祓い屋・彼岸堂 怪異奇譚

如月 仍

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◇ 第壱話:匣ノ怪 ◇

【 第零幕 】

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 怪異とは。

 1.現実ではありえないと思うような現象。
 2.ばけもの。あやかし。


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 大学生になって三度目の春を本格的に迎える、四月某日。

 その日は、最低最悪の出来事によって幕を開けた。春特有のぼんやりとした花曇りの空を見上げて、陰鬱とした顔で長々とした溜息を吐く。朝っぱらから、ありえないくらいツイてない。


 麗らかな春の日の面影は、どこへやら。周りの人間の災厄すべてを請け負ったのかと思いたくなるほど、それはもう悲惨な一日のスタートを切った。

 とっくに不機嫌の域は通り越して、人生諦めの境地に至っていた。こればっかりは、自身の類稀な不幸体質を呪うしかないと頭では分かっているが、理解するのと受け入れるのとでは、また話が違ってくる。

 一切の感情が抜け落ちた、死んだ表情を窺い見る者が居ないのが、とにかく幸いだった。この御時世、自分が生きていくだけで、誰もが精一杯。見ず知らずの他人の事情に首を突っ込んで構っていられるほど、人間そんなに暇じゃない。


 絶え間ない足音。雑音じみた話し声。広告塔から流れる音楽。電車の発着を知らせるベルの音。イヤホン越しにも届いてくる、ざわめきが耳障りだ。

 ポケットに突っ込んだ手で音楽プレーヤーの音量ボタンを探り当てると、小さめに設定していた音量をこれでもかと言いたくなるほど上げる。人様に迷惑のかかる電車内じゃあるまいし、音漏れの心配はしなくて良い。


 不意に。視界の端をかすめた影に、ぴくりと眉が跳ねた。何かが此方を見ている。明らかに人を逸脱した形状のモノは、数歩分離れた場所に立ち尽くしたまま、俺の様子をじっと眺めている。

 ユラリ、と暗い影が揺らめく。まとわりつく粘着質な視線が煩わしい。至って平静な表情を装いながら、逃げるように目蓋を落とす。それが最善の選択肢だ。今の摩耗した俺の精神で直視をすれば、生気を根こそぎ持っていかれかねない。

 アンタ、もう死んでるよ。鏡で自分の姿、見てきたら良いんじゃないのか? どれだけ内心で謗ったとて、相手には一ミリも届きやしない。


 此岸から切り離されて、彼岸の者の仲間入りを果たした時。死者と現世を繋ぐ糸に、小さな綻びが生じる。

 かろうじて繋がっているその糸は、四十九日をかけて、どんどん細く脆くなっていく。そして、最終的に。ぷつんと音を立てて、二本にちぎれる。


 此岸と彼岸。もしくは、現世と常世。生者の世界と、死者の世界。魂の欠けた人間は、現に留まることを許されない。それは、この世界の理に反する。

 四十九日の間に彼岸へと旅立とうとせず、死んだことを自覚しなかった人間の末路は悲惨だ。一度現世に執着してしまえば、行き着く先は地獄。

 人間の形を徐々に無くして、それはもう吐き気を覚えるほど。見るに堪えない姿になっていく。


 目に映るすべての光景を拒むように目蓋を閉じれば、少しは鬱陶しさがマシになった気がした。イヤホンを通じて流れる、爆音の音楽で意識を強制的に逸らしながら、ゆるりと思考の海へ沈む。





 俺こと、神無木かんなぎ蒼波あおばの瞳には。

 幼い頃から他人の瞳には映らない、人非ひとあらずモノが視える。



 ◇ ◇ ◇



 邪魔にならない、駅前ロータリーの隅。断続的にバスから吐き出される大量の人溜まりを避けるには、奥まったこの場所はちょうどいい。

 壁に背をもたせかけながら、何をする訳でもなく静かに佇む。ぼうっと突っ立っているだけの俺は、本当に何も考えていなかった。


「おい、蒼波! 聞いてんのか? 無視すんな!」


 ひったくり顔負けの早業で、外を歩く時には欠かせない相棒が奪われた。引っこ抜かれるようにして、それはもう一瞬で、耳からイヤホンがすっぽ抜けていった。

 最低限の生命活動を除いて。何もかも放棄していた俺の意識は、随分遠くまで散歩していたらしい。情報を遮断していたツケと云わんばかりに、空っぽの頭を満たそうと周りの情報が凄まじい勢いで流れ込んで来て、顔を顰める。

 眉間に皺を寄せながら、閉じていただけの目蓋を持ち上げる。真正面で馬鹿デカい声を張り上げられ、周りの注目の的になった挙句、イヤホンまで奪い取られた。


「…………」


 怒声かひっぱたく手のひとつ出るかと思いきや、返ってきたのは冷えきった無言の反応だった。

 ちょっかいをかけた張本人は、まるきり予想を裏切る淡々として味気ない相手の反応につられて、鳩が豆鉄砲でも食らったような顔をして、不自然に動きを止める。


「アレ? まさか寝てたパターンか」

「寝てねえよ」

「強引に奪い取ったから、拳か蹴りの一つでもスッ飛んでくるかと」

「お望みなら。今すぐ地面に転がしてやる」

「朝っぱらから、親指下げんな。友人には優しくしてくれ」

「何言ってんだ。優しくしてるだろ?」

「歪んでる! だいぶ友情が歪んでるぞ!」


 すらりとした長身を腰から軽く折った前屈みの体勢で、ひらひらと顔の前で手のひらを振る、腐れ縁のお調子者もとい千鹿谷ちがや春樹はるきの手を片手で払う。

 よくもまあ、性格の正反対な二人が長年喧嘩もせず友人を続けているものだと、我ながら感動すら覚える。

 極めてドライな返事を決め込む俺に物怖じもせず、ちょっかいを出して怒られるのは日常茶飯事だが、十四五年来の付き合いになってくれば、それすら挨拶のひとつになってくる。

 呆れ混じりの彼の口調から推測するに、どうやらイヤホンを引っこ抜く強硬手段に及ぶ前から、何度か口喧しく声をかけていたらしい。だが、それを全力で俺は無視をした。さすがに悪かったと、思わざるを得ない。


「てか……なんつー顔してんだ」

「……どんな顔だよ」

「ん? 有り金全部、溶かした奴の顔」

「うるせえ。はっ倒すぞ」


 ラスベガスのカジノで人生一発逆転を狙って、一瞬にして手持ちの金を無くした人間と俺を一緒にするな。不確かな可能性に縋って低い確率を狙うよりも、堅実に地固めをして、なるべく高い確率で物事を成功させる方が、どう考えたって効率が良いだろうに。

 握った拳で軽く春樹の胸元を殴って、差し出されたイヤホンを受け取る。ポケットに入れた音楽プレーヤーと一緒に、必要最低限の荷物しか入っていないリュックサックの中に放り込む。どうせ帰りまで使わないのだ、埋もれたって気にしない。


「朝飯食った?」

「家で食べてきた。春樹は?」

「大家のばあちゃん家で食ってきた。昼飯前には腹減るだろうし、コンビニか購買行こうぜ」

「了解、了解……って、また転がり込んでんのか」

「だって。作りすぎたって言うから」


 食事が無駄になるより、残さず食べてくれる人間が居た方が良いのは納得できる。庭の草むしりやら、買い出しやらを手伝っている彼の労力を考えれば、食事は正当なる報酬とも云えるかもしれない。

 春樹相手に喋ると、中学高校時代のノリが抜けず、どうにもペースが乱される。馬鹿騒ぎとはいかないまでも朝から騒ぐ俺たちは、今日も今日とて元気が有り余っていた。


 何はともあれ。急降下を辿る一途だったテンションは、いつの間にか少し上向き加減になっていた。ローテンションなのは相変わらずだが、それでも春樹に会う前に比べると大分マシだ。


「おはよ。蒼波」

「ああ、おはよう……って。挨拶、遅いだろ」

「俺の呼び掛けと挨拶を、全力でガン無視した奴が居ただけであって。俺は挨拶したからな?」

「……悪かったっつーの」

「なんっにも! 反応返って来なかったから! うっかり別人に話しかけたかと思って、めちゃくちゃ混乱したんだぞ! 許さん」


 随分と遅い挨拶に笑い混じりで突っ込めば、口を尖らせた春樹がじとりとした視線を投げる。

 悪い悪いと苦笑いで謝りながら、視線を逸らして乾いた笑いを返す。空振りした挨拶の元凶は、そう云えば俺だった。



 ◇ ◇ ◇



 不幸にも、朝の通勤通学ラッシュと人身事故が重なった。中も外も人でごった返している駅は、地獄絵図の様相を呈している。都会の恒例行事には、まったくうんざりだ。


 長蛇の列のできたバス停を横目に、どちらともなく歩き出す。大学までは、徒歩約二十分。

 駅前から出ている大学正門前で停まるバスに乗ってもいいが、数分の距離にジュース一本買える運賃を払うくらいなら歩いた方がいい。貧乏学生なんて、所詮そんなもんだ。


 徒歩通学の春樹と、電車通学の俺。大学の最寄り駅をひとつ通り越した先の駅で降りれば、愉快で喧しい幼馴染の住む場所へ辿り着く。

 最寄り駅で降りても、たかだか五分や十分そこらしか変わらない通学時間を惜しむはずもなく。大学生になっても、こうして待ち合わせをして、大学へ向かっている。ダラダラと一人で歩いて行くより、馬鹿な友人との大して意味もない会話に時間を費やした方が断然有意義だ。


「で? 朝からなんで魂抜けた顔してるワケ?」

「……そんなにか?」

「コーヒーくらいなら。奢ってやらんこともないと思うほど」

「……朝っぱらから、見事な飛び込みだった」

「それは? それとも?」



「そりゃあ、ご愁傷サマ。大学着いたら、奢ってやるよ」

「ブラックで頼む」


 うっすらと雲のかかった空は、曇ってはいるが雨は降りそうにはない。しかし、俺の心中は正反対もいいところで、今にも大雨が降り出しそうなほど、分厚い暗雲が垂れ込めていた。

 朝、家を出た時には晴れ晴れとしていたはずなのだが。いったい何処でどう間違ったのか。口を開けば出るのは溜息ばかりで、思わず閉目して握った拳で額を叩く。


「なんなら、聞いてやってもいいぞ」

「春樹。ひとつ聞くが、俺の不幸体質を実は楽しんでないか?」

「だって、お前。同情されるの死ぬほど嫌いだろ?」

「同情されるくらいなら、死んだ方がマシだ」

「分からんなー? お前のその複雑な心理」


 駅前の賑わいが嘘のように。ひとつ信号を渡って大通りを越えてしまえば、人通りは格段に少なくなる。閑静な住宅街を歩きながら、ケラケラと隣で春樹が笑い声を上げた。

 俺一人で百物語がいくつか完成しそうなくらいには、その手の話題には事欠かない。はじめこそ話す度に驚いて、その表情を引き攣らせていた春樹は、いつしか爆笑しながら大半のホラー体験を聞くまでになった。

 俺の言うことを冗談のひとつとして、受け流すことを覚えたのか。はたまた、聞かされるうちに耐性がついて、おおらかになったのか。そのどちらが真実かなんて、本人にしか分からない。

 どちらにせよ。笑い飛ばすのが、ここでは正しい反応だ。下手にされる同情は、こちらが余計な怪我をして終わる。相手が信じていない現実をわざわざ突きつけられるくらいなら、いっそのこと嘘だと全否定される方が良い。


「……昨日。俺の家の最寄りで、人身事故あったの知ってるか?」

「あったな。電車止まってたし」

「死人といえども。目の前でド派手に飛び込まれて、スプラッタな現場を見せつけられたら、誰だって気が滅入るだろ?年齢制限モンだぞ、アレは」

「……うっげぇ」


 もう一度言っておくが、生きた人間では無い。

 俺の目の前で飛び込んだのは、昨日だ。



 ◆ ◆ ◆



 久しぶりの早起きに、未だ寝ぼけた頭は眠さしか訴えない。大学方面へ向かう電車が来るまで、まだ時間がある。

 暇を持て余した俺は、何度もニュースアプリを立ち上げては閉じることを繰り返す。特に変わったことなんてない。


 ふと視線を気配を感じてスマホから顔を上げれば、向かいのホームに立つ若い女性と視線が合った。

 確かに目は合っている。それなのに、どこか視線が合っている気がしない。感情の消え失せた空虚な瞳に、なんとなく違和感を感じた刹那。

 おもむろに、その細い身体が前方へと投げ出された。糸が切れたように、ホームから線路へと倒れた身体に、柔らかそうな長い茶髪がふわりと背中で踊った。

 そこから先は、言わずもがな。通過するはずだった急行電車に轢かれて、線路に落ちる寸前だった肢体はグシャリと押し潰された。飛び散る血液と肉塊。金属同士が擦れる、悲鳴にも似た甲高いブレーキ音。


『…………』


 視線を逸らすこともできず。ただ硬直して、息を呑んだ。一言も声は出なかった。

 朝一番で、スプラッタ映画ですらモザイクのかかる光景をモロに見ることになるなんて、いったい誰が想像できただろうか。

 背筋を冷や汗が伝う。凍りついた喉では、生きるために吸い込む空気すら凶器と化す。ざっと音を立てて引いた血の気に、必然的に足元は不安定さに揺れる。


『危ないよ、お兄ちゃん。黄色の線より前に出ちゃいけないんだよ』


 不意に。よろけかけた身体は、後方から逆向きに引っ張る弱い力によって、幼い声とともに、やんわりとした制止が掛けられた。ぐいと後ろへと引っ張られた力に、動かした覚えのない足がぴたりと止まる。

 背後を振り返れば、心配そうな顔で俺を見上げる小学生が、ひょっこりと幼い顔を覗かせていた。きょとんとした顔の少女と見つめ合い、なんとも言いがたい微妙な空気感が双方の間に満ちる。


『……線路、落っこちちゃうよ?』


 真後ろで通過した急行電車に、黄色の帽子からはみ出た二つ結びが風に煽られて、激しく踊った。小学生になりたての少女に救われるとは、我ながら情けない。

 次第に遠退いていく電車の音を背後で聞きながら、一歩間違えれば、俺が危うく死体になるところだった現実に、別の意味で冷や汗が流れた。


 なんとか冷静さを取り戻して辺りを見渡せば、いつもと何ら変わらぬ穏やかな朝の風景が広がっていた。スーツ姿の男性は渋い顔をして電車を待っているし、女子高生はキャイキャイと友人たちとお喋りに夢中になっている。

 ホームに人が落ちたなんて、誰一人として騒いでいない。普通に考えて、目の前で電車に跳ね飛ばされた人間が居れば、この場は阿鼻叫喚の大騒ぎになっている。

 むしろ、電車も来ていないのにフラフラと歩き出した俺を、周りは奇異な目で見ていた。もっとも、すぐにその視線は、興味を失ったように離れていったが。


 そこで初めて、電車に飛び込んだ彼女がもう死んでいる存在だと理解して、顔を覆った。完全に黄色い線を越えた両足は、完全に無意識で動かしていた。

 背後から俺の行動を咎める声が無ければ、果たしてどうなっていたことやら。先を考えるだけ、末恐ろしい。



 ◆ ◆ ◆



「ハイハイ、それで?」

「うっかり生きてる人間が飛び込んだと思って焦ったあげく、見事に引っ張られかけて死ぬところだった」

「元気出せよ。いつものことだろ」

「そこは生きててよかったくらい、お世辞でも言ったらどうなんだ?」

「ほいほい。よかったなー」

「棒読みやめろ」


 盛大な溜息を吐いて辟易とした顔をすれば、ポンッと慰めるように肩が叩かれる。

 朝っぱらから見たくもない、飛び込み自殺の光景を見せつけられた。それだけでは飽き足らず、うっかり道連れにされかけて、線路上に肉片をぶちまけるところだった。

 ツイていないという言葉以上に適した言葉を、俺は知らない。なんなら、呪われているとでも言ってやりたいくらいだった。


「お前がその厄介な体質を打ち明けてくれた日から。何が起こっても驚かないと、俺は心に固く誓ったんだ」


 一人頷いてキッパリ言い切った友人に、視える事実をきちんと伝えたのは、高校に上がる前。腐れ縁といえども、そんなものだ。

 伝えるのが遅いと酷く怒られたのは別の話で、薄々察していた彼の反応は、受け入れる言葉ひとつだけの極めてシンプルなものだった。


「……いちいち驚いてたら、キリがないからな」

「……まあ、それもある」


 微妙に濁した言い方をした春樹に怪訝な顔をすれば、気にするなとあっさり流される。大方、怪我さえしなければ、それでいいと思っているのだろう。


「……これだから、自殺は嫌なんだ」


 沸々と湧き上がる怒りに、吐き捨てるように呟く。怖がる訳でも、怯える訳でも無く。生きていない相手であっても、容赦なく怒りの矛先を向ける俺は、とてつもなく肝が据わっている。


「昼飯も奢ってやるから元気出せ」

「……あんなモン見といて食欲の失せてない俺って、どうなんだろうな?」

「なんだかんだ鋼の精神ってことで良いんじゃね?」

「なんでだよ。何も良くねえだろ……人格破綻者になるのだけは御免だぞ」


 自殺は死ぬと云う、行動自体に意味がある。達成しなければならないのは、死んで命を潰えさせ、人生を完結させることでは無い。

 計画的であったにせよ、衝動的であったにせよ。死ぬと定めた場所で、生を終わらせる行動を取る。意味があるのは、死ぬと云う行動の方だ。

 死ななければならない。そう強く思うから、同じ場所に囚われる。そこで何度だって、命を投げ出す行為を繰り返す。


 そんな話を本で読んで、確かにそうだと納得をした。今日の場合であれば、彼女は何度だってホームから身を投げ続ける。

 自殺と云う死に方は、とにかくタチが悪い。生を捨てた、その刹那的瞬間。同じ行為を繰り返すためだけの存在として生まれ変わった壊れた人形は、その場所に縛られる。


 ならば、いっそ。自分が死んだことに気付かず、ウロウロさまよっている可哀想な迷子の方が数億倍マシだ。

 あの見た目は確かによろしくないが、目の前で臓物をぶちまけられるテロを起こされるのと比べれば、一目瞭然で黒塗りの不気味な迷子の方が被る精神的なダメージは格段に小さい。

 なにより『死んでるみたいですよ?』と事実を話せば、よっぽど現世に執着して攻撃性を持った者を除いて『どうしたら良いでしょうか?』と、途端に話は人生相談に変わる。

 頼むから俺に聞かないでくれ。そう思いつつも、律儀な相手に相談されてしまえば、もう断れない。とりあえず、ブン殴って、死者の住まう世界に強制送還してやる俺は、やり方はともかく親切だろう。


「チッ……今度見つけたら、絶対に後頭部から塩ぶつけてやる」


 考えれば、考えるほど。朝の清々しい気分を害されたことに怒りが募ってきて、盛大な舌打ちをする。

 明日も、明後日も。さすがに死んでいるとは云っても、電車に飛び込まれて凄惨極まりない光景を何度も見せつけられるのは御免被りたい。

 清めの塩をぶつけてやると意気込む俺に、ヒーヒーと腹がよじれる勢いで春樹が大笑いする。しつこいヤツに付きまとわれて、実力行使でお引き取り願った場面に度々居合わせている春樹からすれば、塩をぶつける俺の姿は想像にかたくなかったらしい。


「なあ、それ俺もついて行っていい?」

「ハアッ!?」

「いや。一人で変な行動するより、傍にもう一人居た方がまだ言い逃れできるかなって」


 唐突な提案に眉を寄せて、反射的に声を上げた。わざわざ面倒事に足を突っ込もうとしてきた友人の考えることは、いつも理解するのに時間が掛かる。


「…………」

「悪くねえかもって、少し思ったろ?」

「……突っ込みたいことは山ほどあるが、道連れにするのもアリだなと思ってしまった」

「純粋に考えて。駅のホームで塩投げる、イケメン男子大学生ってどうなんよ? おかしいだろ。女子中学生たちに、死ぬほど美味しい話題にされるぞ」

「おかしいのは、お前だろ。自分から巻き込まれに来るとか、馬鹿だろ」

「そこは良い友達を持ったって言えよ」


 そんな小っ恥ずかしいこと、誰が言うものか。ただし、巻き込まれたいと言うならば、こっちも遠慮の欠片もなく巻き込んでやるまでだ。

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