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急いでくれよ、俺

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俺は落胆したまま授業を受けていた。
 寝ている青山から、夢で何も反応がなかったからだ。
 面会に行ったからと言って、反応があるという確証もなかったけれど、それでも寝ている自分を見るのはちょっと辛かったのに。
 ちなみに、授業は教科書が違うからか、少し違っていて面白かった。あ、違うのは担任のせいかもしれないな。
 青山のためにも授業のノートを真面目にとっていると、突然教室の扉が開いた。

「あ、青山っ」

 勢いよく扉を開けてきたのは陸だった。
 スマホを片手にしているということは?

「目が覚めたらしい。親が病院に向かっているから、そのまま何も無ければ午後には退院できるはずだ」

「マジか」

 俺は思わず立ち上がった。
 周りは誰の話をしているんだ?というそんな目を向けてくる。

「ああ、すみません。邪魔をしました」

 そう言いながらも、陸は俺のそばまでやってきて、
「俺は病院に行く。部屋で待っててくれ」
 そう言って俺に陸のカードキーを渡してきた。

「分かった」

 陸のカードキーは、青山のものと色が違った。なにか特別なもののようだ。

「青山早退させます」

 陸がさっさと青山の荷物を片付け、俺の手を引いて教室を、逃げるように飛び出した。

「えええ?いいのか?」

 驚いたのは俺である。授業抜け出しちゃったよ?

「青山だけを残すわけにはいかないからな」

「そんなに危ないかな?」

「俺がいない場合、また、会長が来ないとも限らない」

「分かった」

 俺は昇降口から急いで寮に向かった。所謂親衛隊に見つかると厄介なんだそうだ。
 さすがに陸も私用で教師に車を出させる訳には行かないようで、バス停に向かっていた。
 何とかバスは昼間でも15分おきに走ってくれているらしい。

 寮に向かう途中、何人かの生徒にはあったけれど、声をかけられないようにそれなりに走っていたので、何とか寮のエレベーターまでたどり着いた。陸のカードキーで開けて階数を押した時、こちらに向かう生徒が見えた。

「げぇ、会長」

 俺は相手を確認した途端、閉のボタンを連打した。会長がエレベーターに、たどり着く前に何とかエレベーターは上昇してくれて、俺は一安心したのだ。



 とは言いつつも、エレベーターは2機ある。会長も、最上階に部屋を持っているので、追いつかれるのは分かっている。俺は降りると部屋に向かってダッシュした。カードキーで解錠して、部屋に飛び込み扉を慌てて閉めようとした時、背後に会長が迫っていた。

「うわっ」

 扉を慌てて閉めると、オートロックがかかった。
 俺がホッとしたのも束の間で、解錠音が聞こえた。
 お約束の、生徒会長と風紀委員長だけが持つという特殊なカードキーということか!
 弟よ、そーゆー事は事前に教えておいてくれ。
 解錠されると同時に、会長が扉を開けてきた。

「うわ、マジ無理だから」

 俺は扉を閉めようとするが、力比べなんかしたら青山に勝ち目はない。
 つか、なんでこの寮の部屋の、扉はスライドなんだよ!病院の個室かよ!
 俺の必死の抵抗虚しく、スライドの扉はあっさりと開かれてしまった。
 力比べで負けた俺は、そこに座り込むしかない。

「千尋」

 会長が俺を見下ろしている。
 いや、分かるよ。恋人なのに頼りにされないのは辛いよね?でもね、こっちも事情がありまして、中身は藤代陸の兄貴なんだよ!しかも、ノンケなの!思い出すために抱かれろ。とか受け入れられないから。つか、抱かれても思い出せんわ!別人だから。

「いや、マジ無理だから、勘弁してくれ」

「口調まで変わるのか」

 会長が床に膝を着いて俺の顔を覗き込む。
 ああ、恋人同士なら心揺さぶられるでしょうね。
 でも、俺は藤代昴なんだよね。何されても思い出せないから!
 完全にキスされる雰囲気だったけど、俺は無粋にも会長の口に手を当てた。

「そんなことされても絶対に、記憶戻らない自信があるからやめてくれ」

 俺が真剣に言うと、会長が怪訝な顔で俺を見る。

「藤代が好きだったのか?」

 あー、思わずそう言っちゃうよね?だって、めちゃくちゃ頼りにしちゃってるもんねぇ。
 俺は青山千尋の本当の気持ちなんて知らないから、困ったように眉根を寄せた。肯定も否定も出来ないよ。俺としては、弟の陸のこと嫌いじゃないし。

「俺の記憶を取り戻すための重要人物が来るんだ」

 だから、いまの状況を話すことにした。話したところで信じてもらえるかは謎だ。何せこんな荒唐無稽な話はないからな。ラノベの読みすぎでアタマがイカレテイルと判断されても仕方がないような話だ。
 陸には、俺が藤代昴であると理解させられるだけの材料を、提示できた。が、この会長にはそれが出来ない。何しろこいつは藤代昴を、知らない。
 青山千尋が藤代昴の中に入っていると言うことについて説明をするならば、やはりここに藤代昴が来なくては話にならないだろう。

 つまり、時間稼ぎをしなくてはならない。

 さて、どうしようか?

 とりあえず、ここは陸の部屋だ。さすがにここで俺を襲うとか、そんなことはしないだろうと予想する。が、力ずくで、俺を運ぶことがこいつは出来そうだ。職員用トイレでも思ったが、こいつの方がガタイがいい。力もある。ついでに、この青山千尋の体はこいつから与えられる刺激が好きなようだ。
 俺が色々と考えを巡らせていると、会長は痺れを切らしたらしく、俺の腕を掴んできた。

「その、重要人物って言うのは誰なんだ?」

 完全に修羅場の男の目をしている。

 だいぶ不味い。

 その、重要人物の名前を告げたら、確実に逆ギレされそうだ。だが、教えなくてもそいつはここにやってくる。その時こそが完全なる修羅場になるだろう。
 この先のことを考えると、要らん緊張がやってくる。

「そ、そいつは、事故の時に…」

 俺は、ゆっくりと話し始めた。時間を稼ぐ必要もあるけれど、どこまで話すのが正解かわかり兼ねるため、自分の中で消化しながら話さないといけないからだ。

「俺が、事故にあったバスに同乗していた」

「この学園の生徒なのか?」

 会長が詰め寄ってくる。

 まぁ、そうだよな。同じバスに乗っていて、風紀委員長の藤代陸が迎えに行くような人物だとすると、この学園の生徒だと思うよな?でも、違うんだよ。

「違う」

 俺は、とりあえず否定した。嘘は良くない。

「じゃあ、誰なんだよ」

 会長の手に力が入る。青山千尋の腕はそんなに筋肉がないため、ちょっと痛い。

「…そいつは、藤代陸の兄貴だ」

「どういうことだよっ」

 ものすごい勢いで俺は会長に引っ張られた。

「どぅあっ!」

 予想しない方向に体が引っ張られて、俺は思わず変な声が出た。顔面が床にこんにちはしそうないきおいだった。

「藤代?藤代の、兄貴?」

 予想外のワードが出て来て、会長はだいぶ焦っているようだ。まったく知らない男だもんな。しかも、同じ三年生の藤代陸の兄貴だ、年上だと思っていることだろう。もしかすると、卒業生ぐらいに思ったかもしれない。

「そうだよ、藤代陸の兄貴。同じバスに乗っていて、今日ようやく目が覚めたんだ」

 俺がそう言うと、なんだか会長の様子が変わった。
 うん、なにか誤解をしてくれたようなので、本人の中でそれなりに消化されるのを待つしかないよな。

 会長は俺の腕を掴んだまま、何やら考えこんでしまった。どうでもいいけど、この体制なかなか辛いんですけど?
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