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第二章 役立たず付与魔術師、【嫉妬の大罪】レヴィアタンを討伐する
第一九話「知ってる? 攻撃って、当たんないと意味ないんだよぉ〜〜?」
しおりを挟むねじれの塔の内部は、複雑怪奇を極めていた。
空間の歪曲は異常そのものであり、目がつかれるような不可能図形だらけであった。
図形は空間を歪める、と偉い人は言った。事象の一面をユークリッド幾何学の空間に投影するにはどうしても歪みが生じる。平面では全てを表現できないからだ。
よってこの世の図形は全て歪んでいる。その歪みを足し合わせると、一つの魔術となるのだ。
自己相似図形は次元が歪んでいる。リアス式海岸も、ロマネスコの花蕾も、バーンスレイのシダも、コッホ切片も、いずれも容量次元(※)が位相次元とずれている。
反復はねじれである。
無限に再帰を繰り返し、相似を構造に落とし込んで繰り返す。再帰と反復。だがこの場合はあえて、再生と考えるほうがよいかもしれない。
ねじれの中心に住まう魔物、空泳ぐクジラのレヴィアタンは、自己相似を無限に繰り返して、再生を繰り返していた。
「――あはっ、ざぁ~こ! 当たんないよぉだ、そんなだからずっとずっと、ず~~~~っと、同じことしかできないんだよ?」
衝突。ねじれの塔が大きく揺れて崩れる。
踊る。嘲笑う。
いつだって彼女はそうやって戦ってきた。
彼女は戦場の華。毒舌の言霊を繰り出して、事実を改竄して有利に歪めていく。
「知ってる? 攻撃って、当たんないと意味ないんだよぉ~~?」
きゃはは、おばかさぁん。
けらけらと笑い飛ばして、相手の格を相対的に零落させて、情けなさを決定づける。こんな幼子にも弄ばれるなんて、なんてよわよわなのでしょう、と相手の強さを弱体化させる。
子供に負けるなんて弱い。
それを逆手に取れば、子供に負け続けている状態を作りだせば、相手は弱くなる。
魔術とは、コンテクストを編み込むことである。世界の現象を都合のいい方向に作り替える行為。権威や迷信を借りて、事実をゆがめる行為。
炎の神の名前を借りて呪文と魔法陣を書き、魔力を注いだら炎が生まれる――それは炎をかたどる意味が力を宿したため。
であれば、逆にこの世の出来事に意味を付け加えたら――それによって魔術が発露するのだ。
なぜ魔術師は、最適効率化された数式で魔術を発動せず、わざわざ非効率でおどろおどろしい儀式を行って魔術を発動するのか。
なぜ言語は、たった一つの最適な体系に統一化されず、わざわざ文化ごとに意味を発散させて異なる歴史や事実を編纂するのか。
それは、意味を付与するためである。
この世界においては、意味の文脈こそが魔術なのだ。
暴れ狂うレヴィアタンを、ひらりひらりとかわし続ける。
か弱い少女、生意気な小娘、そんな存在に翻弄されている魔物は、実はたいした存在ではないのだ――という事実を少しずつ積み重ねていく。名ばかりの雑魚。そう、雑魚とは雑多な魚と書く。結局レヴィアタンも有象無象の魚の一つだと。
「ざぁこ、ざぁこ、ざこざこざぁこ、一週間たってもぜぇ~んぜんモモに敵わないってことがわかんないのぉ?」
きゃはは、こ~んなに大きいのに、こ~んなに小さいモモに勝てないんだぁ。
対比がすべて、レヴィアタンを弱体化させる。世に知られる虚ろなる魔王と、こましゃくれた少女との対比が、魔王のありとあらゆる可能性を矮小化させている。
これこそがメスガキ華撃団のトップスタア、モモの戦い方なのである。
「ほら、負けちゃえ❤ 負けちゃえ❤」
ざぁこ、ざぁこ。モモに全然勝てないざぁこ。
事実は――しかし、危ういバランスで拮抗している。
モモは屈指の呪術師である。踊りも詠唱も、すべてが相手を弱体化させる最適なもので構成されている。対比を駆使し、言語魔術を繰り合わせて、相手を弱体させ続けてようやく、この状況を維持できている。
比して、レヴィアタンはどうか。果たしてこの感情のない生き物が、本気を出していると言えるだろうか。
感情がないのかは不明である。しかし虚ろなる魔王の一角、こののっぺりしたクジラが必死であるかといわれると定かではない。
クジラは、ただあるべくしてあるだけ。もしかすれば小躍りしている彼女なんて歯牙にもかけていないのかもしれない――。
今はクジラの注目を全力でひきつけることで、この苦しい拮抗を引き延ばし続けているのだが、さすがに無理が隠し切れない。
再生を続けるクジラと違って、モモは、生傷だらけになっている。
(……人質さえいなければ)
考える。このねじれの塔に住んでいた貧民たちさえいなかったら、司馬孔策率いるチーム【初司馬伝記纂行】からの超広域殲滅魔術で大打撃を与えられていた。
彼らさえいなかったら、人質救出チームと陽動チームに分かれて行動する必要もなく、数に任せて戦いを有利に運ぶことが出来た。
彼らさえいなかったら、戦いの中に見つけた攻めの好機を、避難にもたつく貧民の護衛でつぶすことはなかった。
彼らさえいなかったら、勝負が不利に傾いたと分かるや否や、すぐに撤退して態勢を整え直すことだって出来た。
彼らさえいなかったら――そんな八つ当たりのような仮定が無数に浮かび上がる。
一週間。
中にいる閉じ込められてしまった人々を助けるべきかどうか、議論を慎重に重ねた末に、この苦肉の策を取らざるを得なかった。
どれほどに歯がゆかったか。
間抜けな動き方をする貧民をかばうために仲間たちが傷つくのを、どんな気持ちで我慢すればよかったか。
挙句の果てに、救助が遅いとか、もっと早く来てくれたらあいつは死ななかったとか、そんな罵るような言葉を浴びたときに、一体この怒りはどこにぶつけたらよかったのか。
「――ばぁか❤ ざぁこ❤ のろま❤ さっきから全然効いてないよーだ、べろべろばー!」
救援は、まだ来ないのか。
ねじけた空間をひらりひらりと踊る孤独なスタアは、足の裏の血豆をひた隠しに、飛び跳ね続ける。
嫉妬とは、己と他者を比べることである。
無限に相似を反復させて得られる写像は、複雑怪奇なフラクタル幾何を描く。始まりと終わりがない混沌。考え続ける限り、きりがないもの。
妬み、嫉み、その思考の渦から抜け出せない限りは、再帰的に差を参照し続けて、歪んだ虚像をみるみるうちに膨れ上がらせていく。
それは、貧民たちであった。
持たざる者たちは、持つものを妬み、嫉み、己に足りないものをずっと希った。生まれを妬んだ。育ちを妬んだ。名を妬んだ。血を妬んだ。愛を妬んだ。ありとあらゆるものを妬んだ。今、手に届かぬ全てを妬んだ。手を伸ばすことよりも、妬むことを選んだ。
ねじれた塔に集まった嫉妬の感情は、この世に在らざる気配を纏いつつあった。
人の欲望が濃密になって結実したとき、それは徐々に化け物の形になり替わりつつあった。
この世は歪んでいる、と誰もが考えた。
だから、このねじれた塔に歪みが集まった。
延々と続く比較の獣。
折りたたまれた歪みは、渦を巻いて命となる。
その名は嫉妬。その名は大罪。
虚ろなる魔王、レヴィアタン。
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