ランドセルの王子様(仮)

万里

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「――というわけで優太さん、急なお願いで本当に申し訳ないのだけれど……お願いできるかしら?」

 日向家のリビングで、すみれが申し訳なさそうに両手を合わせた。 事情を聞けば、明日の蒼の遠征試合、本来なら保護者として彼女が車を出し、引率をするはずだったが、下の弟が風邪で寝込んでしまい、蒼の父も仕事でどうしても手が離せないらしい。

「僕で良ければ、喜んで!! ぜひ、行かせてください!!」

 優太は食い気味に二つ返事で引き受けた。 顔面を必死に整えてはいるものの、心の中では特大のガッツポーズを決めている。

(保護者代わり……! つまり、公式に『蒼くんの身内』としてチームに帯同できるってことだよね!? これって実質、家族公認のサポーターってことじゃないか!?)

 あまりに分かりやすく、鼻の穴を膨らませて歓喜に震える優太を、隣に座る蒼がジト目で一瞥した。

「……鼻の下、伸びてるよ、優太さん」

「えっ!? あ、いや、そんなことないよ! 純粋に、蒼くんの勇姿を応援したいっていうか……!」

「……ふん。まあ、母さんも困ってるし、今回は仕方ないけど」

 蒼はそう言って、飲んでいた麦茶のコップをテーブルに置いた。毒を吐きつつも、どこかその声に拒絶の色はない。今日の優太には、その鋭いツッコミすらも甘いファンサービスの言葉に聞こえていた。

「いい? 優太さん。俺のチームメイトに変なこと言ったりしないでよ。あと、恥ずかしい応援も禁止。スマホの撮影も禁止ね。……誰かに聞かれたら、俺の親戚のふりしてて」

「分かってるって! 頼れる従兄のお兄さんとして、完璧に、スマートに振る舞ってみせるよ!」

 優太は自信満々に胸を叩いたが、蒼の不安げな視線は変わらない。

「……それが一番不安なんだけど。とりあえず大人しく座っといて……試合中、集中切れるから」

 少しだけ顔を背けて付け加えられたその言葉に、優太の心臓は再び跳ね上がった。

(……『集中切れる』!? 俺の応援を意識しちゃうってこと!?)

 いよいよ重症の域を加速させる優太だったが、こうして、二人の「公式」な外出という名の遠征に行くことになった。

 *

 当日。隣町のスポーツ公園は、朝から活気にあふれていた。 優太は「保護者」の顔をして、日向家のビデオカメラを構えていた。グラウンドを駆け回るユニフォーム姿の蒼は、練習時よりもさらに凛々しく、まるでスポットライトが当たっているかのようにフィールドで一際輝いている。

(ああ、今日も蒼くんはかっこいいな……。あの引き締まったふくらはぎのライン、十二歳とは思えない躍動感……。この瞬間を、高画質で永久保存しなければ……)

 不審者スレスレ、いや、もはや完全に不審者思考でレンズを覗き込んでいると、対戦相手のチームが続々と会場入りしてきた。 その瞬間、それまで穏やかだった観客席の女子小学生や保護者たちが「キャーッ!」と一斉に色めき立つ。ざわめきと共に、熱っぽい視線が一箇所に集中していく。

「一条くんだ!」 
「まだ五年生なのに、もうレギュラーなんですって!」
「かっこいい……」

 優太の耳に、まるで警鐘のように不穏な単語が届く。「一条」? 「かっこいい」? 現れたのは、蒼と同じくらいの背丈だが、すらりとした手足に、さらさらした黒髪、くりっとした大きな瞳が印象的な、どちらかと言うと「かわいい」といった風貌の少年だった。

 その一条が、アップをしている蒼の元へ、迷うことなく真っ直ぐ歩み寄っていく。

「――久しぶり」

 一条の涼やかな声に、蒼は露骨に顔をしかめた。

「……一条。またお前かよ。いつもいつも、俺に勝てないくせにしつこいんだよ」

 蒼はそう吐き捨てたが、一条は気にする様子もなく、その大きな瞳を細めて蒼を熱っぽく見つめた。そして、当然のような顔で蒼の肩を抱き寄せ、耳元で低く囁く。

「今日は負けないよ。……ねえ、もし俺が勝ったら、今度一緒にクレープ食べに行こうよ」

(な、ななな……何だ今の!? 今、耳元で何誘った!? っていうか、距離が近すぎるだろ!?)

 優太の持っていたビデオカメラが、ガタガタと制御不能なほど震え始めた。

 一条という少年は、周囲からの評価など眼中にないようだった。その視線はまっすぐに蒼だけを追っている。それは尊敬を超えた、もっと純粋で、もっと厄介な気持ち。

「……ふん。勝てるわけねーだろ」

 蒼が鬱陶しそうに一条の腕を振り払う。しかし、一条はめげずに、むしろ嬉しそうにクスクスと笑った。

「あはは。やっぱり蒼くんはクールだね。……ほんと、かっこいい」

 一条はそう言い残すと、優太のいる観客席側へふっと視線を向けた。その瞬間、優太は戦慄した。一条の瞳が、まるで「あんた、誰?」とでも言いたげに、冷徹に自分を値踏みしたからだ。

(今の……完全に俺をライバルとして認識した目だった……!? 小学生なのに、なんて圧倒的なオーラなんだ……!)

 優太は「親戚のお兄さん」という仮面をかなぐり捨て、グラウンドの柵を乗り越えんばかりの勢いで身を乗り出した。

(蒼くん! 逃げて! そいつ、ただのライバルじゃない! そいつの目は、俺と同じ……いや、俺以上に『重症』の目だ!!)

 優太の心の中で、かつてない危機感のサイレンが鳴り響く。蒼の凛々しいふくらはぎに感動していた平和な時間は終わりを告げた。


 試合開始のホイッスルが鳴り響く。 フィールド上で、蒼と一条は激しく火花を散らした。一条のプレイは華麗で無駄がないが、その動きは異常なほど執拗に蒼をマークしている。それは単なるディフェンスというより、片時も蒼を独占しようとするかのような熱量を感じさせた。

「蒼くん! 逃げろ! そいつに捕まるな!!」

 観客席から優太の絶叫が響き渡る。周囲の保護者たちが「あの人、大丈夫かしら」と引き気味に視線を送るが、今の優太に羞恥心など一欠片もない。

 一条がドリブルで蒼を抜こうとした際、二人の体が激しく接触した。均衡が崩れ、蒼が芝生の上に転倒する。

「蒼くんッ!!」

 優太は救護員でもないのに、誰よりも早くフィールドのライン際まで駆け寄った。

「大丈夫!? どこか痛い!? 今すぐ病院!? 救急車呼ぶ!? それとも俺がここからおんぶして帰る……!?」

「……優太さん、うるさい。ただの接触だから」

 蒼は眉間にシワを寄せ、差し出された優太の手をスルーして自力で立ち上がった。膝についた土をパッパと払う。 そこへ、追い打ちをかけるように一条がスッと白く細い手を差し出した。

「大丈夫か?」

「触んな。自分で立てる」

 蒼がその手をピシャリと跳ね除けるのを見て、優太は内心で(ナイス蒼くん! 鉄壁のガード!)と狂喜乱舞の喝采を送る。しかし、一条の冷ややかな視線が、今度は優太へと向けられた。

「……それで、こいつ誰? 親戚なの? ずいぶん必死なんだね。でも、蒼の理解者は俺だけで十分だ。あんたみたいな『部外者』は、大人しくベンチで座っててくれないかな。邪魔なんだけど」

 小学生に、大学生が真っ向から宣戦布告された。優太はカチンときて、思わず大人げない反論を口にする。

「ぶ、部外者じゃない! 俺は……俺は、蒼くんの家庭教師兼、公式サポーターなんだ! 君こそ、さっきからなれなれしいんだよ! 蒼くんの何なんだ!」

 すると一条は、フッと余裕の笑みを浮かべ、優太の耳元で残酷な事実を突きつけた。

「俺は将来、蒼と同じ海外のクラブチームでプレーするって約束してるんだ。……つまり、蒼の未来は僕が一番乗りで『予約』してるってこと。あんたみたいな、サッカーのルールも怪しい、ただのド素人とは、住んでる世界が違うんだよ」

「予約!? 蒼くんは物じゃない! そもそも海外なんて、そんな……!」

 言い合う二人を置いて、蒼は心底呆れ果てた顔で息を吐いた。

「……バカバカしい。おい、さっさと試合再開するぞ」

 蒼はそう吐き捨てて背を向けた。


 試合は一進一退の攻防の末、ドローのホイッスルが鳴り響いた。 帰りの車内。後部座席では、全力を出し切った蒼が泥のように眠っている。

 運転席のバックミラー越しに、優太はそのあどけない寝顔をそっと盗み見た。

(一条……。あんな完璧な美少年ライバルがいたなんて。しかも同年代で、才能もあって、未来の約束までしてる。……俺、あいつに勝てるところ、一つでもあるのかな)

 学歴? 身長? 経済力? いや、蒼が求めているのはそんな数値ではない気がする。優太が一人で勝手に劣等感の泥沼に沈みかけていた、その時だった。

「……優太さん。さっき一条と何話してた?」

 ふいに、眠っていたはずの蒼が薄く目を開けた。寝起きの少し掠れた声が、静かな車内に響く。

「え? あ、いや……別に、大したことは……」

「『俺の蒼くん』って、聞こえた気がしたんだけど?」

「っ!? い、言ってないよ! 『日向家の蒼くん』って言おうとしたのが噛んだだけだよ!」

 優太は心臓が飛び出しそうになり、ハンドルを握る手が危うく滑りそうになった。必死に前を向いて誤魔化そうとするが、耳まで真っ赤なのは隠しようがない。

「ふーん。……まあ、いいけど。あいつ、しつこいから。優太さんがあれくらい図々しく言ってくれて、ちょうど良かったかも」

 蒼は窓の外を流れる夜景を眺めながら、ぽつりと、独り言のように呟いた。

「一条は、俺のことを『才能』とか『ライバル』としてしか見てない。……でも、優太さんは……」

「……俺は?」

「……うるさくて、どんくさくて、不審者スレスレだけど。俺の才能とか結果じゃなくて、俺自身を……そのまま見てる気がする」

 そう言って、蒼は再び深い眠りに落ちるように目を閉じた。 優太は、心臓のバックバクという音が車内に鳴り響いていないか不安になるほど、猛烈に感動していた。

(見てる……! 見てるよ、蒼くん! 才能どころか、穴が開くほど見てるからね!!)

 感動のあまりハンドルを握る手に力がこもる優太だった。

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