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第1話
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第1話
直江雅治は年は五十二歳、とある会社の課長職を務めている。見た目は中肉中背。最近少しおなかが出てきたように見える。だが、デスクに座り寡黙に仕事をしている状態なら、そんなことは目にはつかない。通勤に着てきたジャケットを椅子の背もたれにかけ、濃いめの色のシャツ、それに合わせたネクタイをしている。部下からのメールには即座に反応し、問題解決は即座にしてくれる。娘が二人いるといって、セクハラモラハラには人一倍敏感である。もちろん、飲みニケーションなんてとることもせず、定時であがり真っ直ぐ帰宅していく。社内からの評判派大変よろしく、バブル生き残り組としてなるべくして課長職に着いた。そんなお手本のような人物である。
「ふぅ」
キーボードを打つ手を止めて、直江は少し伸びをした。それからややあって、席を立つと廊下へと出ていった。無言で出ていったのなら、要件はそれなりに察して叱るべきなので、誰も何も言わないのがマナーである。直江の足は真っ直ぐに同じフロアにある男子トイレへと向かっていた。勤務時間であるから、他に人の気配は無い。直江はそのまま真っ直ぐに一番奥の個室へと入っていった。
「参ったな」
ちいさなため息をつき、直江はベルトに手をかけた。カチャカチャと音を立てベルトを外すと、ズボンからシャツを出す。そして蓋のしまったままの便器に腰掛けた。
「古いものだからゴムが伸びているんだろうな」
背中側のシャツをたくしあげ、脇腹辺りを手でまさぐる。
「これか」
まずは右手でつかみ、次は左手で脇腹付近をまさぐる。
「あった」
モゾモゾゴソゴソと頑張ってみるが、狭い空間なので肘が時折壁にぶつかってしまう。
「家でするのとは大違いだな」
そもそも見えない背中でホックを止めるのはなかなか難易度が高いというものだ。しかも五十二歳という年齢からいって、体もそこそこ硬くなっている。
「課長、何してるんですか?」
そこに突然声が降ってきた。そう、文字通り声が頭上から降ってきたのだ。当然ながら直江は慌てて頭上を見上げた。するとそこには見知った顔があった。この間転職採用されて配属されてきた安倍隆弘だ。
驚きすぎて固まっている直江を見て、安倍はニンマリとわらった。いや、やっていることは痴漢である。たとえ会社の男子トイレであっても、個室を覗くのは痴漢行為である。それを指摘するべきか否か、直江が考え込んでいるうちに、あろうことか安倍はそのまま個室の壁をよじ登り、直江の目の前に立った。
「………………!」
バリアフリーで作られているとはいえ、トイレの個室はそこまで広くは無い。大体、普通の男子トイレの個室に成人男性が二人も入るなんて想定外である。座っている直江の膝と立っている安倍の膝がぶつかっていた。
「課長、独り言はもう少し小さな声でしましょうね」
安倍が腰を曲げて直江の耳元で囁くように言った。どうやら直江が一人個室で悪戦苦闘している時に口にしていた独り言は、全て外に聞こえていたらしい。
「き、聞こえて、いた、の、か?」
驚きのあまり自失呆然とする直江に抱きつくように安倍がかがみこんできた。
「ええ、だから何してんのかなぁ、ってつい、気になっちゃいました」
直江の耳元で囁くように安倍の声が響く。確か女子社員たちがイケボなんて噂をしていた。五十二歳の直江には、そのイケボの意味が分からなかったので、こっそりと仕事のフリをしてパソコンで意味を調べたことは内緒である。
「で?何してんすか、課長」
腰をかがめた姿勢から、安倍の片膝が直江の足の間に割って入ってきた。個室のトイレの便座は蓋がしてあるから問題ないが、いや、トイレの便座の蓋は成人男性二人分の体重を支えられるものなのだろうか?
「ああ、課長ってばブラのホックが外れちゃったたんですね」
硬直して固まったままの直江の手首を軽く掴んで、その先にあるものを正確に言い当ててきた。普通ならあるはずのないモノの正体を突き止めて、それを丁寧に留めてくれた。
「ご褒美下さい」
驚きすぎて声も出ない直江の口を、安倍の口が丁寧に塞いでくれた。それはもう御丁寧に、半瞬遅れて悲鳴に似た叫び声をあげてしまった直江の失態を綺麗に包み込んでくれたのだ。
片膝を着いて上から直江を抱きしめるように、直江の背中に回した手をまさぐるように動かして、片手をベルトを外したズボンの隙間に滑り込ませて行く安倍。その手が腰骨を確認してゆっくりと中央に移動して、尾てい骨の辺りを彷徨う。その下にある一本の谷間を確認すると中指をその谷間に滑り込ませた。
自分の身に何が起きているのか理解できないまま、直江は目を大きく見開いて安倍を見つめていた。
そうしてとうとう、堪えきれなくなった直江の喉が上下した。
「じゃ、身だしなみを整えてデスクにお戻りください。確認したい書類があるんです」
そう言い残し、安倍は当たり前のように個室の鍵を開けて出ていってしまった。直江が立ち直るまで要した時間は一分程だった。
直江雅治は年は五十二歳、とある会社の課長職を務めている。見た目は中肉中背。最近少しおなかが出てきたように見える。だが、デスクに座り寡黙に仕事をしている状態なら、そんなことは目にはつかない。通勤に着てきたジャケットを椅子の背もたれにかけ、濃いめの色のシャツ、それに合わせたネクタイをしている。部下からのメールには即座に反応し、問題解決は即座にしてくれる。娘が二人いるといって、セクハラモラハラには人一倍敏感である。もちろん、飲みニケーションなんてとることもせず、定時であがり真っ直ぐ帰宅していく。社内からの評判派大変よろしく、バブル生き残り組としてなるべくして課長職に着いた。そんなお手本のような人物である。
「ふぅ」
キーボードを打つ手を止めて、直江は少し伸びをした。それからややあって、席を立つと廊下へと出ていった。無言で出ていったのなら、要件はそれなりに察して叱るべきなので、誰も何も言わないのがマナーである。直江の足は真っ直ぐに同じフロアにある男子トイレへと向かっていた。勤務時間であるから、他に人の気配は無い。直江はそのまま真っ直ぐに一番奥の個室へと入っていった。
「参ったな」
ちいさなため息をつき、直江はベルトに手をかけた。カチャカチャと音を立てベルトを外すと、ズボンからシャツを出す。そして蓋のしまったままの便器に腰掛けた。
「古いものだからゴムが伸びているんだろうな」
背中側のシャツをたくしあげ、脇腹辺りを手でまさぐる。
「これか」
まずは右手でつかみ、次は左手で脇腹付近をまさぐる。
「あった」
モゾモゾゴソゴソと頑張ってみるが、狭い空間なので肘が時折壁にぶつかってしまう。
「家でするのとは大違いだな」
そもそも見えない背中でホックを止めるのはなかなか難易度が高いというものだ。しかも五十二歳という年齢からいって、体もそこそこ硬くなっている。
「課長、何してるんですか?」
そこに突然声が降ってきた。そう、文字通り声が頭上から降ってきたのだ。当然ながら直江は慌てて頭上を見上げた。するとそこには見知った顔があった。この間転職採用されて配属されてきた安倍隆弘だ。
驚きすぎて固まっている直江を見て、安倍はニンマリとわらった。いや、やっていることは痴漢である。たとえ会社の男子トイレであっても、個室を覗くのは痴漢行為である。それを指摘するべきか否か、直江が考え込んでいるうちに、あろうことか安倍はそのまま個室の壁をよじ登り、直江の目の前に立った。
「………………!」
バリアフリーで作られているとはいえ、トイレの個室はそこまで広くは無い。大体、普通の男子トイレの個室に成人男性が二人も入るなんて想定外である。座っている直江の膝と立っている安倍の膝がぶつかっていた。
「課長、独り言はもう少し小さな声でしましょうね」
安倍が腰を曲げて直江の耳元で囁くように言った。どうやら直江が一人個室で悪戦苦闘している時に口にしていた独り言は、全て外に聞こえていたらしい。
「き、聞こえて、いた、の、か?」
驚きのあまり自失呆然とする直江に抱きつくように安倍がかがみこんできた。
「ええ、だから何してんのかなぁ、ってつい、気になっちゃいました」
直江の耳元で囁くように安倍の声が響く。確か女子社員たちがイケボなんて噂をしていた。五十二歳の直江には、そのイケボの意味が分からなかったので、こっそりと仕事のフリをしてパソコンで意味を調べたことは内緒である。
「で?何してんすか、課長」
腰をかがめた姿勢から、安倍の片膝が直江の足の間に割って入ってきた。個室のトイレの便座は蓋がしてあるから問題ないが、いや、トイレの便座の蓋は成人男性二人分の体重を支えられるものなのだろうか?
「ああ、課長ってばブラのホックが外れちゃったたんですね」
硬直して固まったままの直江の手首を軽く掴んで、その先にあるものを正確に言い当ててきた。普通ならあるはずのないモノの正体を突き止めて、それを丁寧に留めてくれた。
「ご褒美下さい」
驚きすぎて声も出ない直江の口を、安倍の口が丁寧に塞いでくれた。それはもう御丁寧に、半瞬遅れて悲鳴に似た叫び声をあげてしまった直江の失態を綺麗に包み込んでくれたのだ。
片膝を着いて上から直江を抱きしめるように、直江の背中に回した手をまさぐるように動かして、片手をベルトを外したズボンの隙間に滑り込ませて行く安倍。その手が腰骨を確認してゆっくりと中央に移動して、尾てい骨の辺りを彷徨う。その下にある一本の谷間を確認すると中指をその谷間に滑り込ませた。
自分の身に何が起きているのか理解できないまま、直江は目を大きく見開いて安倍を見つめていた。
そうしてとうとう、堪えきれなくなった直江の喉が上下した。
「じゃ、身だしなみを整えてデスクにお戻りください。確認したい書類があるんです」
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