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晴れてようやく

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ぼんやりと目を覚ますと、見知らぬ天井だった。
 ゆっくりと頭を動かせば、ここが陸の寮だと理解した。

「う……え?」

 目に入ったのは、青山千尋だ。
 俺は身動き出来ないまま、隣にいる青山千尋と目線を合わせた。

「ふふ、起きたね?」

「戻った?」

「うん」

 確かめるように自分の手を見る。
 ごつい指の俺の手だ。

「からだ、どう?」

 聞かれて感触を確認するが、なんだかダルい。

「んっ、ん。なんか、ダルい、な?」

「そうなんだ、不思議。抱かれたのは僕の体なのに、僕は全然だるくないんだよね?」

 普段だからる側だった青山は、清々しい顔をして、起き上がった。

「精神的なものが影響するのかな?」

 そう言って、俺の目じりに軽く唇を落とすと、シャワーに行ってしまった。
 残された俺は、それでも身体が動かない。抱いたのはこの体なのに、腰の辺りがだるくてしかたがない。いや、なんだか前身がダルい。
 気力で起き上がると、青山の後からシャワーを浴びた。服は退院の時に新しくしたようで、事故の当日のものとは違っていた。
 俺もシャワーから出てきたところで、青山がスマホで誰かに連絡を入れていた。
 程なくして陸と会長がやってきた。

「兄貴?昴?」

 陸が俺を見て呼びかける。

「うん、俺だよ、昴だよ」

 俺はそう言って陸に抱きついた。やっと俺の体で陸に会えた。

「良かった、兄貴」

 陸の腕に力がこもるのが分かる。

「それいつまで続くのかなぁ?ちょっと
焼けるんだけどぉ」

 青山が文句を言ってきたので、兄弟の抱擁は中断した。会長は一人つまらなさそうな顔をしている。

「で、本当に青山はネコやめるの?」

 陸が聞くと、青山は大きく頷いた。

「うん、お兄さんとの事を大切な思い出にして、ネコは卒業。これからはタチとして生きていく決心した」

 握りこぶしを作って宣言する青山に、俺は固まった。

「え?た、タチ?」

「千尋、それはどう言う宣言なんだ?」
 慌てたのは会長だ。

「お兄さんの事抱いて僕、自覚しちゃったんだ。好きな人のこと喘がせるの、すっごい楽しいって」

「………………」

 俺は、ものすごく恥ずかしくなった。
 喘いだ。喘いだのか、俺。
 項垂れる俺を見ながら青山は、嬉しそうにスマホを眺める。

「記念のハメ撮りもたくさん撮れたし」

「!!!!!」

 俺は驚いて立ち上がった。な、何が写っているんだ?

「あ、大丈夫だよぉ、お兄さんの顔は写ってないから、写ってるのはお兄さんの、モノだけだよ」

 満面の笑顔で言われても、何も嬉しくはない。
 俺のモノって………
 陸が、青山のスマホを覗き込む。

「風紀として、確認させてくれ」

 いや、違うだろ。陸、お前は絶対に私情が含まれているだろう。
 青山のスマホを確認した陸の顔は、一瞬口元が緩んだような気がする。
 俺は、とにかく恥ずかしくて、両手で顔を覆った。

「藤代の兄は、タチ、ではない?」

 会長が、一連のやり取りをみて素朴な疑問を口にした。

「ああ、兄貴はノーマル。ノンケだよ」
 俺の代わりに陸が答えた。

「じゃあ、今回で?」

「違う!違うから、目覚めてないからっ」

 俺は慌てて否定した。
 目覚めてない。俺はノーマル。女の子が好き。

「っあ、あっ!」
 俺は陸の部屋の時計を見て慌てた。

「か、帰らないと、家に帰らないと」
 うっかりしていた。ここは陸の寮の部屋だ。

「ああ、そうだな」

 陸が立ち上がり、上着を俺に渡してきた。

「春先でまだ、寒いだろ。これ着て帰れよ」

「ありがと」

 俺はそれを受けとると、カバンをもった。
 中身は事故の時とそのまま同じだ。
 残念ながら、スマホの電源が切れている。
 あんなことしておる間に充電しておけば良かった。




 何故かバス停まで、青山と会長まで着いてきた。

「誕生日、祝いに帰るわ」

 陸がポツリと言うと、青山が、反応した。

「そういえば、お兄さんの誕生日って?」

「五月三日」

「うわぁ、すぐじゃん。僕、プレゼント上げたいなぁ」

 青山がそういうので、お礼だけ言っておいた。

「じゃあ、またな」

 バスに乗り込む時、何となく三人に向けて言ってしまった。

「うん、お兄さんまたね」

 青山が可愛く手を振る。
 陸と会長は黙ってこちらを見るだけだ。
 俺はあの日のように一番後ろに座ると、窓から三人を見た。やっぱり青山千尋は小柄だな。
 そんなことを考えていたらバスが発車した。




 さて、家に帰って、日常に戻る訳だが……
 誕生日に帰ってくる陸と、いままで通りに出来るか甚だ不安である。
 なんとかなると思いたい。
 何とかしたい。

 それと、この不思議な体験は、誰にも話せないので、そのうち、忘れたいものだ。

でも、卒業したら陸は、実家に帰ってくるのか?
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