【完結】『勇者』は『料理番』を手放さない

夕月ねむ

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キーランとノア

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 回復薬の調合に成功した。まだ効果が低い下級の回復薬しか作れないけれど、キーランに渡したらとても喜んでくれた。僕は久しぶりに誰かの役に立てた気がして、なんだか誇らしく、同時にやはり何かを作ることは好きだと実感した。そして気付いてしまった。いや、薄々感じてはいたのだ。

 キーランだから、嬉しいのだと。僕はキーランの役に立ちたいのだと。たとえ同じことをしても、相手が別の誰かだったら、こんなむず痒いような落ち着かない気持ちにはならないだろうと。

「ただいま。ノア」
 騎士の仕事を終えて、帰ってきたキーランから、嗅ぎ慣れたにおいがした。
「……戦闘があったの?」
 魔物の血のにおいだ。魔物は魔族とは違って知能が低く、野生の獣に近いけれど、だからこそ危険な時もある。

「大丈夫、怪我はしてないよ」
「キーラン。僕、もっとちゃんと薬を作れるようになるから」
 そう言ってしまってから、急に気恥ずかしくなって、視線を逸らした。
「えっと、だから、その……あなたにお守り代わりの薬を渡せるくらいには、なりたいなと思って……」

「本当に!?」
 弾んだ声でキーランが言って、抱き着いてきた。
「うわ、ちょっと」
「俺に薬を作ってくれるの、これからも?」
「そのつもり、だけど」

 キーランがぱあっと笑った。
「嬉しい。ありがとう。この先もここに居てくれるんだね?」
「え、あ……そういうことに、なる……かな」
 自分の心臓がうるさい。服越しの体温を意識してしまって、顔に熱が集まる。

「ありがとう、ノア。俺から逃げないでくれて」
 そういえば。この勇者様は『危険だから』と屋敷に居るように言ってはいたけれど、見張りがいたわけじゃないし、僕が出ていこうと思えばいつでも可能で……逃げることだって、できたのだろう。

「逃げないよ。逃げない」
 勇者の料理番という僕の立場は、思ったより魅力的なものであるらしく。僕が勇者に守られていなければ「店の看板代わりに欲しい」とか「勇者の縁者になるきっかけとして伝手にしたい」なんていう連中がいるのだと、使用人や老先生が教えてくれた。
 今の僕がひとりになったら、あっと言う間に利用されてしまう。ましてここは王都で、貴族もたくさんいて、逆らえないことだってありえるのだ。

 作るものが料理から薬になって。魔王はいないし、世界は平和に向かっている。まだまだ難民もいるらしいし、復興は時間がかかるそうだけど、色々なものが少しずつ変わっていっている。

 だからきっと、僕とキーランの関係だって、変わっていってもいい……はずだ。

 僕は抱き着いたままのキーランの背に、そっと腕を回した。
「ノア……」
 キーランがうっとりと笑う。僕を抱きしめる力が強くなる。でもそれは、苦しくないよう、痛くないよう、気遣われているのがわかるもので。

 僕は微笑んで、勇者に囁いた。
「もっとぎゅってしてよ。ね、キーラン」
 キーランの顔がくしゃりと歪んだ。けどそれはすぐ笑顔になって。僕の顔中にキスが降ってくる。
「ノア。好きだよ。愛してる。ずっと一緒に居て。お願い」
 僕は苦笑しつつそれを受け入れ、キーランの髪を撫でた。

「料理、しようか」
「え……?」
「教えてって、代わりに作るって、言ってたでしょう」
「言った。言ったけど」

「僕は包丁を持たない。後ろから指示するだけ。それでもいいなら」
「いいよ、もちろん!」
 泣き笑いになった勇者にぎゅうぎゅうと抱きしめられて、ぼくは流石に「苦しい」と文句を言った。


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