【完結】『勇者』は『料理番』を手放さない

夕月ねむ

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魔王を倒したのは、

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 何故そんなことになったのか、説明はとても難しい。ただ、勇者キーランは疲れていたし、僕も疲れていた。体が、じゃない。精神的にだ。魔王討伐という重責に二人とも押し潰されそうだった。何かに縋るしかなかった。たまたまそれがお互いの体温だっただけだ。

 勇者様、と僕が呼んだら、キーランは嫌そうな顔をした。
「名前で呼んでくれ、ノア。今だけは」
 男に抱かれるなんて初めてのことで、受け入れられるかどうかさえ不安だったのに。生きて帰れるかもわからない状況が、多少の無理を可能にしていた。

「キーラン、もっと……」
「ああ」

 愛してるも好きも必要ない。そうとでも思わなければ壊れてしまいそうで。ただただ何かを紛らわせるために、快楽に溺れ人肌を求めた。魔王と対峙するまで残り二日。僕はしがない料理人で、キーランは人類の希望だった。



 ***



「いいですか、ノアさん。決してこの結界から出ないでください」
 そう言って聖女様が防御の結界を張った。
「あなたの今の役目は荷物を守ることと連絡です」
 場所は魔王城の一角。これからキーランたち勇者パーティは魔王と交戦する。

「わかりました。ここを動きません」
 遠隔通話用の魔導具を抱えて、僕はうなずいた。ここまで僕がついてきたのは勇者たちの食事の世話をするためと、荷物持ち。非戦闘員扱いの僕が戦場をうろつけば邪魔にしかならない。無事に魔王を討伐したら、この魔導具で外にいる騎士たちに連絡すれば、迎えが来てくれる手はずだ。

 どれだけの時間が経っただろう。はっきりとした声は聞こえないけれど、物が崩れる音がする。金属がぶつかり合う音も。ただひたすら、勇者たちの勝利を願った。だって僕には、ただの料理番には、それしかできない。怖くて耳を塞ぎたかった。でもそれをしたら、終わったかどうかもわからない。

 視界の端で、重厚な扉が吹き飛んだ。飛びはねた破片が結界にはじかれて、舞い上がった埃が白っぽく光る。扉と共に吹き飛ばされてきたのは、勇者と仲間たちだった。

 賢者の出血がひどい。剣士はもしかしたら足が折れているのか。聖女は勇者に庇われて、それでも傷だらけだった。その聖女の体をそっと横たえ、勇者は剣を握りなおした。ふらふらと立ち上がったその姿が、魔王の背で隠される。

 こわい、こわい……どう見てもこちらが劣勢だ。動けているのは勇者だけで、他の三人には意識がない。
 このまま失敗するのか?
 勇者が負けるのか?
 僕に体温を分けてくれたあの男が……死ぬ、のか?

 してはいけないことだと、わかっていた。自分にとっては禁忌だと。それでも。ここで勇者を見捨てたら、帰れる場所なんてどこにもない。魔王は僕に気付いていない。その背はいっそ無防備にすら見えた。けれどそれも時間の問題。ゆっくりと息を整えて。僕はマジックバッグから包丁を取り出した。肉を切るための、今まで魔獣の解体にも使ってきた包丁を。ケルピーもキメラもドラゴンすらも、すべて食べるために切ってきた包丁を。

 胸に手を当てて、祈る。厨房の女神様。僕に加護をくれた慈悲深き御方。僕はあなたを裏切ります。ですが、今だけ、一度だけ、どうかこの包丁に祝福を。何を失くしても構いません。罰はきちんと受け入れます。これは『調理』ではない。だけど。切らせて。

 僕は結界を飛び出して、魔王を背中から切り裂いた。
 それはほとんど手応えもなく。
 魔核を残して消え去る魔王の様子に、僕はもう二度と食べるために振るう包丁を持てないだろうと悟った。

 意識のない勇者とその仲間たち。特に傷が重い賢者と勇者に薬を与え、僕は騎士たちに連絡した。
「勇者様が魔王討伐を成し遂げられました。ただ、ほとんど相打ちで重傷、意識がありません。至急迎えを」

 そして怪我人が運び出されるのを見届けて、こっそりと姿を消した。


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