エルメニア物語 - 辺境の令嬢は大きな獣に愛される -

小豆こまめ

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第5章

17 シュロ(2)

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「主人がお話したいと申しております」

 彼女と別れた後、執事の人に別の部屋に案内される。

「あゝ、済まないね、リディアと話は出来たかな」
「はい」

 なんだろうとまた警戒する。

「そうか、では用件を話そう。君は王都に籍があるようだが、ウエストリアに来る気はないかい?」
「え?」
「もう16歳は超えているだろう? 親の許しを得る必要は無いと思っていたが、違うのかな?」

「それは大丈夫です」
「そうか、ではどうだい? 嫌かい?」

「嫌だなんて。でもどうして、俺は半人だし魔力も無いし」
「そうだなぁ、理由は色々あるが、魔力はあまり関係ないかなぁ。
 彼も魔力を持っていないが、こいつが居なくなると僕はとっても困るからね」

 案内してくれた執事の人を指して話す。

「こいつとは私のことでしょうか?」
「悪かったよ、フランツ。 で、どうだい?」

 そんな事を望んで良いのだろうか?
 王都で生きてきて、どこかの領地に受け入れて貰えるなんて考えた事もない。

「あまり追い討ちをかけるものではありません。少し時間が必要なのではありませんか?」
「時間? なぜ時間が必要なんだ。行きたいか、行きたく無いかのどちらかだろう?」

「行きたいです」
「よし」

 頷くと、フランツと呼ばれた人の方を向いて、ほら見ろと言う顔をする。

 なんだか笑いそうになる。
 聞いていた辺境伯は怖いイメージだったが、目の前にいる人はいたずらっ子の様に見える。

「シュロは文字が読めるかい」
「いいえ、その、すいません」
「なら先ずそこからだね。そうだなぁ、学ぶならここが良いが、今はどこに寝泊まりしているんだ?」

「第二層の東にいます」
「遠いなぁ、バルゼ!」
「お呼びですか?」

 部屋に一人の兵士が入って来る。

「西棟に彼が入る部屋があったかな」
「彼は」
「文字を覚えさせたい」

「なるほど、では相部屋の方が良いでしょう。私の部屋を開ける様にしましょう」
「そうか、シュロ。屋敷の西側に彼のような兵が寝泊まりする場所がある。そこに住むのは嫌かな?」

「そんな、嫌だなんて。本当に良いのでしょうか? 俺は半人だし移籍なんて」
「気にする必要はない。知らないかもしれないが、私は交渉事が得意なんだ、任せておけ」

 いたずらっ子のような人は、相手にする様子もない。

「バルゼ、後は頼む」
「承知しました」

 本当に良かったのだろうか?
 獣人はもちろんだが、半人が籍を移したなんて聞いた事がない。

 籍さえあればエルメニアの王都に住むのは簡単で、毎月決められた税を納めさえすればいい。
 王宮を囲む古都と呼ばれる地域や第一層ならともかく、大人になれば第二層に住むことくらい何とかなる。

 だが籍を移すのは別だった。
 受け入れる側は、移籍元おうとに高額な移籍料エルを支払わなければならない。

 そんな価値が自分にあるとは思えない。
 無駄な事をしたと、後々、彼が自分をうとんじたらどうしようと、嫌な考えばかり浮かんでくる。

「気にする必要はありませんよ」

 前を歩いていた執事の人が言う。

「あの方は、交渉事が得意なのではなく、好きなのです。
 せっかく面白そうな事を見つけて喜んでいるのですから、放っておけばよろしいのです」

「そうですよ、途中でおもちゃを取り上げたら、後からネチネチ言われますよ、結構、面倒くさい人なのですから」

 そう言って、執事と騎士の人が、お互いにそうだそうだと頷いている。

「シュロ殿、今、自分に価値が無いと思っているのなら、これから高めていきなさい。
 大切なのは今まででなく、これからなのですから、多くの事を学び、自分が何者か見つけていく事です」

「はい、ありがとうございます」
「その言葉は、主人に」
「すみません、さっき言えなかったから。でも、やっぱりありがとうございます」

 数日後、ウエストリアへの移籍が認められ、ウエストリア家に雇われたと教えてもらった。

 仕事をしながら文字を学び、読み書きが出来るようになった頃、今度はフランツと呼ばれる人の元で働くようになった。
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