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傲慢な独白とジャムサンドイッチ
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王立学術院を離れたとある私有地、瀟洒な田舎風の屋敷に明かりが灯っている。
飾り格子の向こうでは、さらさらと心地よい書き物の音が聞こえ、室内ではふたりの男がそれぞれの時間を過ごしていた。
「……楽しそうですね」
書き物机に向かっていた王子は、不思議そうに従者を振り返る。
「私がか?」
「ええ、さきほどから。贈り物は今頃盛大に届いていることでしょうね」
王子はそっと笑う。「そうだな」
彼が動くたびに、金色の髪がランプの光を受け輝いた。
「ただ立ってるだけで目立つボアたちには骨の折れる仕事だったろうな。戻ってきたら労ってやらねば」
「その苦労を差し引いても僥倖と言えましょう。彼女の生まれた日に立ち会えたわけですから。きっとお喜びになりますよ。ドレスも菓子も宝飾品も、あらゆるところから集めた一級品ばかりです」
「今夜はずいぶん饒舌だな、イーズ」
「殿下が寡黙なんですよ」
「仕方がないだろう」と、王子は手元の書類をつまみ上げた。
「面倒な手続きばかりだ。おまえがやってくれればいいのに」
「たしか入学者本人の直筆でないと受付できないそうですよ」
そううそぶいたあと、忠実なる従者のイーズは片眼鏡を外し、王子を眺めた。
「それで、いかがでしたか?」
「ああ、ちょうどいいタイミングだ。アバリシアたちの働きでようやく名前が出来た。『ローガン・ルーザー』、悪くない名だろう」
「お似合いですよ。印章も間に合いましたし、あとはルーザー王家の指輪が届けば十分ですね」
「……アバリシアの奴、王の指ごと持ってこないだろうな」
「さて、どうでしょう」
イーズは軽く咳払いをした。
「それはさておき、いかがでした?」
「ん?ああ、聖女だとかいう現王妃は、なかなか抜け目ない女かもしれん」
「……というと?」
「例のあの子は今年で16歳だ。ずいぶん気の早いことだが、5歳のときに王太子と婚約をしている」
王子は書類にペンを走らせながら、こちらを見ずに話し続ける。
「成績は優秀だ。学院在籍者で初めて東方学誌に論文も掲載されている。だが喋り方は幼いし所作は付け焼刃が見てとれる。マナーも外交教育も学術院レベル。つまりフォーリッシュ王家の連中は、彼女を5歳で婚約させたくせに、王太子妃としての教育をほとんど仕込んでいないわけだ」
「専門的な教育を受けていない、ということは……下世話な話ですが、ただの予備ということですか?あとからもっといい候補が現れたときのために」
「まさにドロシア・ウェリタスの連れ子リリベル・ウェリタスが該当するな。義母の実家は公爵家。最初に嫁いだ先の伯爵家では離縁となったが、今は侯爵家のご令嬢だ。そのうえ加護は光の精霊。年頃も見栄えも王太子妃に申し分ない。だが、現状フォーリッシュ王家では王太子の婚約に再考はなさそうだ」
イーズは指先で顎をなでる。
「5歳で婚約ですか」
「そう、この国で5歳といえばなにがある?」
「……加護の選定式」
王子はくるりと羽ペンを回した。
「そのとおり。王妃は気付いたんだろう。あの子の持つものが聖女以上であると勘付いた。手に負えないとな。あわてて身内と婚約を結ばせ、手間はかけないままに、正体が分かるまで飼っておくつもりなんだ」
「だが、肝心の婚約者がアレでは」と、王子は呆れたように肩を竦める。
「まあ、平和呆けした連中に混ざって、時代遅れな授業を受けるのもなかなか愉快な経験だ。明日は王太子の側近自ら学術院を案内してくれるそうだしな。さぞためになるご高尚なお話が拝聴できることだろう。なんせ聖フォーリッシュ王国は『聖女の守護で何者の侵入も許したことがない聖地』であらせられるからな」
なるほど、と従者はひとりごちた。
我らが崇敬の頂、傲慢なる王子は『聖フォーリッシュ王国』がまったくお気に召さないようだ。
飾り格子の向こうでは、さらさらと心地よい書き物の音が聞こえ、室内ではふたりの男がそれぞれの時間を過ごしていた。
「……楽しそうですね」
書き物机に向かっていた王子は、不思議そうに従者を振り返る。
「私がか?」
「ええ、さきほどから。贈り物は今頃盛大に届いていることでしょうね」
王子はそっと笑う。「そうだな」
彼が動くたびに、金色の髪がランプの光を受け輝いた。
「ただ立ってるだけで目立つボアたちには骨の折れる仕事だったろうな。戻ってきたら労ってやらねば」
「その苦労を差し引いても僥倖と言えましょう。彼女の生まれた日に立ち会えたわけですから。きっとお喜びになりますよ。ドレスも菓子も宝飾品も、あらゆるところから集めた一級品ばかりです」
「今夜はずいぶん饒舌だな、イーズ」
「殿下が寡黙なんですよ」
「仕方がないだろう」と、王子は手元の書類をつまみ上げた。
「面倒な手続きばかりだ。おまえがやってくれればいいのに」
「たしか入学者本人の直筆でないと受付できないそうですよ」
そううそぶいたあと、忠実なる従者のイーズは片眼鏡を外し、王子を眺めた。
「それで、いかがでしたか?」
「ああ、ちょうどいいタイミングだ。アバリシアたちの働きでようやく名前が出来た。『ローガン・ルーザー』、悪くない名だろう」
「お似合いですよ。印章も間に合いましたし、あとはルーザー王家の指輪が届けば十分ですね」
「……アバリシアの奴、王の指ごと持ってこないだろうな」
「さて、どうでしょう」
イーズは軽く咳払いをした。
「それはさておき、いかがでした?」
「ん?ああ、聖女だとかいう現王妃は、なかなか抜け目ない女かもしれん」
「……というと?」
「例のあの子は今年で16歳だ。ずいぶん気の早いことだが、5歳のときに王太子と婚約をしている」
王子は書類にペンを走らせながら、こちらを見ずに話し続ける。
「成績は優秀だ。学院在籍者で初めて東方学誌に論文も掲載されている。だが喋り方は幼いし所作は付け焼刃が見てとれる。マナーも外交教育も学術院レベル。つまりフォーリッシュ王家の連中は、彼女を5歳で婚約させたくせに、王太子妃としての教育をほとんど仕込んでいないわけだ」
「専門的な教育を受けていない、ということは……下世話な話ですが、ただの予備ということですか?あとからもっといい候補が現れたときのために」
「まさにドロシア・ウェリタスの連れ子リリベル・ウェリタスが該当するな。義母の実家は公爵家。最初に嫁いだ先の伯爵家では離縁となったが、今は侯爵家のご令嬢だ。そのうえ加護は光の精霊。年頃も見栄えも王太子妃に申し分ない。だが、現状フォーリッシュ王家では王太子の婚約に再考はなさそうだ」
イーズは指先で顎をなでる。
「5歳で婚約ですか」
「そう、この国で5歳といえばなにがある?」
「……加護の選定式」
王子はくるりと羽ペンを回した。
「そのとおり。王妃は気付いたんだろう。あの子の持つものが聖女以上であると勘付いた。手に負えないとな。あわてて身内と婚約を結ばせ、手間はかけないままに、正体が分かるまで飼っておくつもりなんだ」
「だが、肝心の婚約者がアレでは」と、王子は呆れたように肩を竦める。
「まあ、平和呆けした連中に混ざって、時代遅れな授業を受けるのもなかなか愉快な経験だ。明日は王太子の側近自ら学術院を案内してくれるそうだしな。さぞためになるご高尚なお話が拝聴できることだろう。なんせ聖フォーリッシュ王国は『聖女の守護で何者の侵入も許したことがない聖地』であらせられるからな」
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