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夢のためには
陽だまり亭の定休日、広くもないアパートの自室で、携帯端末を手に僕は寝転がっていた。画面には『ヒノカちゃんねる』という文字。
フォロワー三人のまま、消せないチャンネル。それは僕の未練に違いなく、探索者としてやっていけるならもう一度挑戦したい気持ちはある。
ただ、相手はネオさんだ。ネオさんは僕の好意をどう思うだろう。僕は気持ちを隠したままでそばにいられるんだろうか。今までは、そんなに毎日会っていたわけじゃない。それが、バディだなんて。
嬉しかった。声を掛けてくれたのがネオさんで。本当はすぐにでも承諾したかったんだ。でも。もしネオさんが男同士に嫌悪感があったり、僕を拒絶するなら……そんなの、耐えられない。
じゃあ距離を置いたままでいいのかというと、それも辛い。もっと話して、もっと声を聞いて、もっと長く近くに居たい。ネオさんがあの笑顔を向ける相手は僕であって欲しいと思ってしまう。
突然、電話が鳴った。驚きすぎて、思わずそのまま出てしまった。あまり話したくない相手、だったのに。
『もしもし、ほのか?』
「あ……うん。久しぶり、母さん」
母は、配信でバズっていたのが僕だと知り、電話を掛けてきたらしい。
『あんたまだ探索者だったの。それならそうと言えばいいのに』
「いや……探索者って言うか。僕はただ出前でダンジョンに」
『良い機会だわ。このまま名前を売って、探索者を本業にしなさい』
「でも……店の手伝いがあるし」
『バイトでも雇えばいいのよ。それよりも、注目されているうちにちゃんと配信をして、あんた魔法士としては優秀なんだから、探索者として⸺』
「ごめん、母さん。誰か来たみたいだ。宅配かも」
僕は母の声を聞いているのが苦痛になって、嘘をついた。
暗転した画面を手にため息をつく。僕はどうしたいんだろう。わからない。でも、母を喜ばせたいという気持ちが、もうずっと前に失われているのは確かだった。
子供が有名になれば、誇れる仕事に就いてくれれば、それは自分の功績だとでも思っているのか。そんなわけないのに。
僕の努力は、僕が出した結果は、全部僕のものであるはずだ。僕は母を飾るためのアクセサリーじゃない。ああ……むしゃくしゃする。
ダンジョン、行ってみようかな。思いきり攻撃魔法を使えば少しはスッとするかも。
…………いや、やめよう。
また誰かの配信に映ったりしたら面倒だ。まだ僕を自分たちの配信に呼びたい探索者がいるみたいだし。今は行くべきじゃない。
ふと、携帯端末のケースに挟んだままだったネオさんの名刺が目に入る。裏側には思ったより雑な字でネオさんの連絡先が書かれているけど。
その名刺の表側、シンプルながら凝ったデザインで印字されている、ギルド『獅子の爪』の連絡先。その代表メールアドレスを見て、僕はしばらく考えた。
『突然のメール、申し訳ありません。少々お伺いしたいことがあり、連絡させていただきます。
私はダンジョン探索者ヒノカと申します。
先日、そちらのギルドに所属の探索者ネオさんが、私をスカウトしたいとおっしゃっていたのですが、本当でしょうか。私を獅子の爪の一員にしていただけるのですか?
もし、本当であれば、ご相談したいことがあります。私をバディにとネオさんはおっしゃっていました。ですが、もし、バディを組んでからネオさんと気まずい関係になったらと思うと、心配です。その辺りはフォローをしていただけますか?
それから、私は話すことが苦手で配信には不安があります。ご迷惑をおかけしてしまうかもしれません。もし、それでも⸺』
一気に書き上げてしまった、なかなかの長文。送るかどうか逡巡し、消そうかとも思って、でも結局、僕は『送信』をタップしていた。
食事を適当に済ませる。いつも叔父さんのまかないを食べているから、家にはろくな食材がない。この食生活も、探索者を本業にするなら変えなきゃならない。叔父さんのまかないは食べられなくなるかな。
魔法士でも体力は必要だ。ジムに通って鍛える人も多いだろう。僕は今まで何もしてこなかった。今更本当に探索者としてやっていけるのか。
わからない。わからないけど、でも。
僕にまだ母を喜ばせたいという気持ちがあった頃。ダンジョン探索者になることは、確かに僕の夢だったのだ。
母のために探索者になることはしない。でも、母が喜ぶのが嫌だからと、自分の夢を諦めることもしたくない。ちゃんと向き合いたい。僕はまだ、夢を叶えるために全力を尽くしたとは言えないと思うから。
昼食を食べ終えて、ひと息ついた。携帯端末がメールを受信したことを知らせてくる。発信者はギルド『獅子の爪』事務局。
一体どんな返事がきたのか。僕は緊張しながらメッセージを開いた。そして叔父さんに電話をした。
「叔父さん、明後日の午後なんだけど、場所を借りてもいいかな」
『どうした、ほのか。何かあるのか?』
「うん……ちょっと大事な話し合い」
『それは俺の店でってことか?』
「そう。先方がそれでどうかって」
『まあ、俺は構わないけど』
「ありがとう。助かる」
二日後、陽だまり亭にビシッとしたスーツ姿の男性が現れた。眼鏡を掛けた背の高い人で、僕を見てにこにこと笑みを浮かべた。
「はじめまして。探索者ギルド『獅子の爪』スカウト担当の沢田です。ヒノカさん、ですね?」
「ぁ、は、はい……僕がヒノカです」
沢田さんから名刺を受け取る。返せるものがないのが気まずい。
「本日はお時間をいただき、ありがとうございます。早速話をさせていただいても?」
僕は叔父さんに、席を専有し仕事を中断する許可をもらった。
「はい、大丈夫です。えっと。今日はよろしくお願いします……」
叔父さんの厚意でコーヒーとミニパンケーキをご馳走になりながら、僕は沢田さんと話をした。
「まず、ギルドへのスカウトですが、これはギルドマスターの安藤がちゃんと了承しています。ネオの独断ではないので、ご安心ください」
「そう、なんですね」
「ただ、ネオのバディにという件ですが、こちらはギルマスの許可が出ていません」
「……え?」
「ネオが勝手にあなたを囲い込もうとしているようですね」
「どうして……」
「うちのギルドであなたの実力を一番知っているのはおそらくネオでしょう。あなたを手放すのが惜しいのかもしれませんが……ただ」
一度言葉を切って、少し躊躇ってから、沢田さんは言った。
「あの、ヒノカさん。BL営業というものはご存知ですか?」
「…………え?」
「これはギルマスの発案なのですが。見目の良いネオと誰か若い男の子を組ませて、いちゃいちゃさせる配信をしてみようという企画がありまして」
「それは……女性ファン獲得のため、とかですか」
「ええ。その通りです。それでですね、動画のあなたを見たギルマスが、相手にちょうどいいのではないかと」
「……僕が、ネオさんの相手役に?」
「はい」
沢田さんははっきりと頷いた。
「……えっ、と……」
顔が熱い。どうしたらいいんだ。
フォロワー三人のまま、消せないチャンネル。それは僕の未練に違いなく、探索者としてやっていけるならもう一度挑戦したい気持ちはある。
ただ、相手はネオさんだ。ネオさんは僕の好意をどう思うだろう。僕は気持ちを隠したままでそばにいられるんだろうか。今までは、そんなに毎日会っていたわけじゃない。それが、バディだなんて。
嬉しかった。声を掛けてくれたのがネオさんで。本当はすぐにでも承諾したかったんだ。でも。もしネオさんが男同士に嫌悪感があったり、僕を拒絶するなら……そんなの、耐えられない。
じゃあ距離を置いたままでいいのかというと、それも辛い。もっと話して、もっと声を聞いて、もっと長く近くに居たい。ネオさんがあの笑顔を向ける相手は僕であって欲しいと思ってしまう。
突然、電話が鳴った。驚きすぎて、思わずそのまま出てしまった。あまり話したくない相手、だったのに。
『もしもし、ほのか?』
「あ……うん。久しぶり、母さん」
母は、配信でバズっていたのが僕だと知り、電話を掛けてきたらしい。
『あんたまだ探索者だったの。それならそうと言えばいいのに』
「いや……探索者って言うか。僕はただ出前でダンジョンに」
『良い機会だわ。このまま名前を売って、探索者を本業にしなさい』
「でも……店の手伝いがあるし」
『バイトでも雇えばいいのよ。それよりも、注目されているうちにちゃんと配信をして、あんた魔法士としては優秀なんだから、探索者として⸺』
「ごめん、母さん。誰か来たみたいだ。宅配かも」
僕は母の声を聞いているのが苦痛になって、嘘をついた。
暗転した画面を手にため息をつく。僕はどうしたいんだろう。わからない。でも、母を喜ばせたいという気持ちが、もうずっと前に失われているのは確かだった。
子供が有名になれば、誇れる仕事に就いてくれれば、それは自分の功績だとでも思っているのか。そんなわけないのに。
僕の努力は、僕が出した結果は、全部僕のものであるはずだ。僕は母を飾るためのアクセサリーじゃない。ああ……むしゃくしゃする。
ダンジョン、行ってみようかな。思いきり攻撃魔法を使えば少しはスッとするかも。
…………いや、やめよう。
また誰かの配信に映ったりしたら面倒だ。まだ僕を自分たちの配信に呼びたい探索者がいるみたいだし。今は行くべきじゃない。
ふと、携帯端末のケースに挟んだままだったネオさんの名刺が目に入る。裏側には思ったより雑な字でネオさんの連絡先が書かれているけど。
その名刺の表側、シンプルながら凝ったデザインで印字されている、ギルド『獅子の爪』の連絡先。その代表メールアドレスを見て、僕はしばらく考えた。
『突然のメール、申し訳ありません。少々お伺いしたいことがあり、連絡させていただきます。
私はダンジョン探索者ヒノカと申します。
先日、そちらのギルドに所属の探索者ネオさんが、私をスカウトしたいとおっしゃっていたのですが、本当でしょうか。私を獅子の爪の一員にしていただけるのですか?
もし、本当であれば、ご相談したいことがあります。私をバディにとネオさんはおっしゃっていました。ですが、もし、バディを組んでからネオさんと気まずい関係になったらと思うと、心配です。その辺りはフォローをしていただけますか?
それから、私は話すことが苦手で配信には不安があります。ご迷惑をおかけしてしまうかもしれません。もし、それでも⸺』
一気に書き上げてしまった、なかなかの長文。送るかどうか逡巡し、消そうかとも思って、でも結局、僕は『送信』をタップしていた。
食事を適当に済ませる。いつも叔父さんのまかないを食べているから、家にはろくな食材がない。この食生活も、探索者を本業にするなら変えなきゃならない。叔父さんのまかないは食べられなくなるかな。
魔法士でも体力は必要だ。ジムに通って鍛える人も多いだろう。僕は今まで何もしてこなかった。今更本当に探索者としてやっていけるのか。
わからない。わからないけど、でも。
僕にまだ母を喜ばせたいという気持ちがあった頃。ダンジョン探索者になることは、確かに僕の夢だったのだ。
母のために探索者になることはしない。でも、母が喜ぶのが嫌だからと、自分の夢を諦めることもしたくない。ちゃんと向き合いたい。僕はまだ、夢を叶えるために全力を尽くしたとは言えないと思うから。
昼食を食べ終えて、ひと息ついた。携帯端末がメールを受信したことを知らせてくる。発信者はギルド『獅子の爪』事務局。
一体どんな返事がきたのか。僕は緊張しながらメッセージを開いた。そして叔父さんに電話をした。
「叔父さん、明後日の午後なんだけど、場所を借りてもいいかな」
『どうした、ほのか。何かあるのか?』
「うん……ちょっと大事な話し合い」
『それは俺の店でってことか?』
「そう。先方がそれでどうかって」
『まあ、俺は構わないけど』
「ありがとう。助かる」
二日後、陽だまり亭にビシッとしたスーツ姿の男性が現れた。眼鏡を掛けた背の高い人で、僕を見てにこにこと笑みを浮かべた。
「はじめまして。探索者ギルド『獅子の爪』スカウト担当の沢田です。ヒノカさん、ですね?」
「ぁ、は、はい……僕がヒノカです」
沢田さんから名刺を受け取る。返せるものがないのが気まずい。
「本日はお時間をいただき、ありがとうございます。早速話をさせていただいても?」
僕は叔父さんに、席を専有し仕事を中断する許可をもらった。
「はい、大丈夫です。えっと。今日はよろしくお願いします……」
叔父さんの厚意でコーヒーとミニパンケーキをご馳走になりながら、僕は沢田さんと話をした。
「まず、ギルドへのスカウトですが、これはギルドマスターの安藤がちゃんと了承しています。ネオの独断ではないので、ご安心ください」
「そう、なんですね」
「ただ、ネオのバディにという件ですが、こちらはギルマスの許可が出ていません」
「……え?」
「ネオが勝手にあなたを囲い込もうとしているようですね」
「どうして……」
「うちのギルドであなたの実力を一番知っているのはおそらくネオでしょう。あなたを手放すのが惜しいのかもしれませんが……ただ」
一度言葉を切って、少し躊躇ってから、沢田さんは言った。
「あの、ヒノカさん。BL営業というものはご存知ですか?」
「…………え?」
「これはギルマスの発案なのですが。見目の良いネオと誰か若い男の子を組ませて、いちゃいちゃさせる配信をしてみようという企画がありまして」
「それは……女性ファン獲得のため、とかですか」
「ええ。その通りです。それでですね、動画のあなたを見たギルマスが、相手にちょうどいいのではないかと」
「……僕が、ネオさんの相手役に?」
「はい」
沢田さんははっきりと頷いた。
「……えっ、と……」
顔が熱い。どうしたらいいんだ。
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