現(うつつ)の夢

しらかわからし

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第1章 夏の始まりと塀の向こうの少年

第7-5話 ちらし寿司と未来の気配

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 それを渡して縁側に出戻ると、ぎょっとした。中からは障子で丁度見えなかったが庭に龍児がいた。

「あれ? まだいたんだ!」

「なんかいい匂いがしたから、もう一回遊びにきたんだよ」

「もう、庭からじゃなくて玄関から入ってきてよ」

 綾香たちの会話が聞こえたのか、背後で戸が開いた。母親がこちらを覗き込んでいた。

「綾香、誰と話して……あら、お友達かな?」

 手には紅ショウガや海老や錦糸卵の乗った皿を持っている。母親はこちらに歩み寄ってきて、縁側から龍児を見下ろした。

 龍児がなにか言おうと、パカッと口を開けた。が、その口に茹でた海老を放り込んだ。龍児は戸惑いながらもモグモグと味わっていた。

「美味しい?」

 母親が龍児に微笑む。この人は顰蹙ひんしゅくのB型で自由でマイペースな人なのだ。龍児は海老を飲み込み、パアッと目を見開いた。

「美味しい! 何だこれ?」

「美味しかったんだね。初めまして。綾香のお友達くん」

「この子は龍児って言うの」

「そうなのね。じゃあ、昼食まで二人で遊んで来なさい。ごゆっくりね」と言って二人にウインクして、母は冷ました酢飯を持って、台所に戻っていった。取り残された綾香と龍児は縁側に座った。

 龍児は横目で綾香を見た。

「あれ、綾香のママか。幸子がいて、幸子の息子が今の人と結婚して、そんで綾香がいるのか?」

「そうだね」

「子孫ってそういうことなんだな。知っていたけど、実感したよ。妖怪あやかしは、子孫はいないからな。皆、別々だからさ」

 龍児がどこか遠くを見るような目で、ポツリポツリと呟くように続けた。

妖怪あやかしが人間に嫌われるのは知っている。本を見て、何でそんなに嫌われるのかも理解した。姉貴は男にモテるけどな」と龍児。

「美奈ちゃんは男性にモテるんだ?」と綾香が怪訝そうに。

「あぁ」と龍児。

「私は?」と綾香。

「言わない方がいいと思うからヤメとくよ」と龍児。

「何で?」

「最終最後の事が分かったらつまらないだろ?」

「確かにそうだよね。でも私は将来龍児と結婚するんだよね?」と綾香が言った。

「あぁ、それだけはそうだよ。俺は悲しいかな、この妖怪あやかしでいる間は将来が見通せてつまらないんだけどね。でも嫌な事や辛い事は一般の人間同様に降り注ぐから東京に行っても頑張らないとね」と龍児。

 龍児は言葉を選んでいた。綾香は嬉々としてその横顔を見つめていた。

 それだけ言って、龍児は塀を飛び越えていなくなった。

 ◇◆◇

「あの子、帰っちゃったの? 一緒にお昼食べようと思ったのに」

 台所に戻ると、母親がちらし寿司の皿を並べながらそう言った。食器を置いていた父親だった。

「ほれ、ご飯できだど。食べっぺなぁ」

 祖母の声にテーブルを見ると、きれいに具が散りばめられた、ちらし寿司と周りにおかずが並んでいた。

「いただきます!」

 父と母がいる賑やかな食卓だ。嬉しいような特別でもないような、変な気持ちになっていた綾香だった。

 食事中、良く喋る母は終始、祖母と楽しそうに話していた。この二人は変わり者同士で以前は仲が悪かったけど、最近は仲良しで、嫁姑問題とかいう奴は、今の二人の仲には無い。

 龍児が話していたことを思い出す。祖母の息子がパパで、パパとママが結婚したから綾香がいる。

 自分の知らない時間を、この人たちが知っている。もっと昔の話になれば、祖母も知らない時間になる。昔のことって、そうやって薄れていくのだろう。でも綾香と龍児の未来は決まっていた。それだけで綾香は嬉しかった。

 お昼を食べたら、パパとママは早急に帰らなくてはならない。仕事があるからだ。祖母と綾香とパパとママで墓参りに行った後にふたりして慌てて支度をして、水色の車に乗り込んで帰って行った。

 祖母が寂しそうに見送る。

「気ぃつけで帰んねばだめだど~」

 祖母に会釈して、母は祖母と綾香を交互に見て、「綾香をよろしくお願いします。綾香、お祖母ちゃんに迷惑かけないでよ」と。

 父もお辞儀して、水色の車は東京に向けて発車した。この場所からあの車の後ろ姿を見送るのは二回目の綾香だった。 
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