと震えた。今の姿は半人半獣。獣人の子供のような、獣耳しっぽありの人型だ。この姿になってみてわかった。これは妙に恥ずかしい。なんだか無防備で、落ち着かない。獣人がみんな完全な人化を身につけるのも理由があってのことなのだ。

 でも、困ったことに。僕の旦那様はこの姿の僕を愛でるのが好きらしい。
「あ、やだ。そこばっか」
「駄目か? 君の尾はとても触り心地がいいんだが」
「んん、だめぇ……」
 しっぽの付け根は明確な弱点。それがわかっていて、テオはちょっとしつこい。

「ねえ、するならちゃんとして」
 腰を揺らして自分からねだった。
 勇者印の潤滑剤が濡れた音を立てる。
「ア、ぅあ、てお……」
 頭上でテオがくすりと笑った。
「いい声だな。もっと聞かせてくれ」

 愛しい男を受け入れて喘ぐ。今この時、僕はただのルシアンだ。神の眷属でも神獣でもなく、ひとりの人間……いや。もしかして、獣人、なのか?

「は、ぁ……あァ、テオ……もっと、奥」
「まあ、待て。ゆっくり、な」
 浅い所ばかり擦られて物足りない。僕はテオの腰に足を絡める。
「……まったく。そう煽るな」
「ん……ああッ、ぁあ……」

 半人半獣のこの姿は困ったところがひとつある。爪がいつもより鋭いのだ。テオの背中に縋り付きたくて、でも傷つけることになるから躊躇する。
「ルシィ、掴まるなら俺にしろ。シーツが破ける」
「でもぉ……」
「傷が痛む前に治してくれたらいいだろう?」
 そう言って、テオはまた深く口付けてきた。



 ***



 ベッドサイドの引き出しを探って、テオが言った。
「そろそろエリオットに連絡を取らないとな」
「え。そんなに使ってる?」
「ああ。残り二瓶だ」
 何がって、勇者印の潤滑剤である。確かに残りがそれだけなら、エリオットに追加を頼まないと。

 迷宮の核を壊し使命を果たしてから一年ほど経った頃。エリオットは僕たちに「暇が欲しい」と言ってきた。テオが完全に健康体となり、生活も落ち着いて、自分が側を離れても大丈夫だと思ったのだろう。ジェフリーと共に素材採取の旅に出てしまったのだ。

 僕の念話が強化され、一度話をした相手ならかなり遠くにいても話しかけることができるようになったので、エリオットとはいつでも連絡が取れる。あの勇者様が旅に出たのは、貴族になりたくないとか国に縛られたくないとか、勇者としての功績をなかったことにしたいという理由もある。エリオットは国からの褒賞を延ばしに延ばして、受け取らないまま旅に出た。だから僕がエリオットを呼び出せることは内緒にしている。まして、勇者様には転移魔法が使えるなんてこと、知られちゃいけない。

「……そろそろ起きよう。朝食の時間だ」
 僕たちは今、迷宮内の獣人領と迷宮の外のトラステア王国の両方に住処を持ち、行ったり来たりしている。どちらにも使用人たちはいるけれど、意外だったのは獣人領で働きたいという執事・侍従が少なくなかったことだ。

 これは、トバイアスの影響が大きい。
 元々侯爵子息とはいえ、五男であまり期待されていなかったトバイアスは、婚約者もおらず、バーレイ侯爵からは放置されがちだったらしい。その彼が、賢く美しい獣人を妻にした。オクタヴィアだ。迷宮オタク二人は収まるところに収まったというわけ。

 貴族も三男以降となれば、自分で稼がなければ暮らしていけない。婚期を逃す例も多いらしく、トバイアスもその類だと思われていた。それが、美女を捕まえたということで、独身の男どもが……いや、男に限らず、迷宮には良い出会いがあるかもしれないと思う者が増え、僕たちの屋敷が就職先として人気を集めてしまったのだ。

 まあ、いいけどね。仲良くしてくれるなら。

 せっかくだから交流してもらおうと、僕たちは獣人の侍女や執事見習いも増やしている。もしかしたらここから、人間の街に働きに出る獣人も出てくるかもしれない。

「おはよう、みんな」
「おはようございます。奥様」
 獣人たちは僕を『神獣様』と呼ぶけれど、屋敷で仕事中の獣人には『奥様』と呼ばせている。もちろんテオは『旦那様』だ。

「オムレツにガレットか。美味しそうだ」
 ここの食事は獣人の里の食材を使っている。里の畑は見違えるほど広くなり、家畜の飼育も順調だ。収穫の余剰分はトラステア王国に買い取られている。どうやら迷宮で育った野菜や果物は地上のものより多くの魔素を含むらしく、魔力の増強に役立つとかでなかなか良い取引ができているようだ。

「テオ、今日の予定は?」
「商業ギルドのマスターとの話し合いがあるな。君は?」
「コレットとジリアンが地上に行きたがってたんだ。案内してきていいかな?」
 コレットは兎の獣人、ジリアンは猫の獣人だ。
「耳と尾はしっかり隠せよ。ユリスも連れていけ」
「うん、わかってる」

 獣人が観光気分で人の街を歩ける。すごいことだ。以前ならありえなかった。きっと交流は今後さらに増えていくだろう。バーレイ侯爵からはトバイアスを通じて、迷宮内に人間用の宿を作れないかという打診があった。人間側にも獣人の文化や今の迷宮に興味を持つ者がいるのだ。トラブルの種にならないよう、現在交渉が続いている。

 地上の国も、この迷宮も。一歩間違えれば全部滅んでいた。何より、僕と一緒に食事をしているテオの今の姿はなかっただろう。そう考えると、僕がトラステア王国に嫁いできたことは、きっと正しかったのだと思う。



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