壁。

柚木よう

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裏返し

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カフェの壁です。カフェってカップルの聖地ですよね。初々しい2人も、熟年の2人も、ここでは真正面に座って向き合います。楽しい時間ばかりでは無いかもしれません。それでも腹を割って話すべきなのです。それは人間の特権なのですから。さて、異性カップルから同性カップルまで幅広く目にしている私ですが、その中でも一際印象に残っているキュンとしたエピソードを、ご紹介致しましょう。

その2人は、正反対の見た目をしていた。重たい黒髪で目元が隠れた陰気臭い印象の男が手を引いて連れてきたのは、耳や口元に沢山のピアスをつけた明るい金髪の男だった。黒髪の男が店員に人数を告げ、席を案内してもらう間、金髪の男はずっと下を向いていた。店員や他の客は、その一風変わった光景に最初はチラチラと視線をやったが、やがてそれぞれの会話に戻っていった。席につくと、黒髪の男がメニューを開き、金髪の男の前に差し出す。
「ほら、何にする?」
「お前さ、勝手にこんなとこ連れてきてんじゃねえよ」
言葉の荒さの割に、金髪の男はまだ顔を逸らしていた。対する黒髪の男は、真っ直ぐ正面を向いている。
「僕はアイスココアにしようかな。れんは?」
「話聞けよ」
黒髪の男は、蓮の言うことを全く意に介さない様子だった。やがて店員が注文を取りに来ると、蓮は渋々アイスコーヒーを頼んだ。頼んだドリンクが来るまで、2人はほぼ無言だった。たまに黒髪の男が、店内の雰囲気や最近の天気について当たり障りない言葉を発したが、蓮は顔を逸らしたまま何も返さなかった。
ドリンクが来ると、黒髪の男に釣られ、蓮も自然とそれを口にした。席についてから初めて2人が向き合う形になる。黒髪の男がストローをくわえながら、じっと蓮を見つめていると、少しして蓮がその視線に気がついた。はっと目を見開き、慌ててまた横を向いてしまう。
「ねえ、いい加減にこっち見なよ」
「......嫌だ」
「なんで?」
蓮がまた黙りこくると、黒髪の男がため息をついた。
「1週間前から蓮、なんか変だよ。......やっぱり、付き合うのはなんか違った、とか......?」
「それは、ちがっ......」
蓮が言葉に詰まると、黒髪の男が優しく微笑む。
「僕は蓮の気持ちならどんなものでも受け止めるよ。だから、正直に話して」
「いや、違くて......」
「ここ1週間、僕が話しかけると曖昧な返事でどっか行っちゃうし、そもそも有り得ないくらい避けられてるし。LINEは普通なのに電話も出てくれないし。......友達に戻りたい?」
「だから、だから違うんだって!」
蓮が声を荒らげると、黒髪の男は不思議そうな顔でその顔を覗きこんだ。蓮が意を決したようにゆっくりと身体を正面に向き直す。そして、俯いたままボソボソと話し出した。
「......なんか、つ、付き合うことになってから、よく分かんねーけど、和樹かずきの顔だけ見れなくなっちまって。緊張?するみたいに熱くなるし、いつもの俺じゃねー......みたいな。ただ、和樹の事が嫌いな訳じゃない......。それだけは、分かって欲しいっつーか」
今度は和樹の方が黙ってしまう。それをちらりと見やると、蓮は慌てて言葉を続けた。
「全部、俺が悪いんだ。蓮とその、付き合うってなって、嬉しかったのに、なんか意識しすぎちまって。早く治すから、それまでちょっと距離置きたい......」
「はあ?それが距離置いて治るわけないでしょ、むしろ悪化するよ」
蓮が言い終わる前に、和樹が食い気味で返す。その剣幕に蓮は驚いたように和樹を見た。
「やっと僕の方見たね。全く、こっちがどれだけ悩んだと思ってんの。嫌われるようなことしたかなとか、やっぱり僕みたいなのと一緒にいるのは恥ずかしいのかな、とか」
「まさか、そんなこと思うわけ」
「はいはい、人は言葉にされないと分からないんです。そして蓮に至っては自分の気持ちすら分かってないみたいなので、言葉にしてあげるからよく聞いて」
「......はい」
蓮はしゅんと肩を落とし、素直に和樹の言うことに耳を傾ける。和樹はもう一度大きな溜息をつき、片手で頭を抱えた。
「それは多分好き避けってやつだよ。好意を寄せている相手を本心とは裏腹に避けてしまったり、そっけない態度を取ってしまうっていう」
「は、はぁ?!そ、そんなんじゃねーし」
蓮は耳まで真っ赤になると、手の甲で口元を覆った。そんな蓮の様子を見て、和樹の顔まで薄らと赤くなる。
「蓮の場合は防衛反応というよりただの照れかくしだから、慣れるしかないね。......ったく、勘弁してほしいよ」
「ご、ごめん。めんどいよな、俺」
蓮が謝ると、和樹は何を言ってるんだこいつといった顔をする。ぽかんとした顔をする蓮に向かって、和樹がマシンガンのように話し立てる。
「あんたが面倒くさいのなんていつものことだろ。普段仲間といる時はバカでかい声でギャーギャー騒いでるくせに、本心を言う時は意味わからないくらい声小さいし、そもそも口数減るし。急によそよそしくなるから嫌われたのかと思って身を引いたら、夜中電話かかってきて挙句泣き出......」
「なっ......!お前、バカ!黙れ......!」
蓮は必死に人差し指を自分の口に当てた。その様子を見て、和樹が吹き出したように笑い出す。和樹が散々笑って涙を拭っているのを、蓮は少し不貞腐れたように膨れて見ていた。
「勘弁して欲しいってのは愛おしくてこっちの心臓が持たないって意味だよ。全く、可愛いね」
和樹が頬杖をついてそう言うと、蓮の顔はまた赤くなる。和樹はそれをニコニコしながら見つめていた。
「おまっ.....お前が、そういうことばっか言うから......」
「ドキドキしちゃうの?」
「っ......!」
蓮は和樹の顔をキッと睨むと、またぷいと横を向いてしまった。
「あーあ、拗ねちゃった」

グラスもすっかり空になり、帰りの身支度を済ませた蓮が立ち上がると、和樹は何も言わずにその隣に立った。
「なんだよ」
「言っておくけど、これから特訓だからね」
「はぁ?」
そう言うや否や、和樹は蓮の手を握り、指を絡ませた。所謂恋人繋ぎである。蓮が恥ずかしさから俯いてわなわなと震えていると、和樹はその顔をわざとらしく覗き込んだ。
「好き避けだからって逃がしてやらないから」
和樹は今日何度目かの赤面をする蓮の手を引いて、お会計のレジまで向かった。お会計の際、どう考えても手を離さないと払えないのに、ずっと手を繋ぎ続けている和樹を、蓮は呆れた顔で見やる。
「おい、手離せよ」
「やだ」
「はぁ?」
蓮は痺れを切らして和樹の手を無理やり振り払った。会計を済ませ、自動ドアの手前で、和樹はそのまま出ていこうとする蓮のTシャツの裾を掴む。
「蓮が振り払ったんだから、今度は蓮から繋いでくれるんだよね」
「はあ?馬鹿じゃねーの」
蓮は気にせず出ていこうとするが、和樹は1歩も動こうとしない。数分の攻防の後、蓮は根負けして仕方なく和樹の手をただ握った。顔は逸らしたまま、吐き捨てるように毒づく。
「ったく、お前ってほんとバカだよな」
「ま、及第点かな」
和樹はその言葉の割に随分と満足気だった。そのまま和樹が蓮の手にしっかりと指を絡ませると、蓮は小さく舌打ちをした。
2人が店を出ていく背中に、退店を知らせるベルの音と店員の爽やかな挨拶が響いた。
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