「桜の下の禁じられたメロディ」

第5章: 卒業への軌跡 - それぞれの道へ

話１６：交錯する運命

夜の静寂が深まる中、椎名は自宅の部屋で勉強をしていたが、集中できずにいた。なぜか奏からのメッセージを待っている自分がいる。しかし、奏からの連絡は来ない。椎名の心は奏の安全を確かめたいという強い願望に駆り立てられる。

不安に駆られた椎名は、香奈にメッセージを送る。しかし、その返信はなく、既読マークもつかない。それを確認するたびに、椎名の胸の内にある不安は大きくなっていく。そして、我慢できずに奏に電話をかけるが、その電話もつながらない。椎名の心はどんどん重くなっていく。

「もしかして何かあったのかもしれない」という思いが頭をよぎり、椎名は奏の部屋に向かう。しかし、部屋には誰もおらず、ただ静かな空間が広がっているだけだった。再び携帯電話で奏に連絡を試みるも、相変わらず繋がらない。

椎名は自分の胸が苦しくなるのを感じる。奏がいつもそばにいてくれることがどれほど安心感を与えていたか、その事実に改めて気づく。しかし今、その奏がどこにも見つからない。このままでは夜も眠れそうにない。奏の安否が気になり、心がどんどん重く沈んでいく。

椎名は一人、不安と戦いながら、どうにかして奏の居場所を見つけ出そうと決心する。しかし、その一方で、奏が無事であることをただただ祈るしかない。静かな夜が椎名の心の叫びを包み込む。

椎名は奏の部屋の周辺を必死で探し回った。静まり返った夜の街、いつもと違う異様な空気に包まれている。そして、大通りに出たとき、椎名の目の前には想像を絶する光景が広がっていた。

事故現場では警察官や救急隊員が慌ただしく動き回っており、救急車のサイレンが夜の静寂を切り裂いていた。椎名はその場に立ち尽くし、事故に遭ったのが奏ではないかという恐怖に襲われる。近くの警察官に事故の詳細を尋ねるも、事故情報は関係者以外には教えられないと告げられる。

その時、偶然通りかかった人々の会話から、事故に遭ったのは若い女性だったという情報を耳にする。その一言が椎名の心に深く突き刺さる。まさか奏が…という考えが頭をよぎるが、同時にそれを信じたくないという思いも強くなる。

椎名はパニックに陥りながらも、何とか冷静さを保とうとする。しかし、どう行動すべきか、何をすればいいのか、思考は混乱し続ける。奏の安否が気になり、自分の足が地面についているのさえも感じられないほどだった。

椎名は深い呼吸を繰り返し、次の一歩を踏み出す勇気を振り絞る。奏を探し、奏の無事を確かめなければ、この恐怖と不安から逃れることはできない。奏が待っている、そう信じて。椎名は重い足を前に進める。夜の街は静かでありながらも、椎名の心の中では激しい波が押し寄せていた。

椎名の心は焦りと不安で満たされていた。何度も何度も奏への電話をかけ続ける。その度に、不安が膨らみ、心は重く沈んでいく。しかし、ある時、突然電話が繋がった。「奏！奏！」と椎名は必死に奏の名を呼び続ける。

しかし、反対側から聞こえてきたのは、予期せぬ女性の声だった。「こんにちは、こちらは中央病院です。この携帯電話は、事故に遭われた方のもので、現在当院に運び込まれています。ご関係者様ですか？」椎名の心臓は一瞬で凍り付いた。血の気が引くような静寂が、椎名を包み込む。

「はい、そうです。私は奏の…」と椎名は声を震わせながら答えた。女性は落ち着いた声で話を続ける。「患者様は現在、治療を受けております。意識はありませんが、命に別状はありません。状況が変わりましたら、こちらからまたご連絡します。」

椎名の足が地につかなくなる。奏が、奏が…。その事実だけが、椎名の心を支配していた。病院へ向かうべきか、それとも待つべきか。混乱する思考の中で、椎名は決断を下す。「すぐに行きます。どうか、どうか奏を…」

電話は切れ、椎名は奏が入院している病院へと急ぐ。夜の街は静かで、どこか現実離れしているようにも感じられる。しかし、椎名にはそれを感じる余裕もなく、ただ一心不乱に奏の元へと向かう。奏との思い出が脳裏をよぎり、椎名の足はさらに速く、確かな一歩を踏み出すのだった。