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第3話
しおりを挟む「それで一体、君の目的は何かな?」
夕飯を終え、洗い物を片付けた後、直江はリビングでくつろぐ安倍に尋ねた。何故か安倍は食後のデザートにダンゴを買ってきていた。中秋の名月が近いかららしい。
「これ、中に餡子が入ってます。課長、餡子はこしあん派ですか?それとも粒あん派ですか?」
「団子ならこし餡だ」
直江は団子にフォークを突き刺しながら答えた。風情も何もないのは、二人でくつろいでいる?リビングの窓はカーテンがしっかりと閉められていて、夜空なんて見えないからだ。それに、和菓子用の道具なんてあるわけが無い。
「俺、課長に一目惚れしたんです」
唐突な返答に面食らったのは直江である。確かに、目的は聞いたけれど、それをはぐらかすような話題を振ってきたのは安倍である。会社にブラジャーをつけて出勤したことを知られてしまったから、直江は強くは出られない。目的が分からなければとにかくに下手に出るしかないのである。それなのに、安倍の口から予想外の返答が出てきた。
何を言われたのかすぐに理解できなかった直江は、団子が刺さったままのフォークを手にして、そのまま固まった。
「…………は?」
直江はたっぷりと時間をあけて声を出した。今しがた耳にしたことが脳内で処理できないのだ。別に難しい言葉を聞いたわけではない。よくある恋愛ドラマで聞くような陳腐なセリフだった。
「だから、俺、課長に一目惚れしたんです。オフィス街を黒いネクタイ締めて一人黙々と歩いる姿にキュンってしちゃったんですよね」
安部が言っていることがまたもや理解できなかった。この男はいったい何を言っているのだろうか。黒いネクタイということは、すなわち喪服ということだろう。そんな恰好をして直江がオフィス街を歩いていたのを見たという。それを聞いて直江は考えた。喪服を着たのがいつだったか、そして、そんな恰好をしてオフィス街を歩いたのがいつだったか。思い出して深いため息をつくしかなかった。直江が喪服を着てオフィス街を歩いた日は一日だけある。それは、去年妻が死んだ時だ。墓は作らず永代供養にしたから、葬儀会社に手配してもらって納骨した日だ。嫁に行った娘たちの手を煩わせないために夫婦で決めたことである。諸々が終わったので職場に挨拶に行った時だ。だがしかし、あの日は随分と中途半端な時間に職場に行ったはずなのだが?確か昼過ぎの中途半端な時間帯だったと記憶している。
「ちょっと待ってくれないか?安倍くん、私の記憶が間違っていなければ、あの日私は随分と中途半端な時間に職場に足を運んだ。昼過ぎの夕方よりも早い時間だ。そんな時間に君はオフィス街で何をしていたんだね?」
安倍が転職組だと言うことぐらい知っている。しかし、安倍が入社してきたのはつい最近である。一年ほど前に直江の姿を見て一目惚れしたとうのなら、安部は平日のオフィス街で一体何をしていたのだろうか。
「そりゃあ、プーです」
実にあっさりと答えた安倍ではあるが、残念なことに直江には意味が伝わらなかった。
「プー?」
そんなことを聞いて思いつくのは、娘たちが大好きだった赤い服を着たクマさんだ。
「課長には分かりにくかったですか?プー太郎のことです。つまり、無職でした」
なるほど、よくわかった。それならそんなの変な時間にオフィス街を歩いていたのも頷ける。
「我社に面接にでも来ていたのかな?」
納得したと直江が聞けば、安倍はあっさり否定した。
「違います。あてもなくさまよってました」
流石にそれはどうかと思うところである。
「でも、そこで俺は出会ってしまっまたんです」
微妙な感じ気持ちになっていた直江の手を安倍が握りしめてきた。もちろん団子の刺さったフォークは安倍がそっと外した。
「乾いた都会のコンクリートジャングルに咲いた一輪の花。目の前に現れたオアシス。それが課長なんです」
もはや直江の思考は停止していた。考えたら負けである。
「俺ずっと喪服の未亡人とヤリたい奴の気持ちがわからなかったんですけど、あの日課長を見て理解できたんです。めちゃ興奮したんです。黒いスーツに黒のネクタイ姿の課長がめっちゃ色っぽかったんです。そそられました。マジでヤリたいって思いました」
そんなことを力説されても対処に困るというものだ。最早話の論点がズレている。いや、ズレてはいなかった。安倍はハッキリと口にしたではないか。
ヤリたい。
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