壁。

柚木よう

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別れ話

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あたしはフォトスタジオの壁。あ、カメラマンが撮って現像までしてくれるような所じゃないよ。コスプレイヤーの人とかがセルフで撮影しに来るとこ。しょっちゅうお客さんが来る訳じゃないけど、デザイナーの人が定期的に来て、個性的で可愛い飾り付けをしてくれるの。結構気に入ってるんだ。人間がお洒落するのに似てるのかも。あ、でね、ここによく来るカップルがいてね。世話焼きっぽい癖毛のお兄さんと華奢な男の娘。男の娘が可愛い格好してきて、それをお兄さんが撮るんだけど、男の娘の方がすーーっごい我儘なの。でもお兄さんはいつもニコニコで優しくて、正直ちょっと可哀想なくらいだった。でもあの日ーーー。

白を基調としたロリータ服に身を包み、可愛らしく首を傾げるツインテールの青年は、さながら人形のようだった。彼の動きに合わせ、幾度となくシャッター音が鳴り響く。
ゆき、そろそろ休憩しようか?」
撮影開始から1時間は経過していただろうか。癖毛の青年の声掛けに、雪はこくりと頷いた。
癖毛の青年がストロー付きの飲み物を差し出すと、雪はそれを乱暴に奪い取る。
「ここ、飲食禁止だから外で飲もう」
「嫌。暑いもん」
先程までの可愛らしさは何処へやら、青年の忠告を無視して飲み物を口にする。挙句、盛大に舌打ちをした。
「何これ、ぬるいんだけど」
「ああ、ごめん。ずっと鞄に入ってたから」
雪はこれ見よがしに大きなため息をついた。目に余る程の横柄な態度にも、癖毛の青年は笑顔を崩さない。
「全くあきらは本当使えないよね。最近マシになってたと思ったらすぐこれだもん」
「あはは、ごめんね」
「笑い事じゃないから」
雪はイラついた様子で地面についていない両足を交互に揺らした。明の方は飲み物も飲まずに、ただ申し訳なさそうに笑っている。
「撮った写真見せてよ」
雪がそう言うと、明は慌ててカメラを雪の元へ持っていった。手も出さない雪に、明は画面を操作して1枚ずつ撮った写真を見せていく。満足のいく出来だったのか、最初の方は笑顔で見ていた雪だったが、最後に撮った数枚を見て顔を曇らせた。
「ごめん、だめだったかな」
「全然ダメ。下から撮るのはやめてって言ったよね」
「でも、首元のリボンがよく見えて可愛いと思ってさ」
明がほんの一言弁解すると、雪は持っていた飲み物を床に投げつけた。プラスチックの蓋が開き、中に少し残っていた液体がこぼれ出る。フォトスタジオは飲食禁止、勿論それでセットを汚すなど論外である。明は瞬時に床に這いつくばると、持っていたハンカチで液体を拭い取った。幸い液体が染みにくい素材ではあったようだが、明の対処が遅ければどうなっていたか分からない。そうして必死になる明を見て、雪は笑った。
「ダサ。何その動き、ウケる」
その顔は引き攣っていた。自分が悪い行いをした事を自覚していながら、それを悟られたくないようだった。不自然に足を揺らしながら、明がいつものように笑っていることを期待してか、雪は下を向いている明の顔を覗き込む。しかし。
「雪、俺以外に迷惑がかかることはだめだよ」
明がその日初めて表情を変えた。顔を上げた明の口は結ばれ、その目は真っ直ぐ雪の目を見つめていた。その顔は子を叱る母親のようだった。
「何、明のくせに僕に説教する気?」
「そうかもね。何にしろ、今みたいなのはだめだよ。自分でも分かってるだろうけど」
雪がいくら反抗しようとも、明は頑なに態度を変えなかった。しかし、雪の方もまた頑なに自分の非を認めようとせず、拗ねてそっぽを向いた。そうすれば明が折れてくれるのを知っていての行為だった。
「今日は拗ねたって無駄だよ」
そんな雪に、明は平然とそう言ってのける。浅はかな考えを見透かされ、雪は思わず明の方を振り返り耳を赤く染めた。キッと睨みつける目にも、明が動じる様子は無い。雪は意固地になって、遂にこんなことを言い出した。
「もういい。明なんて知らない。別れるから」
雪にその気がないのは明らかだった。ただ相手を動揺させ、自分の思い通りにしたいがための口から出まかせである。こう言えば明は慌てて考えを改めるという確かな自信があったに違いない。だが、それは大きな誤算であった。
「......分かった。雪がそう言うなら、別れよう」
「.....え?」
あまりに間の抜けた声だった。想定外の事態への驚きを隠せずに、雪はぽかんと口を開ける。明は特にこれといった感情も見せないまま、カメラを片付け始めた。
「ちょ、ちょっと待って。そんな簡単に僕のこと手放していいの?明は僕が居ないと生きていけないでしょ」
小生意気な口調だが、焦りは隠せていなかった。対する明の返答は淡々とした物だった。
「逆じゃない?俺がいないと生きていけないのは雪の方でしょ」
「は、はぁ?!」
図星を突かれたのだろう、雪の顔は真っ赤になった。何か反論しようと口を開くが、出てくる言葉は無い。完全に劣勢だった。対する明も、それ以降何も発することは無かった。彼の沈黙は雪とは違い、意思が感じられた。もう話すことは無い、といったようなある種の冷たさを帯びていた。
片付けを終え、明はスタジオを出ていこうと扉に向かって歩き始める。と、雪が明の腕を掴んだ。俯いて顔は見えないが、床にはぽたぽたと雫が落ちる。その声は震えていた。
「ごめん......ごめんなさい」
明は扉の方を見つめたまま、歩みを止めた。
「明がなんでもしてくれるのに甘えて、調子に乗ってた」
雪が一生懸命に言葉を紡ぐのを、明はただ黙って聞いていた。
「愛想尽かされても仕方ないと思う。でも僕......。」
雪が言い淀む。すると、明は振り返り、顔を上げられずにいる雪に向かって、優しく聞き返した。
「何......?言ってごらん」
「僕、明の言う通り、もう明無しじゃ生きられない......」
腕を掴む手が震えていた。
しばしの沈黙の後、明の口元から、ふっと声が漏れ出る。
「ごめん、やりすぎたね」
明がそっと雪を抱き締める。
「嘘だよ、別れるなんて嘘」
そう言って、雪の頭をそっと撫でる。その温もりにほっとしたのか、雪は明の胸元に顔を埋め、わっと子供のように泣き出した。雪が泣き止むまで、明はただ黙って彼を抱きしめていた。

その口元には笑みが浮かんでいた。愛おしさのみから由来するものにしては幾分邪悪にさえ見えた。そもそも今日に至るまでの明の言動は異常なまでに雪に従順だった。ここに訪れ始めた頃の雪は、多少キツい性格ではありながらも明をちゃんと気遣っていた。しかし、明の献身的な世話と、何度も何度も繰り返して雪に伝えていた言葉が、雪の我儘をここまで助長させたのだ。
「俺には沢山我儘言ってね、俺は雪がいないと生きていけないから」
ここ暫く、明は決して雪の機嫌を損ねることはしなかった。何故今日に限って、ぬるい飲み物を渡し、雪が嫌がる角度からの写真を複数撮り、挙句反論さえしてみせたのだろうか。飲み物の容器もそうだ。普段は雪を連れて近くの自動販売機までペットボトルのジュースを買いに行っていたのに、何故だか今日は蓋付きのプラカップに入った飲み物を持ち込んでいた。プラカップの蓋は、明に手渡された後、雪が特に弄る様子は無かった。床に叩きつけたとはいえ、プラカップの蓋がそう簡単に外れるだろうか。......いや、全て偶然に過ぎないかもしれない。しかし、偶然がいくつも重なることを人は必然と言うらしい。この必然が作り出されたものなのか否か、真実を知るのは、世話焼きで人の良さそうな癖毛の青年ただ1人。
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