【本編完結】黒猫王子の政略結婚~ある迷宮の終わりと始まり~

夕月ねむ

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後日談:その後の勇者

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 その日、僕はエリオットに念話で薬を頼もうとしていた。獣人の子供のための風邪薬だ。ついでに潤滑剤と洗浄用魔法薬も。けれど、返事はいつも忠実な元侍従としては意外なもので。
『すみません、ルシィ様。後にしていただけますか。今ちょっと取り込み中でして』
『珍しいね。勇者様が手間取るような問題?』
 少しの沈黙の後、エリオットは言った。

『実は……恋人の実家に挨拶に来ています』

『え?』
 エリオットに恋人?
 居たの、できたの、どっち?

 僕は隣でお茶を飲んでいたテオの袖を引っ張った。
「ねぇ。エリオットに恋人って……」
「ああ、オリヴィア嬢だろう。可愛らしい人だよ」
「女性なの?」
「……そうだが?」
 エリオット、前世は女性だって言ってなかったか?

『あの、エリオット? 恋人って――』
『申し訳ありません。念話は明日改めて』
『え、ちょっと』
 結局その日、それ以上の話はできなかった。なんと勇者様、念話の『着信拒否』ができるらしい。
 結局、別の薬師の手当てで子供の熱は下がった。僕が血を分ける必要もなく。



 ***



 僕はごねた。エリオットの恋人に会ってみたいと。
 その結果、エリオットが屋敷に連れてきたのは、ミルクティー色の髪をした愛嬌のある女性だった。小動物系とでもいうのか。第一印象は仔栗鼠だ。

「初めてお目にかかります。オリヴィア・ヘーゼルダインと申します」
 エリオットが誇らしげに「私の婚約者です」と言った。実家への挨拶はうまくいったらしいな。
 オリヴィア嬢は貴族だという。エリオットが、男爵家の令嬢だと説明してくれた。

 なるほど。確かに可愛らしい女性だ。でも。
「えっと。エリオットは元々平民だと思うんだけど、よく付き合う許可が出たね?」
 いくら男爵家とはいえ貴族は貴族。平民の男が歓迎されるとは思えない。王弟殿下の側仕えだということが評価されたのか?
「エリオットは母を助けてくれたんです」
 ああ、なるほど。薬師としてか。恩人なら、というわけだ。

「お茶をどうぞ」
 最近雇った侍従が紅茶を出してくれた。でも。
「リック」
 僕は侍従を呼び止めた。
「なんでございましょう?」
「お客がいるときはやめろって言っただろう」

 僕は自分のティーカップを持ち上げてリックを睨んだ。
「これは毒入り。そうだな?」
 侍従がへらりと笑う。
「流石はルシアン様。それにお気づきになるとは」

 僕はため息をついてリックに命じる。
「お茶を全部淹れなおせ。エリオットはともかく、オリヴィア嬢に何かあったらどうする」
「ほんの少し手足が痺れるだけの毒でございますよ。そもそもルシアン様のカップにしか――」
「淹れなおせ」
「……畏まりました」

 リックは不満げにしながらもテーブルの上の茶器を片付けた。
 まったく。困ったやつだ。
「あの……ルシィ様? 今の侍従は?」
 エリオットが困惑している。それもそうだろう。普通、主に堂々と毒を盛る侍従なんていない。

「ああ。リックはまあ、ちょっと特殊でね。面白いから飼っているんだけど」
「飼う……面白い、とは」
「僕はどんな毒にも耐えられるから実験対象として気に入られたみたいで」
「そんな。危険人物ではありませんか」
 オリヴィア嬢も心配してくれているらしい。優しい人だ。

「大丈夫、大丈夫」
 僕は笑って言った。
「アレの本当の飼い主は知っているし、敵意があるわけじゃない。ちょっとじゃれついてくるだけだよ」

 リックはタルマール王国の……サディアス兄様の子飼いの『影』である。僕をからかって遊んでいるだけで、害意はない。エリオットとは違う方向性の薬師なのだ。つまり、毒薬専門。神の眷属である僕は今更毒なんか効かない。それを知っていて、リックは僕が見抜けるかどうか、本当に効かないかどうか、試そうとしてくる。

 ただ、この『遊び』はテオとユリスがいない時だけ。僕が毒を盛られることをテオが一緒に面白がってくれるわけないし、ユリスは倍返しするからね。
「あの……テオ様は」
「あー、ごめんね。獣人の里長たちと会合があってさ。どうしても抜けられなかったんだ。なんか家畜の値段で揉めてるらしくて。夜には帰ってくると思うんだけど」

 リックではなく別の使用人が淹れなおしてくれたお茶を飲みながら、僕たちは少し話をした。
「最近、エリオットはどうなの。ジェフリーとの素材採取は順調?」
「魔馬の討伐をしましたよ。ジェフも意外と戦えるので、危なげなく」
 エリオットとジェフリーの今の立場は冒険者である。いいなあ、冒険者。

 エリオットが左の手首を見せる。黒い糸を使ってビーズを編みこんだブレスレットをしていた。
「その魔馬のたてがみでリヴィが編んでくれたんです」
 幸運のお守りなんです、とオリヴィア嬢がはにかむ。
「器用なんだねぇ」
「しがない男爵家の娘ですから、少しでも手に職を付けようと思いまして……」

 エリオットが笑っているのを見て僕は安堵していた。この勇者様は世界のために転生やら使命やらと振り回され、その上テオのことがあって、自分のしたいことができていないんじゃないかと思っていたから。

「エリオットが幸せそうでよかったよ。でも……」
 言葉を切った僕に、エリオットはきょとんとした顔を見せる。侍従だった頃より、感情豊かになったんじゃないかと思う。
「あんあまり危険なことはするなよ、エリオット。こんなに可愛い婚約者が待っていてくれるのに」
 勇者様なら大丈夫だろうけど、冒険者なんていつどこでどんな怪我をするかわかったものじゃない。

 僕に「可愛い」と言われたオリヴィア嬢が真っ赤になった。ああ、しまった。今でも僕の「顔だけ王子」の見目の良さは健在なんだっけ。

『ところで……前世は女性だって言ってなかった、エリオット?』
 こっそり念話で確認すると『そうですが』という返事。
『いや、その、大丈夫なの。精神的には女性同士ってことにならない?』

『今の私は男です。それに』
 エリオットが意味ありげに笑った。
『私は昔から可愛い子が大好きなんですよ。あ、もちろん今はリヴィに一途ですけどね』
 あ、うん……そうなんだ……。

「えっと、今日は泊っていくんだよね?」
「そうさせていただけると……」
 エリオットが申し訳なさそうに言う。帰るだけなら勇者様の転移魔法でどうにかなっても、テオに会いたいんだろう。

「部屋は用意してあるから客間を使って」
 流石にもう、使用人のための部屋というわけにはいかない。オリヴィア嬢もいるのだ。
 二人が「ありがとうございます」と微笑んだ。

『ところでルシィ様。先ほどのあの男』
 エリオットの念話に何やら不穏な雰囲気が混ざる。
『ん? ああ、リック?』
『ええ。私とももらっても構わないでしょうか?』

 どうやら、元侍従としてリックに思うところがあるらしい。
『少々、薬についてと思いまして。良い腕の薬師のようですから』
『いいけど、ほどほどにね? 僕の兄様の子飼いだからさ』
 苦笑してそう許可を出した。

 帰ってきたテオも交えて夕食を楽しみ、その翌日。
 気のせいか少しやつれたリックの隣で、エリオットは満足そうにすっきりとした顔をしていた。昨夜何があったのかは……聞かない方がいいだろうな、うん。




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