【完結】洋食屋陽だまり亭、出前承ります

夕月ねむ

文字の大きさ
5 / 11

夢のためには

しおりを挟む
 陽だまり亭の定休日、広くもないアパートの自室で、携帯端末を手に僕は寝転がっていた。画面には『ヒノカちゃんねる』という文字。

 フォロワー三人のまま、消せないチャンネル。それは僕の未練に違いなく、探索者としてやっていけるならもう一度挑戦したい気持ちはある。

 ただ、相手はネオさんだ。ネオさんは僕の好意をどう思うだろう。僕は気持ちを隠したままでそばにいられるんだろうか。今までは、そんなに毎日会っていたわけじゃない。それが、バディだなんて。

 嬉しかった。声を掛けてくれたのがネオさんで。本当はすぐにでも承諾したかったんだ。でも。もしネオさんが男同士に嫌悪感があったり、僕を拒絶するなら……そんなの、耐えられない。

 じゃあ距離を置いたままでいいのかというと、それも辛い。もっと話して、もっと声を聞いて、もっと長く近くに居たい。ネオさんがあの笑顔を向ける相手は僕であって欲しいと思ってしまう。

 突然、電話が鳴った。驚きすぎて、思わずそのまま出てしまった。あまり話したくない相手、だったのに。

『もしもし、ほのか?』
「あ……うん。久しぶり、母さん」

 母は、配信でバズっていたのが僕だと知り、電話を掛けてきたらしい。
『あんたまだ探索者だったの。それならそうと言えばいいのに』
「いや……探索者って言うか。僕はただ出前でダンジョンに」

『良い機会だわ。このまま名前を売って、探索者を本業にしなさい』
「でも……店の手伝いがあるし」

『バイトでも雇えばいいのよ。それよりも、注目されているうちにちゃんと配信をして、あんた魔法士としては優秀なんだから、探索者として⸺』

「ごめん、母さん。誰か来たみたいだ。宅配かも」
 僕は母の声を聞いているのが苦痛になって、嘘をついた。

 暗転した画面を手にため息をつく。僕はどうしたいんだろう。わからない。でも、母を喜ばせたいという気持ちが、もうずっと前に失われているのは確かだった。

 子供が有名になれば、誇れる仕事に就いてくれれば、それは自分の功績だとでも思っているのか。そんなわけないのに。

 僕の努力は、僕が出した結果は、全部僕のものであるはずだ。僕は母を飾るためのアクセサリーじゃない。ああ……むしゃくしゃする。

 ダンジョン、行ってみようかな。思いきり攻撃魔法を使えば少しはスッとするかも。

 …………いや、やめよう。

 また誰かの配信に映ったりしたら面倒だ。まだ僕を自分たちの配信に呼びたい探索者がいるみたいだし。今は行くべきじゃない。

 ふと、携帯端末のケースに挟んだままだったネオさんの名刺が目に入る。裏側には思ったより雑な字でネオさんの連絡先が書かれているけど。

 その名刺の表側、シンプルながら凝ったデザインで印字されている、ギルド『獅子の爪』の連絡先。その代表メールアドレスを見て、僕はしばらく考えた。








『突然のメール、申し訳ありません。少々お伺いしたいことがあり、連絡させていただきます。
 私はダンジョン探索者ヒノカと申します。
 先日、そちらのギルドに所属の探索者ネオさんが、私をスカウトしたいとおっしゃっていたのですが、本当でしょうか。私を獅子の爪の一員にしていただけるのですか?
 もし、本当であれば、ご相談したいことがあります。私をバディにとネオさんはおっしゃっていました。ですが、もし、バディを組んでからネオさんと気まずい関係になったらと思うと、心配です。その辺りはフォローをしていただけますか?
 それから、私は話すことが苦手で配信には不安があります。ご迷惑をおかけしてしまうかもしれません。もし、それでも⸺』

 一気に書き上げてしまった、なかなかの長文。送るかどうか逡巡し、消そうかとも思って、でも結局、僕は『送信』をタップしていた。

 食事を適当に済ませる。いつも叔父さんのまかないを食べているから、家にはろくな食材がない。この食生活も、探索者を本業にするなら変えなきゃならない。叔父さんのまかないは食べられなくなるかな。

 魔法士でも体力は必要だ。ジムに通って鍛える人も多いだろう。僕は今まで何もしてこなかった。今更本当に探索者としてやっていけるのか。

 わからない。わからないけど、でも。
 僕にまだ母を喜ばせたいという気持ちがあった頃。ダンジョン探索者になることは、確かに僕の夢だったのだ。

 母のために探索者になることはしない。でも、母が喜ぶのが嫌だからと、自分の夢を諦めることもしたくない。ちゃんと向き合いたい。僕はまだ、夢を叶えるために全力を尽くしたとは言えないと思うから。

 昼食を食べ終えて、ひと息ついた。携帯端末がメールを受信したことを知らせてくる。発信者はギルド『獅子の爪』事務局。

 一体どんな返事がきたのか。僕は緊張しながらメッセージを開いた。そして叔父さんに電話をした。

「叔父さん、明後日の午後なんだけど、場所を借りてもいいかな」
『どうした、ほのか。何かあるのか?』
「うん……ちょっと大事な話し合い」

『それは俺の店でってことか?』
「そう。先方がそれでどうかって」
『まあ、俺は構わないけど』
「ありがとう。助かる」








 二日後、陽だまり亭にビシッとしたスーツ姿の男性が現れた。眼鏡を掛けた背の高い人で、僕を見てにこにこと笑みを浮かべた。

「はじめまして。探索者ギルド『獅子の爪』スカウト担当の沢田です。ヒノカさん、ですね?」
「ぁ、は、はい……僕がヒノカです」
 沢田さんから名刺を受け取る。返せるものがないのが気まずい。

「本日はお時間をいただき、ありがとうございます。早速話をさせていただいても?」
 僕は叔父さんに、席を専有し仕事を中断する許可をもらった。
「はい、大丈夫です。えっと。今日はよろしくお願いします……」

 叔父さんの厚意でコーヒーとミニパンケーキをご馳走になりながら、僕は沢田さんと話をした。

「まず、ギルドへのスカウトですが、これはギルドマスターの安藤がちゃんと了承しています。ネオの独断ではないので、ご安心ください」
「そう、なんですね」

「ただ、ネオのバディにという件ですが、こちらはギルマスの許可が出ていません」
「……え?」
「ネオが勝手にあなたを囲い込もうとしているようですね」

「どうして……」
「うちのギルドであなたの実力を一番知っているのはおそらくネオでしょう。あなたを手放すのが惜しいのかもしれませんが……ただ」

 一度言葉を切って、少し躊躇ってから、沢田さんは言った。
「あの、ヒノカさん。BL営業というものはご存知ですか?」
「…………え?」

「これはギルマスの発案なのですが。見目の良いネオと誰か若い男の子を組ませて、いちゃいちゃさせる配信をしてみようという企画がありまして」

「それは……女性ファン獲得のため、とかですか」
「ええ。その通りです。それでですね、動画のあなたを見たギルマスが、相手にちょうどいいのではないかと」

「……僕が、ネオさんの相手役に?」
「はい」
 沢田さんははっきりと頷いた。
「……えっ、と……」
 顔が熱い。どうしたらいいんだ。







しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

捨てられた生贄オメガ、魔王城で極上の『巣作り』始めます!~不眠症の魔王様、私のクッションで爆睡して溺愛モードに突入~

水凪しおん
BL
「役立たずのオメガ」として冷遇され、血も涙もない魔王への生贄として捨てられたリノ。 死を覚悟して連れてこられた魔王城は、寒くて硬くて、居住性最悪のブラック環境だった!? 「こんなところで寝られるか!」 極限状態で発動したオメガ特有の『巣作り本能』と、神業レベルの裁縫スキルが火を噴く! ゴミ同然の布切れをフカフカのクッションに、冷たい石床を極上のラグマットにリフォーム。 すると、不眠症で常にイライラしていた魔王ザルドリスが、リノの作った「巣」のあまりの快適さに陥落してしまい……? 「……貴様、私を堕落させる気か」 (※いいえ、ただ快適に寝たいだけです) 殺されるどころか、魔王様に気に入られ、気付けば城中がリノの虜に。 捨てられた生贄オメガが、裁縫一つで魔王城を「世界一のマイホーム」に変える、ほのぼの逆転溺愛ファンタジー!

ビジネス婚は甘い、甘い、甘い!

ユーリ
BL
幼馴染のモデル兼俳優にビジネス婚を申し込まれた湊は承諾するけれど、結婚生活は思ったより甘くて…しかもなぜか同僚にも迫られて!? 「お前はいい加減俺に興味を持て」イケメン芸能人×ただの一般人「だって興味ないもん」ーー自分の旦那に全く興味のない湊に嫁としての自覚は芽生えるか??

自己肯定感低めの不幸な義弟が完璧な義兄と大揉めに揉める話

あと
BL
「こんな僕をお兄ちゃんは嫌ってるだろうな」 トップ俳優な完璧超人の義理の兄×不幸な自己肯定感低めのネガティブ義理の弟です。 お金ない受けが追い詰められて変なアルバイトしようとしたら、攻めと再会して……?みたいな話です。 攻めがヤンデレ気味で、受けがマジで卑屈なので苦手な人はブラウザバックで。 兄弟は親が離婚してるため、苗字が違います。 攻め:水瀬真広 受け:神崎彼方 ⚠️作者は芸能界にもお葬式ににもエアプなので、気にしないでください。 途中でモブおじが出てきます。 義理とはいえ兄弟なので、地雷の人はブラウザバックで。 初投稿です。 初投稿がちょっと人を選ぶ作品なので不安です。 ひよったら消します。 誤字脱字はサイレント修正します。 内容も時々サイレント修正するかもです。 定期的にタグ整理します。 批判・中傷コメントはお控えください。 見つけ次第削除いたします。

もう観念しなよ、呆れた顔の彼に諦めの悪い僕は財布の3万円を机の上に置いた

谷地
BL
お昼寝コース(※2時間)8000円。 就寝コースは、8時間/1万5千円・10時間/2万円・12時間/3万円~お選びいただけます。 お好みのキャストを選んで御予約下さい。はじめてに限り2000円値引きキャンペーン実施中! 液晶の中で光るポップなフォントは安っぽくぴかぴかと光っていた。 完結しました *・゚ 2025.5.10 少し修正しました。

Sランク冒険者クロードは吸血鬼に愛される

あさざきゆずき
BL
ダンジョンで僕は死にかけていた。傷口から大量に出血していて、もう助かりそうにない。そんなとき、人間とは思えないほど美しくて強い男性が現れた。

【完結】かわいい美形の後輩が、俺にだけメロい

日向汐
BL
番外編はTwitter(べったー)に載せていきますので、よかったらぜひ🤲 ⋆┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈⋆ 過保護なかわいい系美形の後輩。 たまに見せる甘い言動が受けの心を揺する♡ そんなお話。 ⋆┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈⋆ 【攻め】 雨宮千冬(あめみや・ちふゆ) 大学1年。法学部。 淡いピンク髪、甘い顔立ちの砂糖系イケメン。 甘く切ないラブソングが人気の、歌い手「フユ」として匿名活動中。 【受け】 睦月伊織(むつき・いおり) 大学2年。工学部。 黒髪黒目の平凡大学生。ぶっきらぼうな口調と態度で、ちょっとずぼら。恋愛は初心。

【完結】巷で噂の国宝級イケメンの辺境伯は冷徹なので、まっっったくモテませんが、この度婚約者ができました。

明太子
BL
オーディスは国宝級イケメンであるにも関わらず、冷徹な性格のせいで婚約破棄されてばかり。 新たな婚約者を探していたところ、パーティーで給仕をしていた貧乏貴族の次男セシルと出会い、一目惚れしてしまう。 しかし、恋愛偏差値がほぼ0のオーディスのアプローチは空回りするわ、前婚約者のフランチェスカの邪魔が入るわとセシルとの距離は縮まったり遠ざかったり…? 冷徹だったはずなのに溺愛まっしぐらのオーディスと元気だけどおっちょこちょいなセシルのドタバタラブコメです。

君に二度、恋をした。

春夜夢
BL
十年前、初恋の幼なじみ・堂本遥は、何も告げずに春翔の前から突然姿を消した。 あれ以来、恋をすることもなく、淡々と生きてきた春翔。 ――もう二度と会うこともないと思っていたのに。 大手広告代理店で働く春翔の前に、遥は今度は“役員”として現れる。 変わらぬ笑顔。けれど、彼の瞳は、かつてよりずっと強く、熱を帯びていた。 「逃がさないよ、春翔。今度こそ、お前の全部を手に入れるまで」 初恋、すれ違い、再会、そして執着。 “好き”だけでは乗り越えられなかった過去を乗り越えて、ふたりは本当の恋に辿り着けるのか―― すれ違い×再会×俺様攻め 十年越しに交錯する、切なくも甘い溺愛ラブストーリー、開幕。

処理中です...