高嶺の上司の優しいCommand

久乃り

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その10

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「汚してはいけない。そう教えたはずだね?」

 芝崎課長に問われ、山本の顔が緊張で引きつった。これでは初日と同じである。同じ過ちを繰り返す無能な部下ではないか。

「も、申し訳、ございません」

 山本は芝崎課長に謝るが、それでも芝崎課長から発せられるGlareが納まる気配はない。

 「パートナーはいないのかな?」

 唐突にされた質問に、山本は狼狽えた。入社して5年経つ。配属された時、上司がDomであると聞いて気持ちが高鳴ったのは事実だった。だが、そんな山本の気持ちの高鳴りはたった一日で霧散したのだった。あまりにも理想とかけ離れた上司だった。それは山本がSubであったからではなく、同期も同僚も一様に同じ感想を口にしていたからだ。「単なるパワハラ上司」と揶揄し、隣の部署の課長がDomだと知って絶望したのだ。去年あたりから、Subが希望入社してきているのがうらやましくて、異動願いを出したのだが、つぶされていた。だからこそ、今回の急な移動が嬉しすぎて舞い上がっていたのかもしれない。

「い、いません」

 少しかすれた上ずった声で返事をすれば、芝崎課長の口角がほんの少し上がったような気がした。

「そういった店に行ったりはしていない?」

 探るような目線に心臓の動きが早くなったが、山本はそれを悟られないように一度唾を飲み込んでから答えた。

「行ってません。ずっと忙しくて……」

 そう山本が答えると、芝崎課長はなにか納得したような顔をして、引き出しを一つ取り出して山本の前に置いた。前回と違い、その中身が違っていることに山本は気付き狼狽えた。

「それで?私にお仕置きされたい。ということなのかな?」

 その言葉を聞いて山本の喉が自然に鳴った。もちろん、長いことPlayをしてこなかったから、それなりにストレスが溜まっていたし、あのパワハラ上司からくるGlareが不愉快であったことは事実だった。だからこの部署に来て、毎日適度にCommandが与えられ、褒められてることは簡易Playのようで心地よかった。そして今、そんな期待を抱いていることが完全にばれている。

「あ、あの……その」

 仮にも勤務中である。Playがしたいだなんて、公私混同も甚だしい。それどころか、上司をパートナーに見立てているということになるのだ。なんと答えればいいのか分からず、山本は直立不動のまま視線をさまよわせた。
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