愛か、運命か(仮)

万里

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 翌朝、凪はいつもの目覚まし時計が鳴る前に目を覚ました。 隣には、深夜までの現場仕事を終え、深い眠りについている大和がいる。朝日を浴びたその無防備な寝顔。少し荒い寝息。それらすべてが、昨日と変わらない平和な朝を象徴していた。

(……昨日のことは、全部、悪い夢だったんじゃないかな)

 そう思いたくて、凪はそっと手を伸ばした。隣に並んだ大和の背中は広く、温かい。消え入るような声でその名を呼びながら、凪は大きな背中に顔を押し付けた。大和の作業着から移った、日向のような、それでいて鉄の混じった匂い。それを胸いっぱいに吸い込めば、昨夜から止まない心臓の動悸が、ほんの少しだけ収まる気がした。


 昨夜、大和は凪の前で、鷹志から渡されたあの名刺を迷わず破り捨てた。 

『大丈夫だ、凪。あんなもん、ただの紙切れだよ。俺がついてる。……な?』

 大和はそう言って、いつものように力強く笑ってみせた。その笑顔は頼もしく、凪を安心させるには十分なはずだった。

 けれど、凪の胸の奥には、黒い澱のようなものが沈んでいた。 大和がゴミ箱に捨てたのは、ただの紙ではない。それは、凪の身体に刻まれたΩの本能を、無理やりこじ開けようとした「運命」の欠片だ。

 大和はβだから、あの圧倒的なフェロモンの圧力を知らない。凪の血が、あの男を前にしてどれほど醜く沸き立ったかも知らない。得体の知れない「運命」という化け物が、自分たちのささやかな幸福を外側から食い破ろうとしている恐怖。それは、どれだけ大和に抱きしめられても消し去ることはできなかった。

 結局、凪はバイトをしばらく休むことに決めた。 店主はΩである自分を快く雇ってくれた恩人であり、あの落ち着いたカフェは凪にとって大切な居場所だった。けれど、鷹志の、射抜くような冷徹な瞳を思い出すだけで、指先が凍りつき、足の震えが止まらなくなる。

「いいよ、凪。しばらく家でゆっくりしてろ。外に出るのが怖いなら、俺がしっかり稼いでくるからよ。何も心配すんな」

 出勤前、大和は凪の頭を乱暴に、けれど慈しむように撫でた。その手の温かさに、凪は「うん」と小さく頷く。 大和がいつものように現場へと出かけていく背中を見送りながら、凪は玄関の鍵を閉めた。

 一人になった部屋は、驚くほど静かだった。
 テレビをつけても、画面の向こうで交わされる言葉はすべて記号のように空虚に素通りしていく。 凪は無意識のうちに、首元のレザーカラーに指を添えた。指先に触れる冷たい革の質感。このロックを解除できる唯一の鍵は、今、大和が現場に持ち出している。 

(大丈夫。俺は大和のものだ。鍵は大和が持ってる……) 

 その事実だけが、荒れ狂う運命の荒波の中で、自分を「人間」として繋ぎ止めている唯一の錨のように思えてならなかった。

 凪は家中のカーテンを隙間なく閉め切り、大和が脱ぎ捨てた古いパーカーを頭から被るようにして羽織った。 大和の匂いに包まれていれば、あの冷徹なαの影を追い払えると思ったのだ。ソファの上で小さく膝を抱え、自分自身を抱きしめるようにして呟く。

「……連絡しなければ、いいだけだ。……あいつだって、そのうち諦めるだろ」

 自分に言い聞かせる言葉とは裏腹に、凪の身体は残酷な悲鳴を上げていた。 首の後ろ、カラーに覆い隠された項が、ドクドクと脈を打つように熱を持って疼き始める。大和のパーカーに鼻を押し付けても、脳裏に直接流れ込んでくるのは、あの雪のような、冷たく研ぎ澄まされた香りだった。

 それは、大和の温かな体温を求めているのではない。 自分を「運命」と呼び、支配の目を向けたあの男に屈服したい、噛まれたいという、Ωとしての渇望だった。

(……嫌だ。やめろ……。そんなの、俺じゃない……っ)

 首筋を駆け抜ける、焼けるような熱感。 凪は耐えきれず、自分の腕を強く噛んだ。歯が肉に食い込み、鋭い痛みが脳を走る。その刺激で、本能の熱を散らそうと必死に抗った。

 けれど、一度呼び覚まされてしまった本能は、凪の内側から檻を壊そうと暴れ続けている。 血管を巡る熱が、少しずつ凪の理性という境界線を侵食していくのを、彼は恐怖とともに感じていた。

 *

 2日目。 凪は、まるで見えない鎖に繋がれた囚人のように、一歩も外に出なかった。 窓の外から聞こえる他人の話し声や、不意に風が運ぶ名もなき匂いですら今の凪には脅威だった。

 大和は変わらず優しかった。 疲れて帰宅すると、凪の気を引こうとコンビニの新作スイーツや、好物の惣菜を袋いっぱいに買ってきてくれた。

「ほら、凪。今日は奮発して特盛の牛丼買ってきたぞ。しっかり食えよ」 
「いらないって……。本当にお腹、空いてないんだ」 
「わがまま言うな。お前、全然食べてないだろ。倒れたらどうすんだよ」

 大和は困ったように笑い、安心させるように凪の肩を抱き寄せようとした。 だが、その手が触れる直前、凪の背筋にゾッとするような悪寒が走った。

 大和の匂い。 かつては世界で一番安心できる、陽だまりのような砂と汗と鉄の匂い。 それが今は、喉の奥を逆撫でするような、ひどく不快で「泥臭い」ものに感じられてしまった。

「……っ、離して!!」 
「凪……?」 
「いいから! 触らないで! 暑苦しいんだよ!!」

 反射的に、突き飛ばすように大和の手を振り払っていた。 静まり返ったリビングに、凪の荒い呼吸だけが響く。大和は弾かれたように目を見開き、宙に浮いた自分の手を見つめた。その瞳に一瞬だけ過った深い傷の色を見て、凪の心臓が痛いほど脈打つ。

「……あ、わりぃ。現場帰りだから、やっぱり臭かったよな」

 大和はすぐに、無理やり作った歪な笑顔で自嘲気味に笑った。 

「悪い、悪い。先に風呂入ってくるわ。それならマシだろ?」

(違う。そうじゃないんだ、大和。違うんだ……!)

 喉元まで出かけた言葉は、肺に溜まった熱い空気と一緒に消えてしまった。 謝りたかった。大和のせいじゃないと、縋り付いて泣きたかった。けれど、強張った身体が石のように動かない。

 凪の身体は、大和の純粋な優しさを、異物として激しく拒絶していた。 正確には、大和の「βとしての匂い」では、凪の身体の深層に沈殿し、静かに暴れている「運命への渇望」を、一滴も埋めることができなかったのだ。

 乾いた大地が雨を求めるように、凪の細胞は、あの大和の温もりとは対極にある、冷たく支配的な香りに焦がれていた。大和が優しくすればするほど、凪は自分の本能が、愛する人を裏切ろうとしている事実に絶望し、追い詰められていった。



 その夜、凪を待っていたのは安らぎではなく、底なしの暗い夢だった。

 視界が歪むほどに薄暗い路地裏。冷え切ったコンクリートの壁に押し付けられ、逃げ場を失った凪を見下ろしていたのは、あの冷徹なαだった。

 鷹志は氷のように冷たい指先で、凪の首元に巻かれたレザーのカラーをゆっくりと、慈しむようになぞる。 

『……いつまで、そんな安物の檻に閉じこもっているつもりだ?』

 鼓膜を直接震わせるような、低く、抗いがたい響き。鷹志は凪の耳元に顔を寄せ、熱い吐息と共に、残酷なまでの真実を囁いた。

『無駄な抵抗はやめろ。お前の心はどうあれ、この身体は……こんなにも俺を求めている』

 瞬間、逃げようとする凪の項に、鋭い牙が深く食い込む幻覚が走った。血管の奥まで支配的な毒が流し込まれ、全身の細胞が快楽と恐怖で白く塗りつぶされる——。

「っ、あ……!!」

 凪は弾かれたように跳ね起き、夢から這い出した。 暗い寝室。全身が嫌な汗でびっしょりと濡れ、シーツを掴む指先がガタガタと震えている。喉をせり上がる激しい呼吸を殺そうと、凪は自分の口を両手で強く塞いだ。

 隣には、深い眠りについている大和がいる。 自分を信じ、守ってくれている大和に、今の夢を知られるわけにはいかない。凪は暗闇の中で、溢れそうになる涙を必死に堪えた。

 首の後ろに手をやれば、そこにはまだ何も刻まれていない。牙を立てられた傷も、支配の証も、現実には存在しないはずだった。

 けれど、凪にはわかっていた。 あの一瞬、夢の中で感じてしまった、魂が震えるような充足感。 大和の温もりでは決して届かなかった場所が、鷹志という存在によって暴かれたのだ。

 凪の魂はすでに、あのαの重力圏へと引きずり込まれ始めている。抗えば抗うほど、底なしの沼に沈んでいくような絶望感が、凪の心臓を冷たく締め付けていた。

 *

 3日目の夕方。 一人きりのアパートに、不意にチャイムの音が鳴り響いた。

 大和はまだ仕事中だ。宅配便の予定もない。凪は心臓が口から飛び出しそうなほど跳ね上がるのを感じながら、ソファの上で身を硬くした。居留守を使おうと息を殺したが、チャイムは鳴り止まない。 

「……はい」

 耐えきれず、震える声で玄関越しに応答した。返ってきたのは、低いあの声だった。

「俺だ。……3日も待たせるとは、随分と焦らしてくれるじゃないか」

 その声を聞いた瞬間、凪の膝から力が抜けた。 あいつだ。鷹志だ。 なぜこの場所が分かった。住所どころか、名前さえ教えていないはずなのに。まるで逃げ場など最初からなかったのだと突きつけられたようだった。

「……なんでここに……?!」 
「調べればすぐにわかることだ。……開けろ」

 重く、抗いがたい「命令」。 凪は、まるで糸を引かれる人形のように、震える手でドアの鍵を開けてしまった。

「ようやく、まともに顔を合わせたな」

 ドアが開いた瞬間、暴力的なまでの「雪の香り」が部屋の中へと流れ込んできた。

 そこに立っていたのは、一分の隙もない完璧な装いの鷹志だった。彼は怯える凪を視線で射抜くと、拒絶する暇も与えず土足で室内に踏み込み、そのまま乱暴にドアを閉めた。

「……何の、つもりだよ。帰れよ、ここはあんたが来るところじゃない……!」

 凪の声が震える。鷹志は答えず、獲物を追い詰める捕食者のような足取りで凪に歩み寄った。逃げようとする凪の肩を掴んで床に押しつけると、鷹志は飢えた獣のように凪の首筋に顔を埋め、深く、その匂いを吸い込んだ。

「いい匂いだ。……やはり、どのΩとも違う。お前は俺のために生まれてきたんだな」

「嫌だっ! 離せ……っ!!」

 鷹志は凪の喉元を指先でなぞり、そこに鎮座する無機質なレザーのカラーを忌々しげに弾いた。

「今すぐお前を番にする。この無様なカラーを外せ。不愉快だ」

 鷹志の冷徹な命令。だが、凪は恐怖に顔を白くしながらも、強く首を振った。

「……は、外せない」 
「はあ……?」

 鷹志が眉を寄せ、不快そうに顔を歪める。その威圧感だけで凪の心臓は潰されそうだったが、震える声を振り絞った。

「こ、このカラーは、鍵がなきゃ……外せない」 
「……鍵は、どこにある? 言え」

 鷹志は凪の細い両手首を頭上へ押さえつけ、逃げ場を完全に塞いだ。凪は、涙を溜めた瞳で鷹志を睨みつけた。

「……鍵は大和が持ってる!それに、俺はあんたとなんか番にならない! 大和は絶対に、あんたなんかに鍵を渡さない!」

 愛する人の名を叫び、自分を奮い立たせる凪。しかし、その言葉を聞いた瞬間、鷹志の瞳に暗く、残酷な火が灯った。

「……そうか。ならばその男が、自ら鍵を差し出すように仕向けるまでだ」

 鷹志は凪の項のあたりに舌を滑らせると、吸い付くようにして赤い痕を残した。

「あ……っ、やめ、ろ……!」

 抵抗する凪の叫びなど聞こえていないかのように、鷹志は剥き出しの牙を立てた。 項から肩にかけて、獲物を仕留めるかのような鋭い痛み。皮膚が裂け、熱い衝撃が全身を駆け抜ける。

「痛っ……あ、あああぁぁぁ……っ!!」

 凪の悲鳴が狭いアパートに響き渡る。

「嫌だ、嫌だっ……大和、大和……助けて……っ!!」

 涙で視界を濡らし、凪が絶望の淵でその名を叫んだ、その時だった。

「——凪!!」

 激しい音を立ててドアが開く。そこに立っていたのは、仕事から帰ってきた大和だった。 室内で繰り広げられている光景——凪が、見知らぬ男に組み敷かれ、首筋を噛みつかれている異常事態——を目の当たりにし、大和の瞳に怒火が宿る。

「てめえ……凪に何してやがる!!」

 大和は手に持っていた荷物を投げ捨て、猛然と鷹志に掴みかかった。現場仕事で鍛え上げた重い拳が、鷹志の頬を鋭く捉える。 鈍い音と共に、鷹志の顔が横に弾かれた。

「大和……っ……!」 

 拘束が解け、床に崩れ落ちた凪を、大和はすぐさま抱き寄せる。

  「大丈夫か、凪……!」

 大和は凪を背後に庇い、口元の血を拭った鷹志を野獣のような目で睨みつけた。 だが、殴られたはずの鷹志は、激昂するでもなく、ただ冷徹に大和を見下ろしていた。

「……βの分際で、俺に触るな」

「うるせえ!二度と凪に近づくんじゃねえ! 凪は俺が守る。指一本触れさせねえぞ!」

 吠える大和に対し、鷹志は嘲笑うかのように、静かに言い放った。

「守る?……お前に何ができる。こいつは、俺の『番』だ。血が、本能がそう言っている。……見ろ、お前の腕の中で、そいつはどうなっている?」

「え……?」 

 大和が慌てて凪を見ると、凪は顔を真っ赤に染め、脂汗を流しながら、苦しそうに喉を鳴らしていた。 首筋の噛み跡から全身に回った「毒」が、凪の身体を内側から作り変えている。

「……凪? おい、凪!」 

「……大和、……あつい、……たすけ、……っ」

 鷹志は整った身なりを静かに整えた。 

「ヒートが本格化すれば、もはやβでは手に負えないだろう。その身体が、心とは裏腹に、番を求めて狂い出す」

 鷹志はドアノブを掴み、大和に背を向けたまま冷たく言い残した。

「……そのカラーを外したら、連絡しろ。これ以上、俺を待たせるな」

 圧倒的な敗北感を残し、雪の香りと共に鷹志は去っていった。 静まり返った部屋で、大和はただ、熱に浮かされる凪を抱きしめることしかできなかった。
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