1 / 5
クソガキ
しおりを挟む
学校の壁をしている者です。学校とは素晴らしいですよ。いるのは先生と生徒だけ。特殊な環境、特殊な立場。1年ごとに狭く広く、様々な変化が訪れ、どれだけ美しい青春もいずれ必ず終わりを迎えます。いえ、終わりがあるからこそ、青春は美しいのです。......おっと、少々前語りをしすぎてしまいましたね。それでは私のとっておきを、お話致しましょう。
この高校の最終下校時刻は、18時15分。市内に流れる18時を知らせる音楽を合図に、遅くまで残っていた生徒達も一斉に下校の準備を始める。2月のこの時期、高3生は自由登校だ。数ヶ月前まではあんなに騒がしかった教室も、今ではがらんとしていて物寂しい。そんな人気のない3年生の廊下を、1人の教師が見回っていた。外はすっかり暗く、どの教室にも明かりはついていない。教師は手元のスマートフォンの明かりを頼りに、残っている生徒が居ないか丁寧に1つ1つ教室の扉を開けていった。18時を告げる音楽も流れきって、教師の足音とガラガラという扉の音だけが廊下に響く。さて、教師が自身が担任する3年4組の扉に手をかけた、その時。
「せーんせ、待ってたよ」
暗闇の中から不意打ちに声をかけられ、教師は情けない声を上げる。持ってるスマートフォンを落としそうになりながら慌てて中を照らすと、そこには席に座り、いたずらっぽく手を振る教師の教え子がいた。
「佐々木か、なんだよ驚かせやがって」
教師がやれやれと溜息をつく。佐々木と呼ばれた生徒は、そんな教師の様子を見てケタケタと笑った。
「久しぶり、元気?」
「......まあな。お前の方こそ元気か?」
「うん!元気だよ、進路も決まってるし毎日遊び放題」
佐々木はあっけらかんと答えると、おもむろに立ち上がり、教師の元へ近づいていく。教師はどう反応したらいいか分からない様子で、ただそれを黙って見ていた。
「何しに来たのか聞かないの?」
小柄な佐々木が、わざとらしく下から教師の顔を覗き込む。教師は咄嗟に顔を逸らし、ぶっきらぼうに言った。
「いいから、お前も早く帰れ。もうすぐ下校時間だぞ」
教師らしく下校を促すその声は、何かを誤魔化そうとしているようだった。もうとっくに気がついてしまっている何かに、触れまいとしているようだった。
「そういうの、傷つくんだけど」
立ち去ろうとする教師の背中に向かい、佐々木は小さな声でそう言って、下を向いた。先程までの生意気な立ち振る舞いとはうってかわって、随分と弱々しかった。教師の動きが止まる。
「......分かったよ。言いたいことがあるなら、聞いてやる」
観念したようにそう言うと、教師は振り返った。佐々木と教師の瞳がかち合う。
「俺が気持ち伝えようとしてるの、ずっと避けてきたでしょ。知ってるからね」
不満げにそう言われ、教師はバツの悪そうな顔をした。
「......ああ。悪かったよ」
少しの沈黙。教師はもう、目を逸らさなかった。佐々木の方はもう一度下を向き、震える手をギュッと握った。そして、息を大きく吸い込み、吐く。1呼吸置き、意を決して、再び教師の顔を見た。教室が緊張感でピリッと張り詰める。
「俺さ、先生のこと好きなんだよね」
そう口にして、佐々木はほっとしたように緊張を緩めた。やっと言えた、というように。対して教師の方は、ぐっと喉に返事が詰まっているようだった。咄嗟に出てきたものを必死に飲み込み、教師らしい言葉を捻出しようとしているのか、考えを巡らしていた。そんな教師の様子を、佐々木はただ愛おしそうに眺めていた。
「気持ちは素直に嬉しいよ。ただ、お前は学生で俺は教師だ。だから......その想いに応えてやることは出来ない」
教師は佐々木の目を見てはっきりと、そう告げた。
佐々木はそれに対し、分かっていたというようにゆっくりと頷いた。
「......勇気がいっただろ。ありがとな」
その声音はとても暖かかった。教師は佐々木の頭をくしゃくしゃと撫でると、再び教室の扉に手をかけた。
「ね、せんせ」
佐々木が少し掠れた声で呼びかける。教師が振り返ると、佐々木は教師の白衣の胸元をぐいっと引っ張り、呆気に取られている教師の唇にキスをした。教師が目を見開くのを見て、佐々木はいたずらっぽく、憎らしいほど満足気に笑った。
「じゃ、またねー」
動けずにいる教師を置き去りに、佐々木は颯爽と教室を出ていった。後に残ったのは、まるで何事もなかったかのような暗闇と静寂だけだった。いや、何も起こらなかったはずはない。その証拠に、教師は思わず片手で顔を覆い、その手で持ち上がった眼鏡がカチャリと音を立てた。
「......あの、クソガキッ」
この高校の最終下校時刻は、18時15分。市内に流れる18時を知らせる音楽を合図に、遅くまで残っていた生徒達も一斉に下校の準備を始める。2月のこの時期、高3生は自由登校だ。数ヶ月前まではあんなに騒がしかった教室も、今ではがらんとしていて物寂しい。そんな人気のない3年生の廊下を、1人の教師が見回っていた。外はすっかり暗く、どの教室にも明かりはついていない。教師は手元のスマートフォンの明かりを頼りに、残っている生徒が居ないか丁寧に1つ1つ教室の扉を開けていった。18時を告げる音楽も流れきって、教師の足音とガラガラという扉の音だけが廊下に響く。さて、教師が自身が担任する3年4組の扉に手をかけた、その時。
「せーんせ、待ってたよ」
暗闇の中から不意打ちに声をかけられ、教師は情けない声を上げる。持ってるスマートフォンを落としそうになりながら慌てて中を照らすと、そこには席に座り、いたずらっぽく手を振る教師の教え子がいた。
「佐々木か、なんだよ驚かせやがって」
教師がやれやれと溜息をつく。佐々木と呼ばれた生徒は、そんな教師の様子を見てケタケタと笑った。
「久しぶり、元気?」
「......まあな。お前の方こそ元気か?」
「うん!元気だよ、進路も決まってるし毎日遊び放題」
佐々木はあっけらかんと答えると、おもむろに立ち上がり、教師の元へ近づいていく。教師はどう反応したらいいか分からない様子で、ただそれを黙って見ていた。
「何しに来たのか聞かないの?」
小柄な佐々木が、わざとらしく下から教師の顔を覗き込む。教師は咄嗟に顔を逸らし、ぶっきらぼうに言った。
「いいから、お前も早く帰れ。もうすぐ下校時間だぞ」
教師らしく下校を促すその声は、何かを誤魔化そうとしているようだった。もうとっくに気がついてしまっている何かに、触れまいとしているようだった。
「そういうの、傷つくんだけど」
立ち去ろうとする教師の背中に向かい、佐々木は小さな声でそう言って、下を向いた。先程までの生意気な立ち振る舞いとはうってかわって、随分と弱々しかった。教師の動きが止まる。
「......分かったよ。言いたいことがあるなら、聞いてやる」
観念したようにそう言うと、教師は振り返った。佐々木と教師の瞳がかち合う。
「俺が気持ち伝えようとしてるの、ずっと避けてきたでしょ。知ってるからね」
不満げにそう言われ、教師はバツの悪そうな顔をした。
「......ああ。悪かったよ」
少しの沈黙。教師はもう、目を逸らさなかった。佐々木の方はもう一度下を向き、震える手をギュッと握った。そして、息を大きく吸い込み、吐く。1呼吸置き、意を決して、再び教師の顔を見た。教室が緊張感でピリッと張り詰める。
「俺さ、先生のこと好きなんだよね」
そう口にして、佐々木はほっとしたように緊張を緩めた。やっと言えた、というように。対して教師の方は、ぐっと喉に返事が詰まっているようだった。咄嗟に出てきたものを必死に飲み込み、教師らしい言葉を捻出しようとしているのか、考えを巡らしていた。そんな教師の様子を、佐々木はただ愛おしそうに眺めていた。
「気持ちは素直に嬉しいよ。ただ、お前は学生で俺は教師だ。だから......その想いに応えてやることは出来ない」
教師は佐々木の目を見てはっきりと、そう告げた。
佐々木はそれに対し、分かっていたというようにゆっくりと頷いた。
「......勇気がいっただろ。ありがとな」
その声音はとても暖かかった。教師は佐々木の頭をくしゃくしゃと撫でると、再び教室の扉に手をかけた。
「ね、せんせ」
佐々木が少し掠れた声で呼びかける。教師が振り返ると、佐々木は教師の白衣の胸元をぐいっと引っ張り、呆気に取られている教師の唇にキスをした。教師が目を見開くのを見て、佐々木はいたずらっぽく、憎らしいほど満足気に笑った。
「じゃ、またねー」
動けずにいる教師を置き去りに、佐々木は颯爽と教室を出ていった。後に残ったのは、まるで何事もなかったかのような暗闇と静寂だけだった。いや、何も起こらなかったはずはない。その証拠に、教師は思わず片手で顔を覆い、その手で持ち上がった眼鏡がカチャリと音を立てた。
「......あの、クソガキッ」
0
あなたにおすすめの小説
鎖に繋がれた騎士は、敵国で皇帝の愛に囚われる
結衣可
BL
戦場で捕らえられた若き騎士エリアスは、牢に繋がれながらも誇りを折らず、帝国の皇帝オルフェンの瞳を惹きつける。
冷酷と畏怖で人を遠ざけてきた皇帝は、彼を望み、夜ごと逢瀬を重ねていく。
憎しみと抗いのはずが、いつしか芽生える心の揺らぎ。
誇り高き騎士が囚われたのは、冷徹な皇帝の愛。
鎖に繋がれた誇りと、独占欲に満ちた溺愛の行方は――。
久々に幼なじみの家に遊びに行ったら、寝ている間に…
しゅうじつ
BL
俺の隣の家に住んでいる有沢は幼なじみだ。
高校に入ってからは、学校で話したり遊んだりするくらいの仲だったが、今日数人の友達と彼の家に遊びに行くことになった。
数年ぶりの幼なじみの家を懐かしんでいる中、いつの間にか友人たちは帰っており、幼なじみと2人きりに。
そこで俺は彼の部屋であるものを見つけてしまい、部屋に来た有沢に咄嗟に寝たフリをするが…
上司、快楽に沈むまで
赤林檎
BL
完璧な男――それが、営業部課長・**榊(さかき)**の社内での評判だった。
冷静沈着、部下にも厳しい。私生活の噂すら立たないほどの隙のなさ。
だが、その“完璧”が崩れる日がくるとは、誰も想像していなかった。
入社三年目の篠原は、榊の直属の部下。
真面目だが強気で、どこか挑発的な笑みを浮かべる青年。
ある夜、取引先とのトラブル対応で二人だけが残ったオフィスで、
篠原は上司に向かって、いつもの穏やかな口調を崩した。「……そんな顔、部下には見せないんですね」
疲労で僅かに緩んだ榊の表情。
その弱さを見逃さず、篠原はデスク越しに距離を詰める。
「強がらなくていいですよ。俺の前では、もう」
指先が榊のネクタイを掴む。
引き寄せられた瞬間、榊の理性は音を立てて崩れた。
拒むことも、許すこともできないまま、
彼は“部下”の手によって、ひとつずつ乱されていく。
言葉で支配され、触れられるたびに、自分の知らなかった感情と快楽を知る。それは、上司としての誇りを壊すほどに甘く、逃れられないほどに深い。
だが、篠原の視線の奥に宿るのは、ただの欲望ではなかった。
そこには、ずっと榊だけを見つめ続けてきた、静かな執着がある。
「俺、前から思ってたんです。
あなたが誰かに“支配される”ところ、きっと綺麗だろうなって」
支配する側だったはずの男が、
支配されることで初めて“生きている”と感じてしまう――。
上司と部下、立場も理性も、すべてが絡み合うオフィスの夜。
秘密の扉を開けた榊は、もう戻れない。
快楽に溺れるその瞬間まで、彼を待つのは破滅か、それとも救いか。
――これは、ひとりの上司が“愛”という名の支配に沈んでいく物語。
【完結】 男達の性宴
蔵屋
BL
僕が通う高校の学校医望月先生に
今夜8時に来るよう、青山のホテルに
誘われた。
ホテルに来れば会場に案内すると
言われ、会場案内図を渡された。
高三最後の夏休み。家業を継ぐ僕を
早くも社会人扱いする両親。
僕は嬉しくて夕食後、バイクに乗り、
東京へ飛ばして行った。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる