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自覚か、諦めか
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勇者の屋敷にやってきた聖女様は、僕を見て挨拶よりも先に驚きの声を上げた。
「ノアさん! 本当にここにいたんですね!」
「あ、はい。お久しぶりです……あの、剣士様と賢者様は」
今日は勇者パーティのメンバーと再会することになっていたはずだけど。
「あいつらのことは気にしなくていいよ」
キーランがそう言って、僕の肩を抱き寄せ、頭にキスをした。聖女様が再び驚き、僕は羞恥で赤くなる。
「キーラン。流石に人前でそれはどうかと思いますけれど。ノアさんが困っていますよ」
聖女様が呆れて、キーランが笑った。
「ノアは俺のものだって、主張したいんだよ」
「ノアさん、大丈夫ですか? この勇者様に無理をさせられていませんか?」
「あ……はい。ええと。大丈夫、です……」
この屋敷に一緒に暮らすようになってから、キーランは毎日、いや、毎朝毎晩僕を口説いてくる。まったく困っていないわけではないけれど、無理強いはされていない。
「それで、賢者様たちは」
「旅に出たよ。魔王がいなくなってもまだ安心して暮らせない場所は多いから、復興の手伝いをするんだって」
「そうなんですね」
旅にでる元気があるなら、魔王戦で負った怪我は後遺症なく治ったのだろう。挨拶くらいしてくれてもと思わなくはないけれど。
「とりあえず座って。お茶にしよう」
この屋敷の数少ない使用人のひとりが、お茶と焼き菓子を持ってきてくれた。孫がいるという中年女性で、明るい働き者の侍女だ。
「あら。このお菓子……」
聖女様が何かに気付いたようだった。
「最近できたばかりの人気店のプチケーキでしょう? よく手に入りましたね」
「なんだ、知ってたのか」
「神殿にお布施と一緒に持ってきてくださった方がいらしたので」
でも、と聖女様が僕に目を向ける。
「ノアさんが作ったものではないのね。ちょっと意外だわ」
「いえ、僕は」
僕が料理をしなくなったことを、聖女様は知らない。
「お菓子は作らないんですよ」
ただそう言ってごまかした。
***
料理をしない。洗い物も使用人の仕事だ。僕は働きに出ているわけでもなく、一気にすることがなくなってしまった。聖女様を屋敷に招いたのは、僕が退屈しているからという理由が大きい。
「ねぇ、キーラン。僕、何か仕事が……」
「外で働きたいの? 駄目だよ、危険だ」
「そうじゃなくて。屋敷の中でできることでいいんだ。何かないかな」
敬語はやめて欲しいと懇願されて、キーランに対しては気安い言葉遣いで接するようになった。
「屋敷の中でか……何か……」
キーランは困ったように呟く。僕は学があるわけじゃない。帳簿付けの手伝いなんかはできないし、そもそも最低限とはいえ使用人がいるから僕がするべきことがない。
「そうだ」
何かを思いついたらしいキーランがにこりと笑った。
「勉強をしてみたらどうかな?」
「……勉強?」
「そう。家庭教師を屋敷に招いて、何か勉強をして。そうすれば退屈じゃなくなるし、ここでできる仕事も何か見つかるかも」
勉強か。僕の実家はただの農家で、きょうだいもいて、僕は学校にはほとんど行けなかった。もっと学びたかったと思わないわけじゃない。
「いいかもしれない」
「じゃあ誰か信用できる人を」
「あの、それなら」
早速家庭教師を探すというキーランに、僕は頼んだ。
「薬草と薬の勉強をしたい。できれば、庭も少し使わせてもらえると……」
僕がここに来てから、キーランに何かを願ったのは初めてだったと、後で気付いた。
***
「では今日はここまでにしましょう」
「はい。ありがとうございました」
キーランが手配してくれた薬学の先生は、優しいおじいちゃんで、話は面白くわかりやすかった。
「そろそろ調合もしてみましょうか」
「……僕にできますか?」
「ええ。まずは簡単なものから始めましょう。次に来る時には道具をお持ちしますよ」
「楽しみです。ありがとうございます」
老先生が帰って、復習のために本を読んでいたら、突然背後から抱き着かれた。
「うわっ」
こういうことをするのはキーランだけ。勇者の能力を無駄に使って、気配を消して近付いてくるのだ。
「ちょっと。やめてよ。びっくりした」
僕の頭上でキーランがくすくす笑う。
「俺のノアは今日も可愛いな」
キーランのものになったつもりはない。ないのだが。最近、とうとう使用人から「奥様」と呼ばれた。否定はしたものの、僕が生活も何もかもキーランの世話になっているのも確かで、おまけにキーランがこの態度。僕の否定は照れ隠しだと思われているようだ。
「今日は何を習ったんだ?」
「下級回復薬の作り方についてだよ。レシピが複数あって、似たような効果を持つ素材を使うと、材料が多少違っても同じ薬が作れるらしいんだ」
「へぇ……」
「次は実際に調合をさせてくれるって」
「ノアは老先生といると楽しそうだ」
僕の頭に顎を乗せ、キーランが拗ねたように言う。
「俺と話をしている時もそのくらいにこにこしていてくれたらいいのに」
「……? 今してるよ?」
確かに話題は薬や授業のことかもしれない。でも、老先生はここに居なくて、話しているのは僕とキーランだ。
「俺はこんなに君が好きなのに。君は言葉を返してくれないじゃないか」
「え」
いや、だって、そんな。今更……。
真っ赤になった僕を見て、勇者様がにやにや笑う。
「その顔。もしかして、そろそろ絆されてくれる気になった?」
耳を食まれてびくりと震え、僕は勇者の腕を掴んだ。
自分から抱きしめることはまだできない。英雄の隣に立つ決意が、覚悟が足りない。それでも。どうやら僕は自分の気持ちを認めるしかなさそうだった。
「ノアさん! 本当にここにいたんですね!」
「あ、はい。お久しぶりです……あの、剣士様と賢者様は」
今日は勇者パーティのメンバーと再会することになっていたはずだけど。
「あいつらのことは気にしなくていいよ」
キーランがそう言って、僕の肩を抱き寄せ、頭にキスをした。聖女様が再び驚き、僕は羞恥で赤くなる。
「キーラン。流石に人前でそれはどうかと思いますけれど。ノアさんが困っていますよ」
聖女様が呆れて、キーランが笑った。
「ノアは俺のものだって、主張したいんだよ」
「ノアさん、大丈夫ですか? この勇者様に無理をさせられていませんか?」
「あ……はい。ええと。大丈夫、です……」
この屋敷に一緒に暮らすようになってから、キーランは毎日、いや、毎朝毎晩僕を口説いてくる。まったく困っていないわけではないけれど、無理強いはされていない。
「それで、賢者様たちは」
「旅に出たよ。魔王がいなくなってもまだ安心して暮らせない場所は多いから、復興の手伝いをするんだって」
「そうなんですね」
旅にでる元気があるなら、魔王戦で負った怪我は後遺症なく治ったのだろう。挨拶くらいしてくれてもと思わなくはないけれど。
「とりあえず座って。お茶にしよう」
この屋敷の数少ない使用人のひとりが、お茶と焼き菓子を持ってきてくれた。孫がいるという中年女性で、明るい働き者の侍女だ。
「あら。このお菓子……」
聖女様が何かに気付いたようだった。
「最近できたばかりの人気店のプチケーキでしょう? よく手に入りましたね」
「なんだ、知ってたのか」
「神殿にお布施と一緒に持ってきてくださった方がいらしたので」
でも、と聖女様が僕に目を向ける。
「ノアさんが作ったものではないのね。ちょっと意外だわ」
「いえ、僕は」
僕が料理をしなくなったことを、聖女様は知らない。
「お菓子は作らないんですよ」
ただそう言ってごまかした。
***
料理をしない。洗い物も使用人の仕事だ。僕は働きに出ているわけでもなく、一気にすることがなくなってしまった。聖女様を屋敷に招いたのは、僕が退屈しているからという理由が大きい。
「ねぇ、キーラン。僕、何か仕事が……」
「外で働きたいの? 駄目だよ、危険だ」
「そうじゃなくて。屋敷の中でできることでいいんだ。何かないかな」
敬語はやめて欲しいと懇願されて、キーランに対しては気安い言葉遣いで接するようになった。
「屋敷の中でか……何か……」
キーランは困ったように呟く。僕は学があるわけじゃない。帳簿付けの手伝いなんかはできないし、そもそも最低限とはいえ使用人がいるから僕がするべきことがない。
「そうだ」
何かを思いついたらしいキーランがにこりと笑った。
「勉強をしてみたらどうかな?」
「……勉強?」
「そう。家庭教師を屋敷に招いて、何か勉強をして。そうすれば退屈じゃなくなるし、ここでできる仕事も何か見つかるかも」
勉強か。僕の実家はただの農家で、きょうだいもいて、僕は学校にはほとんど行けなかった。もっと学びたかったと思わないわけじゃない。
「いいかもしれない」
「じゃあ誰か信用できる人を」
「あの、それなら」
早速家庭教師を探すというキーランに、僕は頼んだ。
「薬草と薬の勉強をしたい。できれば、庭も少し使わせてもらえると……」
僕がここに来てから、キーランに何かを願ったのは初めてだったと、後で気付いた。
***
「では今日はここまでにしましょう」
「はい。ありがとうございました」
キーランが手配してくれた薬学の先生は、優しいおじいちゃんで、話は面白くわかりやすかった。
「そろそろ調合もしてみましょうか」
「……僕にできますか?」
「ええ。まずは簡単なものから始めましょう。次に来る時には道具をお持ちしますよ」
「楽しみです。ありがとうございます」
老先生が帰って、復習のために本を読んでいたら、突然背後から抱き着かれた。
「うわっ」
こういうことをするのはキーランだけ。勇者の能力を無駄に使って、気配を消して近付いてくるのだ。
「ちょっと。やめてよ。びっくりした」
僕の頭上でキーランがくすくす笑う。
「俺のノアは今日も可愛いな」
キーランのものになったつもりはない。ないのだが。最近、とうとう使用人から「奥様」と呼ばれた。否定はしたものの、僕が生活も何もかもキーランの世話になっているのも確かで、おまけにキーランがこの態度。僕の否定は照れ隠しだと思われているようだ。
「今日は何を習ったんだ?」
「下級回復薬の作り方についてだよ。レシピが複数あって、似たような効果を持つ素材を使うと、材料が多少違っても同じ薬が作れるらしいんだ」
「へぇ……」
「次は実際に調合をさせてくれるって」
「ノアは老先生といると楽しそうだ」
僕の頭に顎を乗せ、キーランが拗ねたように言う。
「俺と話をしている時もそのくらいにこにこしていてくれたらいいのに」
「……? 今してるよ?」
確かに話題は薬や授業のことかもしれない。でも、老先生はここに居なくて、話しているのは僕とキーランだ。
「俺はこんなに君が好きなのに。君は言葉を返してくれないじゃないか」
「え」
いや、だって、そんな。今更……。
真っ赤になった僕を見て、勇者様がにやにや笑う。
「その顔。もしかして、そろそろ絆されてくれる気になった?」
耳を食まれてびくりと震え、僕は勇者の腕を掴んだ。
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