現(うつつ)の夢

しらかわからし

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第1章 夏の始まりと塀の向こうの少年

第4-6話 夕陽の坂道と未来の気配

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「 『龍』さんと書いてあったのは、龍児のご先祖さんかな?」

「それはどうだか分からないよ。聞いた事はないし、元々俺は人間だったみたいだからさ」

「そっか、そう言う事は聞かされてないんだね」

「うん、でも他の妖怪あやかしは皆、龍の体なんだけど、俺と長老だけ羽があるんだよ。だから多分、俺もそう勝手には思っているんだ」

「でも私が龍児とキスをするだけで、あんなに気持ち良くなるんだから、龍児はその『龍』さんには、それなりに関係はしているんだろうね?」

「そういう事なのかもしれないね。キスをしたのは綾香が最初だったし、その他の人間とキスをした事もないから分からないからさ」

「確かに、そうだよね」

「足はもう大丈夫なのか?」

「うん、キスをしたら治っちゃった。本当に不思議な力を持っているんだね。龍児は」

「こればかりは自分じゃ分からないからな」

「確かにそうだよね」と言って二人は石段を下りだした。

 帰り道の石段に覆いかぶさる葉っぱのトンネルの隙間から傾いた夕陽の光が柔らかなオレンジ色となって石段を斑に照らし、相変わらず蝉の声がシャワーのように降り注いでいた。

「人間の住む村と妖怪あやかしの住む山との間に、あの坂で境界線を引かれているのに龍児がその境界線を越えてきているんだから、あの神社はあまり効力がないのは分かるけど、龍児はどうして村に来たのかなー、って思うんだけど?」

 綾香が間延びした言葉で尋ねると、龍児は夕陽色に染まった顔で、ジロッと彼女を睨んだ。

「どうして……って……、『一緒に遊ぼう』って、綾香が言ったからだろ?」

「あっ!」

 そういえば初めてあった日にそう言った。

「だから遊びに来てくれたんだ」

「それに綾香を見ていたら、姉の美奈子のことをやたら鮮明に思い出した。なんか、待っているだけじゃダメなんだって思ったんだよな」とフゥ~とため息を吐きながら目線を綾香から紅い空に向けた。

「姉の美奈子を村に出て行ってでも能動的に探さないといけないのではと思ったからさ」とポツリと付け足して、沈みかけの太陽を悲しそうな目で見詰めた。

 綾香も同じ方を向いて、「美奈子さん……」と一言、呟いた。

 そういえば、龍児は綾香をその人と間違えるほど、必死に彼女を捜しているのだ。

「あのさ、綾香。俺は妖怪あやかしだけど、人間には悪さをしないから、もう少しだけ村にいさせてくれないかな?」と龍児がポツリと言った。

「もうすぐ、姉貴に会える気がするんだ」

「私が居させるとか言えた義理じゃないけど、私だってずっと龍児と過ごしていたいのは山々だから夏休みが終わるまで一緒にいたいよ」

 夕日を浴びた龍児の残切り頭の髪がキラキラと透き通って見えた。

「姉の……美奈子に、今なら会えそうな気がするんだよ。そういう理由がなきゃ、俺だって村になんかに下りて来ないしさ」

 東京品川区西五反田の氷川神社の雷の火事でとっくに死んだ弟が生きているとも死んでいるとも分からない姉を捜してどうするんだろう。よく分からないけれど、龍児には彼なりの理由があって、わざわざ村にまでやってきたのだ。

「なんかよく分からないけど……、それに龍児が悪さするなんて、初めから思ってないし、いつも私を助けてくれるスーパーマンだから」

 そう返すと、龍児はチラッとだけ彼女に目をやって、ヘヘヘッと笑った。

 目の前の夕陽が眩しくて目を瞑った。彼の瞼の裏に未来の綾香と美奈子ともう一人の女性の世界が広がって見えていた。そしてこの時に彼は目の前の将来の綾香と結婚をする事が見えていた。しかしそれはずっと先の事だった。
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