【完結】第三王子は逃げ出したい

久乃り

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再会

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 鬱蒼とした森の中、黒いフードを被った男が棒を片手に水を掻き回していた。
 その行為がなんのためなのか、傍から見ればまるで分からなかった。
 ただ男は一人、無言で水を掻き回す。
「見つけた」
 ふわふわした感じの声が降ってきて、そこに現れたの水色の髪を肩より伸ばした美丈夫だった。
 キラキラとし水色の髪の隙間から、魚のヒレのようなものが頭の両脇に見える。おそらく耳なのだろう。
 その形から考えると、美丈夫は竜族。
 世界の天に君臨する竜族にしては、随分とふわふわとしたものである。
「…………」
 声をかけられたと自覚していないのか、黒いフードを被った男は振り向きもせずまだ水を掻き回す。
「会いたかったよ」
 無言を貫く黒いフードの男に、背後から抱きついた。
 中肉中背の黒いフードの男より、竜族の美丈夫の方が背が高く、胸に手を回してはいるものの、竜族の美丈夫の頭が黒いフードの男の頭の上に乗る。
「ふふ、僕の方が大きいね」
 そこまでされても黒いフードの男は反応せず、まだ水を掻き回していた。
「ねぇーえ、フィートル」
 竜族の美丈夫は、自分の頭をフィートルの肩に乗せフードの中の顔を伺う。
「……………」
 掻き回していた水がだんだんと透明になり、巨大な水たまりが徐々に小さくなっていく。ゆっくりと手にした棒を動かしつつ残る水を誘導するかのように弧を描くと、最後の水が棒の先から消えた。
「……誰だ?」
 背後から抱きしめられた姿勢のまま、フィートルは棒を腰に下げ、胸に回された手をうっとおし気に振りほどいた。
「酷いなぁ、僕、ずっと探していたのに」
 手を振りほどかれた事など気にもせず、竜族の美丈夫は今度は前に回り込んでフィートルの顔に寄せてきた。
「やっぱり、美人さんだね」
 フードに隠された顔を覗き込み、ニッコリと笑った。
 それさえも興味がなかったのか、フィートルはそのまま無視を決め込んで歩き出した。
「えー、待ってよぉ」
 竜族の美丈夫は、おっとりとした口調で言うと、歩き出したフィートルを追いかけた。
「ねぇ、僕の話を少しは聞いてほしんだけど」
 そう言ってフィートルの左手を握る。
「僕はね、竜族のリシュデリュアル」
 名乗られても、フィートルはリシュデリュアルの方を見もしない。
「ずっとお礼が言いたくて探していたんだよ?」
 リシュデリュアルがそう言うと、ようやくフィートルは足を止めた。
「…お礼?」
「そう、少し前に僕のことを助けてくれたでしょう?忘れちゃった?」
 小首を傾げて質問してくるが、フィートルはこの竜族に心当たりがまるでなかった。そもそも、天に住処を持つ竜族が、地上に降りてくることは稀だ。世界会議で王族が一同に会するときでさえ、場所は天に最も近い神殿である。ニンゲンが住む地上でしか生きてこなかったフィートルが、竜族を助けるなんてことはないはずだ。
「お前の事など知らない」
 フードに隠されて表情が見えないが、言葉の感じからして拒絶が分かる。
「ふぅ、覚えてないんだ…」
 明らかに落胆色を乗せて、リシュデリュアルが呟くように言葉を発すると、回りの空気がザワりと質を変える。
「迷惑なことをするな」
 直ぐに気づいたフィートルが叱責する。その声に驚いたリシュデリュアルがハッとして顔を上げた。
「ねぇ、僕にマナの実をくれたでしょう?覚えてないの?」
 それを聞いて、ようやくフィートルは合点した。あの時のヤモリもどきで、あったか。




「ねぇ、邪魔しないからそばにいていいでしょう?」
 礼などいらないとフィートルが拒否をすると、それでは天に帰れないとリシュデリュアルはフィートルにまとわりついた。竜族として、受けた恩を返さないのは不義理である。と下に落とされたのだ。だから、フィートルに何かしらの礼をしなくては帰るに帰れない。
 何もしないままでは、天にいる竜王にすぐバレる。
 しばらくはフィートルにまとわりついて、何かしらの手助けでもしないと格好がつかない。
「お前、魔素溜まりを、浄化できるのか?」
 フィートルがそう言うと、リシュデリュアルは困った顔をした。
「うん、出来ない」
 魔素溜まりを浄化するのは闇魔法しかない。しかしながら、リシュデリュアルは髪の色からいって得意なのは水魔法。竜族であるから他の魔法もそこそこ扱えるが、闇魔法だけは無理だった。
「では必要ない」
 あっさりと切り捨てるように言うと、フィートルは歩き出した。
「え、やだぁ」
 慌ててリシュデリュアルはフィートルの後をおった。
「じゃあ、魔力を使ったぶん、僕が補ってあげる」
「必要ない。俺の魔力量はそこいらのニンゲンより遥かに多い」
 フィートルが冷たくあしらうと、リシュデリュアルはフィートルを、凝視した。おそらく鑑定をしているのだろう。
「えっ、と…」
 明らかにリシュデリュアルが動揺していた。
「悪いが常に阻害魔法をかけている俺のことを見ることは出来ない」
「僕竜族なのに」
「竜族でも、だ」
 フィートルはリシュデリュアルを、一瞥するとまた歩き出した。何かを探すように見渡し、また歩き出す。リシュデリュアルはそれを、邪魔しないように後ろをついて行った。
「あった」
 先程より大きな澱みがあった。だいぶ濃くなった魔素溜まりだ。気味の悪い色をして、風もないのに水面は波打っている。
「ふぅ」
 ため息をつくとフィートルは腰の棒を取り、その淀みの中に先端を沈めた。
「その棒、伸びるんだ」
 フィートルの行動に身を輝かせ、リシュデリュアルはまた、そばによった。
「邪魔じゃないよね?」
 背後から抱きしめるようにリシュデリュアルは手を回した。
 フィートルは無言でそのまま棒を動かし始める。棒にゆっくりと魔力を乗せて、魔素溜まりを回す。初めは何も動かないが、徐々に水面に渦ができる。フィートルが動かす棒の動きに比べると、水面の渦は緩慢だ。
 それを背後から眺めていたリシュデリュアルは、顔を近づけて頬ずりをするようにしてフィートルのフードを落とした。
「綺麗」
 小さくため息をついて、リシュデリュアルは、しばしフィートルの横顔を眺めた。
「どうして、一人でしてるの?」
 魔素溜まりを、浄化するのはかなりの魔力を必要とする。普通なら光魔法の使い手や水魔法の使い手で浄化や治癒系ができるものが、複数集まって行うものだ。
 それなのに、フィートルは一人で浄化を行っている。
「………」
「ねぇ」
 耳元で言われたのが煩わしがったのか、一瞬フィートルがリシュデリュアルを横目で見た。黒い瞳が僅かに揺れている。
 リシュデリュアルはそれを嬉しそうに眺めた。
 直ぐに前を向き直したフィートルは、別段面白くもない口調でようやく答えた。
「王族の義務だ。国を守る」
 言われてリシュデリュアルは目を細めた。まだ子どもの年齢であるにも関わらず、誰に知られる訳もなく一人で義務と称して災厄の目を摘み取るその行為は、重かった。
 おそらく、国の誰にも伝えないで行っているのだろう。装備も軽装で、護身用の剣さえ身につけていない。
「どうして剣を持ってないの?」
「剣帯の儀をおこなっていない」
 恐ろしい答えが返ってきた。王族なのに剣帯の儀を行っていないだなんて。
「え、それって、変じゃない?」
 ニンゲンの、それも人族の王族であるのなら、幼いうちに剣帯の儀を行うのが通常である。子どもの年齢ではあるが、フィートルは幼児ではない。少年と呼ぶよりは青年よりのはずである。
「俺は三番目だから」
 フィートルは吐き捨てるようにそういった。
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