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勇者の執着
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故郷の村には帰れなかった。僕のことを誰も知らない街に部屋を借り、住み着いた。仕事はすぐに見つかった。今はどこも魔王軍の被害から復興するために人手不足だから。料理関係の職は選ばなかった。僕にはもう厨房の女神の加護がない。以前のようには作れないのをわかっていて、調理を仕事にする気にはなれなかった。
包丁を持てばどんなものでも切れる。それが僕に与えられていた加護の一部だった。ただし、それは食べるための力。殺すためのものとして使った時、僕は加護を失った。
今は薬草園で手伝いをしている。薬はいくらあっても足りなくて、調合に忙しい薬師たちは薬草の世話までしていられないらしい。僕ともうひとり、貴族の屋敷で庭師をしていたことがあるという男が雇われている。
「いやあ、ノアは覚えが早くて助かるよ」
元庭師に教えられながら、僕は土に触れ、植物の手入れをしていた。
仕事の行き帰りに市場に寄ると、少しずつ物流が良くなってきているのがわかる。あちこちで勇者をたたえる声が聞こえる。キーランたちは誰も欠けずにちゃんと王都に戻ったようだ。先日は凱旋パレードもあったらしい。世界を守った英雄たちだ、きっと盛り上がったことだろう。貴族が集まる祝宴もあるのだとか。何にせよ、無事でよかった。
そもそも僕は加護を隠して生きてきた。勇者パーティに同行することになった時も、加護があるとは言わなかった。ただ王都に働きに出た先で、僕の料理が聖女様に気に入られ、それならと同行を頼まれただけ。
こっそり加護を使って、疲労回復の効果がある食事を出していたけれど、それだって気付かれていたかどうか。
でもそれでよかった。僕は英雄になりたかったわけじゃないし、有名になりたかったわけでもない。褒賞金で自分の店を持つことも考えたけれど、今となっては加護がない。だったら静かに暮らすだけだ。幸い、仕事は楽しいと思っている。元庭師も薬師たちも親切で、気候も暮らしやすい。
このままひとりで気ままに過ごそう。市場には屋台も安い食堂もある。自分で料理をしなくても困ることはない。身寄りのない独り者なんて珍しくないし、過去を語らない人も多い。僕が何者かなんて、誰も気にしないはずだ。そんなことを考えながら、薬草の枯葉を取ったり、水をやったり。
夕方、今日はそろそろ切り上げようという頃だった。
「ノア」
聞こえるはずのない声に振り向いた。薬草園の入り口近くに、怒ったような顔のキーランが……勇者様が立っていた。
「……どうして」
立ち尽くした僕に、キーランが近付いてくる。
「君は、自分が何をしたかわかっているのか、ノア」
僕は思わず一歩後ずさった。
「このまま俺から逃げる気なのか?」
なんでこの人がここに。誰にも居場所は言っていないのに。
返事もできずに固まる僕に、元庭師が「よくわからんが、ちゃんと話した方がいいんじゃないかい」と言って。僕は勇者様の前に突き出された。
***
僕はキーランを自分の部屋に招いた。何せ勇者様は有名人だ、誰かが気付けば騒ぎになるだろう。大して広くもない部屋を見回して、キーランが言った。
「この部屋、キッチンは使っていないのか……?」
「ええ。お茶を淹れるくらいですね」
僕が肯定したことに、キーランはショックを受けたようだった。
「どうして。君は料理人だろう」
僕は答えなかった。作りたくないのだ、とは言いたくなくて。
「食事はどうしているんだ?」
「市場で買ったり、食堂もあるので」
「もう、料理はしないのか」
キーランの声が切なげで、痛々しい。僕には何も言えなかった。
「俺のせいか」
僕は否定も肯定もしなかった。できなかった。
「あの時、魔王を倒したのは君だろう。俺よりも、君が本当の英雄で」
僕はゆるりと首を振った。
「違います。勇者様。魔王を倒したのはあなたです。僕はただの料理番です。いえ……料理番、だった」
「ノア……」
「ここは見ての通り狭い部屋です。お泊めすることもできませんし……」
「ノア」
勇者が僕の腕を掴んだ。
「俺と一緒に王都に来てくれ」
「できません」
「どうして」
「わかりませんか。みんな、英雄を求めているんです。魔王を倒した勇者を」
それは、僕のような地味な料理番じゃない。勇者に瑕疵があってはいけないのだ。
「それなら……せめて、俺に料理を教えてくれないか。君がもう作らないのなら、俺が代わりに」
必死な様子のキーランから、少し視線を逸らして、言った。
「お帰りになった方がいいんじゃないですか、勇者様。王都で祝宴があるのでは?」
「そんなもの」
勇者が忌々しげに吐き捨てる。
「貴族の集まりも国王との謁見も、褒賞だってどうでもいい」
「そういうわけにはいかないでしょう」
国からの褒賞なんて名誉、滅多にあることじゃない。それを無視していいはずがないのだ。
キーランの手に力がこもった。
「君が、俺の隣に居ない。それなら俺は、何も要らない」
どうしてキーランが僕にこだわるのかわからなくて、途方に暮れた。僕がしたことは表に出せない。本当は勇者が魔王を倒せなかったなんて、誰かに知られるわけにはいかない。僕は勇者の隣になんて居られない。
「お帰りください。僕はあなたをもてなすことも、お泊めすることも、一緒に王都に向かうこともできません」
キーランは一瞬だけ縋るような目をして、それから、静かに立ち去って行った。
包丁を持てばどんなものでも切れる。それが僕に与えられていた加護の一部だった。ただし、それは食べるための力。殺すためのものとして使った時、僕は加護を失った。
今は薬草園で手伝いをしている。薬はいくらあっても足りなくて、調合に忙しい薬師たちは薬草の世話までしていられないらしい。僕ともうひとり、貴族の屋敷で庭師をしていたことがあるという男が雇われている。
「いやあ、ノアは覚えが早くて助かるよ」
元庭師に教えられながら、僕は土に触れ、植物の手入れをしていた。
仕事の行き帰りに市場に寄ると、少しずつ物流が良くなってきているのがわかる。あちこちで勇者をたたえる声が聞こえる。キーランたちは誰も欠けずにちゃんと王都に戻ったようだ。先日は凱旋パレードもあったらしい。世界を守った英雄たちだ、きっと盛り上がったことだろう。貴族が集まる祝宴もあるのだとか。何にせよ、無事でよかった。
そもそも僕は加護を隠して生きてきた。勇者パーティに同行することになった時も、加護があるとは言わなかった。ただ王都に働きに出た先で、僕の料理が聖女様に気に入られ、それならと同行を頼まれただけ。
こっそり加護を使って、疲労回復の効果がある食事を出していたけれど、それだって気付かれていたかどうか。
でもそれでよかった。僕は英雄になりたかったわけじゃないし、有名になりたかったわけでもない。褒賞金で自分の店を持つことも考えたけれど、今となっては加護がない。だったら静かに暮らすだけだ。幸い、仕事は楽しいと思っている。元庭師も薬師たちも親切で、気候も暮らしやすい。
このままひとりで気ままに過ごそう。市場には屋台も安い食堂もある。自分で料理をしなくても困ることはない。身寄りのない独り者なんて珍しくないし、過去を語らない人も多い。僕が何者かなんて、誰も気にしないはずだ。そんなことを考えながら、薬草の枯葉を取ったり、水をやったり。
夕方、今日はそろそろ切り上げようという頃だった。
「ノア」
聞こえるはずのない声に振り向いた。薬草園の入り口近くに、怒ったような顔のキーランが……勇者様が立っていた。
「……どうして」
立ち尽くした僕に、キーランが近付いてくる。
「君は、自分が何をしたかわかっているのか、ノア」
僕は思わず一歩後ずさった。
「このまま俺から逃げる気なのか?」
なんでこの人がここに。誰にも居場所は言っていないのに。
返事もできずに固まる僕に、元庭師が「よくわからんが、ちゃんと話した方がいいんじゃないかい」と言って。僕は勇者様の前に突き出された。
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僕はキーランを自分の部屋に招いた。何せ勇者様は有名人だ、誰かが気付けば騒ぎになるだろう。大して広くもない部屋を見回して、キーランが言った。
「この部屋、キッチンは使っていないのか……?」
「ええ。お茶を淹れるくらいですね」
僕が肯定したことに、キーランはショックを受けたようだった。
「どうして。君は料理人だろう」
僕は答えなかった。作りたくないのだ、とは言いたくなくて。
「食事はどうしているんだ?」
「市場で買ったり、食堂もあるので」
「もう、料理はしないのか」
キーランの声が切なげで、痛々しい。僕には何も言えなかった。
「俺のせいか」
僕は否定も肯定もしなかった。できなかった。
「あの時、魔王を倒したのは君だろう。俺よりも、君が本当の英雄で」
僕はゆるりと首を振った。
「違います。勇者様。魔王を倒したのはあなたです。僕はただの料理番です。いえ……料理番、だった」
「ノア……」
「ここは見ての通り狭い部屋です。お泊めすることもできませんし……」
「ノア」
勇者が僕の腕を掴んだ。
「俺と一緒に王都に来てくれ」
「できません」
「どうして」
「わかりませんか。みんな、英雄を求めているんです。魔王を倒した勇者を」
それは、僕のような地味な料理番じゃない。勇者に瑕疵があってはいけないのだ。
「それなら……せめて、俺に料理を教えてくれないか。君がもう作らないのなら、俺が代わりに」
必死な様子のキーランから、少し視線を逸らして、言った。
「お帰りになった方がいいんじゃないですか、勇者様。王都で祝宴があるのでは?」
「そんなもの」
勇者が忌々しげに吐き捨てる。
「貴族の集まりも国王との謁見も、褒賞だってどうでもいい」
「そういうわけにはいかないでしょう」
国からの褒賞なんて名誉、滅多にあることじゃない。それを無視していいはずがないのだ。
キーランの手に力がこもった。
「君が、俺の隣に居ない。それなら俺は、何も要らない」
どうしてキーランが僕にこだわるのかわからなくて、途方に暮れた。僕がしたことは表に出せない。本当は勇者が魔王を倒せなかったなんて、誰かに知られるわけにはいかない。僕は勇者の隣になんて居られない。
「お帰りください。僕はあなたをもてなすことも、お泊めすることも、一緒に王都に向かうこともできません」
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