壁。

柚木よう

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幼なじみ

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私は松井家の壁をしている者です。この家には今年27歳になる引きこもりの1人息子がいまして、かつては明るく頭も良い優秀な子だったんですがね、いつしかすっかり自分の殻に閉じこもってしまったんですよ。さて、この子にはこれまた優秀なさかき君という幼なじみがいましてね。松井君が引きこもっているという話を耳にした彼は、ある日突然、この松井家を訪れました。

「折角久し振りに来てくれたのにごめんね、榊君。友樹ともきったらもう何年も引きこもっちゃってて......」
友樹の母親が申し訳なさそうにそう言うと、榊は首を振った。
「気にしないでください、僕が勝手に来たんですから。暫くここで待ってみても良いですか」
「ええ......。私はちょっと用事があるから、好きに寛いでいってね。冷蔵庫にあるものは何でも食べて大丈夫だから」
「ありがとうございます、おばさん」
榊がにこやかに礼を言うも、友樹の母親は軽く会釈をするのみで、そそくさと家から出て行ってしまった。榊は難関国立大を卒業し、現在は有名企業に勤めている紛うことなきエリートである。対して自分の息子は大学受験に失敗し、そこから現在に至るまで働きもせず実家でひきこもっている。母親からすればいたたまれない気持ちになるのも無理は無い。
友樹の母親が去ると、榊はふうと息を吐いた。廊下は冷房が効いておらず、じわじわと暑さが蝕む。セミの鳴き声がうるさいくらいに響いていた。榊は友樹の部屋の扉を3回ノックした。返事は無い。物音もしなかった。榊が口を開く。
「なあ、友樹。起きてるんだろ?そうやって息を潜めて......ふっ、ははは」
込み上げてくる笑いを抑え切れないようだった。優等生でエリートな榊は、もうそこにはいない。
「惨めだなぁ」
榊は乱暴にドアの取っ手をガチャガチャと鳴らす。
「なぁ、幼なじみの俺が来ても顔も合わせらんないんだもんなぁ。なんて情けない奴なんだ、お前は。ほら、ほらほらほら、悔しかったら開けてみろよ」
少し間を置いて、扉の鍵がカチャリと音を立てて回った。榊はしてやったりと言うように口角を上げる。扉を開くと、友樹が苦虫を噛み潰したような顔をして立っていた。髪は寝癖だらけで伸び放題、寝巻きも着古されている。
「久しぶり、友樹。何とも無様な様子で何より」
「相変わらずの口と性格の悪さだな、みつる
充がニタニタと意地の悪い笑みを浮かべているのに対し、友樹は随分とバツが悪そうだった。
「何しに来たんだよ、エリートは忙しいだろ」
「まあね、君と違って忙しいのに予定の合間を縫って来てあげたんだからもうちょっと嬉しそうにしなよ、ニート」
ニートという言葉に友樹が顔を歪める。充は友樹の癇に障る言葉を選ぶのが上手かった。
「この上なく堕落しきった社会の最底辺のくせして、それを言葉にされると嫌なんだ。相変わらずプライド高いね、友樹。昔はそれに見合った実力があったから良かったけど、今の君は見ていられないよ」
友樹は顔を背け、握った拳を震わせた。そして、絞り出すように言葉を紡ぐ。
「見て、いられないなら、帰れ。2度と、来るな」
充はそんな友樹の様子を見て目を輝かせた。
「あれっ、友樹、泣いてるの。27歳にもなって?恥ずかし~」
充の言葉を聞くや否や、友樹は衝動的に殴りかかった。渾身の一撃だったようだが、その拳を友樹より一回り背の高い充は簡単に受け止める。悔しそうに相手を睨みつける友樹の目にはいっぱいの涙が溜まっていた。一生懸命泣くのを堪えようとしているようだったが、1度雫が目尻から滴り落ちると、その後は留まることなく流れ続けた。しゃくりあげながら、友樹が言う。
「なんでっ、そんな意地悪なっ、こと、言うんだ......。俺だって、なりたくて、こんなっ......」
充はそんな友樹の顔を両手で包み込むと、その指で優しく涙を拭った。友樹が驚いたように充の顔を見ると、充はにっこりと笑う。
「そうだよね、なりたくてなった訳じゃないよね。だって友樹がこんな風になったのは......俺のせいだもんね」
「俺の......?」
困惑している友樹をよそに、充は随分と嬉しそうに事の真実を告白した。
「友樹は賢かった。でも少々自信過剰な所が玉に瑕だったね。俺はそれを利用したんだ。友樹はそこらの国立大なら余裕で入れるくらいの頭は持ってたけど、難関大の医学部に届く程では無かった」
「でも、俺は、どうしても入りたくて......」
「何でそこまでして入りたかったんだろうね」
友樹は自らの記憶を辿るかのように考え込んだ。それから少しして、目を見開く。なにかに思い当たったようだった。
「お前が......俺には難関大の医学部が似合ってるって......」
充がパチンと手を叩いた。
「そう、その通り。ついでに友樹なら余裕だよって根拠の無いヨイショもしてあげた。俺は文系だし余裕のある志望校にしてたから平気だったけど、友樹は余裕ないくせにそんな俺と一緒に呑気に遊び呆けてたね」
「あぁ......あぁぁ......」
自らがまんまと幼なじみの罠にハマったことに気づいた友樹は、その場で頭を抱えてうずくまった。
「馬鹿だねぇ、友樹は。そんな所も大好きだけど」
小さな声で呟かれたそれは、友樹の耳には届かなかった。
「さて、と」
充は堂々とした動きで友樹のベッドに座り、足を組んだ。それは自然とうずくまる友樹を見下ろす形になる。
「優秀な俺が、哀れな友樹君にチャンスをあげよう」
その言葉に、友樹はおずおずと顔を上げた。
「チャンス......?」
「俺は近々独立して起業する予定でね。そのための準備はすっかり整ってるけれど、1つだけポストを空けてある。今はすっかり落ちぶれた君だけど、ちゃんと学んで努力すればかなり優秀な人材に化けるってことを、幼なじみの俺は知っている」
「じゃあ......」
友樹が期待と不安の入り交じった眼差しを充に向ける。充はそんな友樹を見下ろし、意地の悪い笑みを浮かべた。明らかに何かよからぬ事を企んでいる顔だった。
「でもいいのかい?これを呑むなら君は、もう一生俺には逆らえないよ。絶対服従ってやつだ」
絶対服従。その言葉に、友樹は下唇を噛み、拳を固く握る。屈辱感をその身いっぱいに表現する友樹に、充は容赦なく自らの右足を差し出した。それの意味することは明らかだった。
「さ、どうする?」
疑問形だが、選択肢など無いに等しい。友樹はゆっくりと身体を起こし、充の足の前に跪く。冷房のついた快適な部屋に、友樹の額の汗と荒い息遣いはあまりに場違いだった。対する充は汗1滴かかず、まるでカフェで珈琲を味わっているかのようなくつろぎぶりである。残酷なまでに支配者と下僕だった。友樹は手を震わせ、顔を真っ赤にしながら、自らの意思で頭を垂れた。自らの足に口付ける下僕の様を、支配者は恍惚とした表情で見つめていた。ただの下僕を手中に収めた感慨にしては大袈裟で、ずっと欲しかった宝物を手に入れた喜びといった方がふさわしかった。
「君はきっとそうすると思ってたよ」
満足気な様子の充を、友樹は潤んだ瞳でキツく睨み上げた。下僕としてはあるまじき表情だが、近年で1番人間らしく熱の篭った顔をしていた。

早速パシリとして買いに行かされたアイスを食べながら、友樹が溜息をつく。
「お前、ほんっと性格終わってるよな」
「誉め言葉として受け取っておくよ」
悪態をつかれているのにも関わらず、充はとても嬉しそうだった。
「なあ、俺そんなお前に嫌われることしたっけ?」
友樹の言葉に、充がきょとんとした様子で何度か目を瞬かせる。
「何だその顔。ほんと訳分かんねー奴」
友樹は呆れ顔で、最後の一欠片を口に入れた。

2人分のアイスの袋と溜まっていたゴミを捨てに、友樹が部屋から出ていった。ドアが閉まり、1人取り残された充が呟く。
「......まさか。俺はただ、君が好きなだけだよ」
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